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ファイエット学園編

11.モブ令嬢と黒幕の正体

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 確定だな。シルヴィは、トリスタンが最後の一人。隠し黒幕ルートの攻略対象者なのだと確信した。何故なら、ジャスミーヌやヒロインがそう言うのならそうなのだろうから。

「待ってください! 何で俺なんです!?」
「さぁ? でも、姉さんが『絶対に口説き落としてみせますわ! トリスタン様を!』って言ってたのは確かだよ」
「会ったこともないのに!?」

 トリスタンにとってはそうだろう。しかし、ジャスミーヌにとってはそうではないのだ。ゲーム画面の向こう側。何度も何度も見たに違いない。
 それにそんな事を言うということは、だ。きっとジャスミーヌの推しキャラはトリスタンだったのだ。結ばれるならば、それは推しキャラが良いに決まっている。あくまでも、ジャスミーヌにとっては、だが……。
 ディディエの話を聞く限りでは、ロラがフレデリクを。ジャスミーヌがトリスタンを。無事に攻略できれば、円満に婚約解消が成立すると、そういうことのようだ。

「そもそも! その“乙女ゲーム”とか“ルート”って何なんですか!?」
「ん~……。それが、姉さんに然り気な~く聞いてみたんだけど、『何の話かしら』とかはぐらかされたよ。だから、情報源は姉さんの独り言しかない」
「ですので、詳しいことは我々にも分かりません。憶測の域を出ないのです」
「ろくなものじゃないことだけは確か。“ルート”っていうのは、たぶんその人と結ばれるための道筋? みたいな感じだと思うんだけど。“乙女ゲーム”がね~。何かの作戦名とかなのかなぁ? その辺の情報は少なくてさ」

 ディディエが困ったように、息を吐き出す。
 いったいジャスミーヌはどこまで口に出してしまっているのだろうか。そして、弟にこんなに警戒されるって何をやらかしてきたんだ。と、シルヴィはこっそり溜息を吐き出した。
 これはもしかしたら、昨日よりも疲れているかもしれない。主に精神面がごりごりに削られていっている。

「まぁ、兎に角。そのろくでもないことに巻き込まれないために、頑張ろうってこと!」
「一番最悪なのは兄上が巻き込まれて激怒した結果、学園が更地になるという展開です」
「それは、困りますわ。何とか阻止しなくてはなりませんね」

 魔王がぶちギレて学園を更地にする。それはゲームでのバッドエンドとほぼ同じである。それだけはまずいと、シルヴィは食い気味に頷いた。

「学園を更地にするって……。流石に魔力もないのに、無理じゃありませんか?」

 トリスタンが苦笑気味にそんなことを言う。普通に考えるとそうなのだが、シルヴィはルノーが望めば簡単に魔力が戻ることを知っている。つまり、学園が更地になる可能性は普通にあるのだ。
 しかし、ガーランドはそれを知らないはず。思わずシルヴィは、ガーランドを不思議そうに見つめてしまった。その視線に、ガーランドは「実は……」と口を開く。

「僕は兄上の病気について、調べ回っているのです。勿論、理由は治すために他なりません」
「それ、は……」
「トリスタン卿の言いたいことは分かります。しかし、僕は兄上こそが公爵家を継ぐべきだと考えています。兄上を越えられる人はこの世に存在しませんから」
「オレはガーランドも相応しいと思うけどな~」

 ディディエの言葉に、ガーランドは照れたように笑む。しかし、首を左右に振った。

「僕は魔塔の主になった兄上の補佐が出来れば満足です。それに、公爵という地位は色々と揉み消、いえ、兄上の役に立つと思うのです」

 揉み消す。揉み消すって言いそうになった。揉み消すのか。と三人は心の中でそれぞれに突っ込んだが、言葉にするのはやめておいた。

「それで兄上の病気ですが、解明されていないことが多い。死ぬまで魔力が戻らなかったという患者もいれば、何がきっかけだったのか突然戻ったという患者も存在します」
「つまり、ルノー先輩も魔力が突然戻る可能性はあるんだよ」
「はい。そうなると、学園を更地にすることは容易いかと」
「容易いんですか……」
「オレの見た感じでは、たぶんこの国一番はルノー先輩だよ。ロラちゃんよりもルノー先輩の方が魔力量があると思う」
「兄上は光魔法以外は扱えると仰られていましたから」
「ルノーくんなら、指を鳴らすだけでドカーン! だと思いますよ」

 一斉に三人の視線がシルヴィに向いた。それに、シルヴィがたじろぐ。どうやら、まずいことを言ったらしい。

「怖いこと言わないでよ、シルヴィ嬢」
「思わず想像してしまいました」
「で、でもフルーレスト卿のルート? とやらはないんですよね? じゃあ、大丈夫じゃないですか?」
「確実に大丈夫とは断言出来ないかな~。姉上は凄いよ?」
「念には念を入れておくべきかと」
「ひとまず、オレは“乙女ゲーム”とやらに巻き込まれたくはない」
「僕もです」

 ディディエとガーランドの顔は真剣なものであった。まぁ、ジャスミーヌが暴走すれば被害を受けるのは、ガイラン公爵家だ。公爵家を継ぐディディエとしては、警戒もするだろう。
 それに、シルヴィは“乙女ゲーム”が何なのかを知っているし、ジャスミーヌが言っていることも理解できる。しかし知らない者にとっては、得たいの知れない“乙女ゲーム”に自分が巻き込まれるなんて御免被りたいのは当然だ。
 知っていても巻き込まれたくないのに。いや、知っているからこそ、か。

「あ、あの、仲良くして下さるんですよね?」
「勿論。トリスタンが仲良くしてくれるなら」
「ガイラン公爵令嬢は止められるんですか」
「んー……。まぁ、止められるか分からないから先手を打って色々動きたい。みたいな所はあるよね」
「仲良くするなら、隠し事はなしでお願いしますね?」
「…………」

 ディディエとガーランドの見定めるような視線に、トリスタンは目を瞬いた。トリスタンは黒幕だ。何をするつもりなのかをシルヴィは知っている。
 つまりは、ジャスミーヌも知っている。それについて何か口走ってしまっているなら、ディディエの警戒するような態度の意味も変わってきてしまうのだが。
 トリスタンは困ったような笑みを顔に浮かべた。人差し指で頬を掻きながら「秘密なんて……そんな大層なものありませんよ」と言った。

「そっか。まぁ、それなら良いけど~」
「平和な学園生活のために協力しましょう」
「よろしくお願いします」

 和気あいあいな雰囲気が場を包む。表面上は。シルヴィは居心地の悪さに縮こまった。色々と怖すぎる。
 トリスタンはやるつもりなのだろう。ゲームの通りに。ジャスミーヌならば、それを止められるだろうか。そもそも、魔王を復活させられたとして、ルノーがトリスタンの言うことを聞くかどうか。……無理そうだ。

「シルヴィ嬢も協力してね」
「え!? わたしもですか」

 正直言って断りたいが、話を聞いてしまった手前それは厳しそうだ。シルヴィは諦めて、首を縦に振るしかなかった。

「シルヴィ嬢は兄上を担当して頂ければ、それだけで十分ですので」
「お願いだからね。本当に頼むからね」
「は、はい」

 頼むからねと言われても、シルヴィに何が出来るだろうか。ひとまず、トリスタンルートの記憶は曖昧なんだよなぁ。とか呑気な事を言っていないで、思い出せるだけ思い出す所から始めた方がいいかもしれない。
 とは言っても、攻略対象者達が協力体制を整えて“乙女ゲーム”に巻き込まれないようにしている時点で何か色々と大丈夫か? 感はある。しかし、巻き込まれないのは無理な気もする。既にゲームは始まってしまっているのだから。

「俺は、その、大丈夫なんでしょうか。そもそも本当に何で俺なんですか。ガイラン公爵家のご令嬢と会った記憶なんてないのに」

 背後にどんよりとしたものを背負ったトリスタンに、シルヴィはそういえば何か本性はこんなキャラだったなと思い出してきた。

「まぁまぁ、オレ達もサポートするからさ」
「しかし、殿下は既にロラ嬢のことを気に入っているようです」
「そうなのですか?」
「待ってください! それってつまり婚約解消に近づいてるってことですか!?」
「さぁ? でも、可能性はあるかな~」
「俺は無理ですよ!?」

 トリスタンが必死だ。まぁ、皇太子殿下の元婚約者と結婚。たしかにハードルは高い。しかも、トリスタンが侯爵家を継ぐ予定は今のところはない。由緒正しきガイラン公爵家のご令嬢というだけでも、腰が引けるだろう。

「婚約破棄に関しては、オレも何とか円満にと動いてるけど……。どうだろーね」
「上手くいくと良いですね、ディディエ」
「ふふっ、まぁね! そこはオレにもご褒美があるから、頑張っちゃう」

 急に嬉しそうに笑ったディディエに、シルヴィは首を傾げる。ご褒美とは何だろうか。宰相に一歩近づくとか?
 不意に、トリスタンが深く息を吐き出した。少し落ち着いたのか、「オレは逃げ切りますよ」と決意のこもった声を出す。よくよく見ると、目が据わっている気がした。

「いいね。お互いに頑張ろー!」
「情報共有を小まめにしましょう」
「分かりましたわ」
「はい……」

 こんな事になるとは思っていなかった。しかし、なってしまったものは仕方がない。シルヴィは何か胃が痛い気がすると思いつつも、平和な学園生活のためにと涙を呑んだのだった。
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