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ファイエット学園編

19.モブ令嬢とアプローチ方法

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 よし、これでいこう。シルヴィはルノーに褒められたので、このレイアウトで花を植えようとスコップを手に持った。
 しかし、土を掘ろうした手は「その花壇はサマーバケーション中はどうされますの?」というジャスミーヌの声に止まった。
 サマーバケーション。つまり、夏休みだ。学園の行事は全て日本仕様なので、このサマーバケーションが一番長い休暇になる。学園の寮に残るも自由。家に帰るも自由だ。
 もうすぐそのサマーバケーションがやってくる。花壇の水やり当番を決めておかなければならないのだ。失念していた。

「たしかに……。話し合っていませんでした」
「シルヴィは帰るの?」
「うん。半分は帰ろうかなって思ってるの。ルノーくんは?」
「そうだな……」

 ルノーは思案するように、少し視線を逸らす。そして、「あの人は僕を見ると嫌そうな顔をするんだ」とこぼした。
 ルノーが言う“あの人”とは、ルノーの父親であるフルーレスト公爵だ。元々そこまで仲の良い感じではなかったが、その関係はルノーが病気になってから更に悪化したらしい。

「だから、帰ろうかな」

 ルノーがとんでもなく楽しそうに笑んだ。それに思わずシルヴィは「敢えて?」と聞いてしまった。

「うん。良い顔をしてくれるからね」
「そっかぁ……」
「嫌がらせのために帰るのですね……」

 ジャスミーヌがとても引いた顔をしている。シリアス展開かとジャスミーヌは気遣わしげな視線をルノーに向けたのだが、一瞬でぶち壊された。

「あの人って言うのは……」
「フルーレスト公爵様です」
「……え?」

 シルヴィが口にした人物に、トリスタンも意味が分かったようでドン引きしている。まぁ、それはそうなる。父親に嫌がらせするために、態々居づらい家に帰ろうというのだから。

「あの人は諦めが悪い」
「どういう意味ですの?」
「ガーランドを養子に迎えた癖に、あの人は白金色を諦めきれないんだよ。でも、フルーレストの血筋に漆黒がいるのも耐えられないようでね」
「まぁ……」
「視界に入って追い詰めてるんだけどな」
「まぁ……」

 ジャスミーヌの感情が忙しそうだ。最初の“まぁ……”はルノーに対して可哀想だという感情が滲んでいたが、そのあとの“まぁ……”はフルーレスト公爵に対してのそれが滲んでいた。
 しかし、これでもルノーは両親を大切にしているのだとシルヴィは思っている。ちゃんと両親の言うことを聞いているのだから、それだけでも大変に良い子だろう。
 ただ、父親の事は気に食わないようで“あの人”としか呼ばないし、あれこれと嫌がらせをしているみたいだが。母親のことはちゃんと“母上”と呼んでいるのをシルヴィは知っている。

「シルヴィと同じタイミングで帰るよ。学園に戻る日も教えて?」
「うん? いいよ。決まったら言うね」
「そうして」

 そうなると、花壇の世話はどうしようかとシルヴィは考えた。学園には用務員さんもいるので、シルヴィが帰っている間だけ頼めるのであればその人に頼むのはどうだろう。トリスタンの予定次第ではあるが。

「トリスタン様はどうされるのですか?」
「オレは、帰らない」
「そうなのですか?」
「あぁ、だから任せてくれて良いぜ」

 トリスタンが人好きのする笑みを浮かべた。久しぶりに見た気がする。シルヴィは相変わらず胡散臭いそれに、何とも言えない気持ちになった。これならメソメソされている方がいいかもしれない、と。

「まぁ……。トリスタン様は帰られないのですね?」
「えぇ、まぁ……」

 トリスタンはその話題を深く掘り下げて欲しくないのか、ただ単にジャスミーヌが怖いだけなのか。ジャスミーヌが話し掛けた瞬間、一変してもごもごと歯切れ悪く返事をした。
 もしかしたら魔物達が何故かパッタリと姿を現さなくなったものだから、サマーバケーションの間に何とかしようとしているのかもしれない。ふと、そんな考えがシルヴィの頭に浮かんだ。
 ゲームでは食堂の一件以来、更に魔物達の動きが活発になっていく。しかし、現状はその逆。不気味なくらい大人しくなってしまったのだ。ルノーはいったい何を言ったのやら。

「そうですか……」
「が、ガイラン公爵令嬢はどうされるのですか?」
「いやですわ。ジャスミーヌと呼んで下さってよろしいのですよ」
「いえ、そんな……。恐れ多いです」

 トリスタンが視線を斜め下に逸らす。
 少し違う気もするが、このやり取りどこかで見た気がするな。とシルヴィは首を捻った。あれか。ルノーと王女であるイアサントのやり取りに、こんなのがあったような気がする。
 ルノーが漆黒の髪になってからは、パタリと見掛けなくなってしまったが。イアサントは、ルノーの髪色を受け入れられなかったのだろうか。何とも分りやすい人だ。

「わたくし帰ろうかと思っておりましたが、トリスタン様が残られるのでしたら……。考え直しますわ!」

 ジャスミーヌが両手で自身の頬を挟みながら、恋する乙女の顔をした。それに、場が何とも言えない雰囲気になる。

「ねぇ、君。嫌なら嫌だとはっきり言った方がいいよ」
「え!? いや、俺……。オレはイヤとかそんなんじゃないですよ」

 へらっと誤魔化すように笑ったトリスタンに、ルノーは呆れたように溜息を吐いた。どうやら原因はトリスタンにもありそうだ。
 急にジャスミーヌが「はぁあ!!」と淑女らしからぬ尊さに死ぬみたいな声を出した。それに、全員の視線がジャスミーヌに向く。
 何にそんなときめいたのか、ジャスミーヌは頬を赤らめてもじもじとし出した。それに、シルヴィはルノーに視線を向ける。ルノーも戸惑ったような顔をしていた。

「やだ、顔がいい。可愛い。尊い」

 語彙力の消し飛んだオタクになっている。最終的に「撫で回したい」とうっとりした顔になった。発言が大分よろしくない。戻ってきてくださいジャスミーヌ様ぁ!! とシルヴィは居たたまれなくて心臓が止まるかと思った。

「好き」
「…………はぁあ!?」

 今度はトリスタンが驚き過ぎて死ぬみたいな声を出した。目玉が飛び出すのではないかと言うほどに、目を真ん丸に見開く。
 それに、ジャスミーヌは「え?」と呆然とした声を出した。自らの失態に気づいたのだろう。林檎のように顔を一瞬で真っ赤にさせて、狼狽した。

「あ、あ、これは、その、いやだわ!! 失礼いたします!!」

 びゅんっ! と風のような速さでジャスミーヌが走り去ってしまった。あれだけ熱烈に追い回していたと言うのに、告白はまた違うらしい。まぁ、あの“好き”がどんな感情の好きなのか定かではないが。
 シルヴィはジャスミーヌの背中が見えなくなったので、トリスタンに視線を遣る。トリスタンはジャスミーヌに負けず劣らず顔を真っ赤にして、金魚のように口をパクパクとさせていた。

「あらぁ……」
「ち、ちが、これは、う、うわぁあぁ!」

 ジャスミーヌの発言をどう捉えたらいいのか分からないのだろう。トリスタンが両手で顔を覆って、丸まった。

「す、好き!? 好きって何だ!? どういう……。勘弁してくれ!!」

 これは……。押せばいけるのでは? ゲームのトリスタンも押しに弱かった。ちょっと強引かな? という選択肢の方が好感度が上がったりするキャラだったのだから。
 なるほど。ジャスミーヌのアプローチ方法は、存外間違ってはいなかったのかもしれない。
 シルヴィに生暖かい目を向けられて、トリスタンは「やめてくれ!!」と叫んだのだった。
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