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ファイエット学園編
09.モブ令嬢と一年生組
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このまま平和に1日が終わって欲しい。シルヴィは校舎裏の花壇に向かいながら、そんなことを思った。もう、昨日のような騒ぎは勘弁である。
どうやら騒ぎを起こした魔法科の生徒三名は、何とか退学にはならずに済んだらしい。ただ、暫くは謹慎。一ヶ月だったか。寮から出ることを禁じられたそうだ。
入学して直ぐにこんな騒ぎを起こしてしまっては、将来に響くだろうに。軽率なことをしたものだ。
因みに、正当防衛だと主張していたルノーも騒ぎを大きくしたとしてお叱りは受けたらしい。ルノーを叱ってくれるなんて、学園長は貴重な存在である。
少しは反省しなさい。と、ルノーも三日程謹慎を言い渡されたとか。そのせいなのか、今日の普通科はいつもよりも賑やかな印象を受けた。いや、きっと気のせいだな。……うん。
「あっ! きたきた!」
「お疲れ様です、姉上」
この普通科の校舎で聞こえる筈のない声がして、シルヴィは一瞬固まる。昨日も聞いたこの声は……。そろっと視線をそちらに向けたシルヴィは、そこにいた真っ白な制服を着た男子生徒二人に、頬を引きつらせた。
こちらに手を振っているのは、間違いなくディディエだ。その隣には、ガーランド。いったい何の用事なのだろうか。
「そんなに警戒しなくても~……」
「今日は改めてお礼を言いにきただけですから」
シルヴィの様子に、二人は苦笑する。まぁ、ルノーは寮で大人しく……しているかは知らないが、ひとまず謹慎中なのだから問題が起こることはないか。シルヴィはそう結論付けて、二人に近づいた。
「ごきげんよう」
「昨日はありがとうございました」
「大変でしたね」
「本当にね~」
「あの後、ルノーくんに会いましたか?」
首を傾げたシルヴィに、二人は顔を見合わせる。そして、全てを諦めたような疲れた笑みを浮かべた。
「それは、もう……」
「不貞腐れておられました。自分は悪くないと。まぁ、実際に兄上は悪くないですからね」
「ピリッピリッ! 男子寮にシルヴィ嬢は入れないし~」
「殿下が甘いものを用意して下さいましたので、何とかなりましたが」
謹慎中なのに? フレデリクはルノーを甘やかし過ぎなのではないのだろうか。だから、反省しないのだ。あの魔王は。
「シルヴィ嬢、これだけは言っとくね」
「……? はい」
「殿下は悪くないんだ。必要な処置だから」
「何ですか、それ」
「殿下は素晴らしい方だと言うことです」
ディディエとガーランドがうんうんと頷き合っている。どうやらシルヴィが知らない所で、大分と苦労をしているらしかった。
そこで、シルヴィはトリスタンから聞いた番長伝説を思い出す。そして、昨日のルノーとフレデリクのやり取りも。フレデリクはその内、胃がやられるのではないかとシルヴィは急に心配になった。
「まぁ、姉上は心配しないでください」
「そうそう、何とかするから」
「そうです。三日間だけですから」
既に疲労困憊な気がするのだが、二人がそう言うのなら大丈夫なのだろう。ディディエの言うようにシルヴィは男子寮には入れないのだから、どうすることも出来ない。
「そうです。お礼は何をご用意致しましょう」
ガーランドは話題を変えることにしたようだ。昨日ルノーを止めてくれたお礼をと、決して譲らない空気を出してきた。
「その、何でもいいのですよね?」
「はい。何でもお望みの物をご用意致しますよ」
「では、昔のように呼んでください。“姉上”ではなく」
「はい?」
シルヴィの予想外の言葉に、ガーランドは目をパチクリと瞬かせた。それに、ディディエが吹き出す。
「んふふっ、シルヴィ嬢の望みは何でも叶えてくれるんでしょー?」
「ディディエ……」
「ねー? シルヴィ嬢ー?」
「はい!」
こくこくと力強く頷いたシルヴィに、そんなに嫌だったのだろうかとガーランドはちょっとへこんだ。しかし、それが望みなのであれば致し方ない。
「分かりました。シルヴィ嬢」
困ったように眉尻を下げながらもガーランドは、笑みを浮かべておいた。さて、ならば今度はどんな作戦でいこうか。
ガーランドは諦める気がないのだ。ルノーの相手はシルヴィ以外にはいない。これは、ガーランドの中では決定事項なのだから。
「あれ?」
不意に戸惑った声が耳朶に触れて、三人は視線をそちらに遣る。そこには、トリスタンが立っていた。
トリスタンはヤバいという顔をすると、「すみません。お邪魔でしたね」と苦笑いを浮かべる。そして、その場から去ろうとした。
「そんなことないってー! ほらほら、ルヴァンス卿もこっちこっち!」
それを止めたのは何故かディディエだった。
「え?」
「昨日は慌ただしくて申し訳ありませんでした。改めて自己紹介をさせて頂けませんか?」
「うっ、その、は、はい……」
トリスタンは困ったようにウロウロと視線を泳がせたが、身分的にも断れないと判断したのか了承の返事をする。踵を返そうとしていた体をまた花壇の方へと向けた。
シルヴィの隣までやってくると、トリスタンはへらっと人好きのする笑みを浮かべる。何とも胡散臭い。それを受けて、ディディエもニコッと微笑んだ。これもまた……。胡散臭い。
「オレは、ディディエ・オーロ・ガイラン。魔法科の一年生。よろしくね~」
「僕は、ガーランド・ソア・フルーレストと申します。同じく魔法科の一年生です。よろしくお願い致します」
公爵家の二人が先に名乗ったために、トリスタンは戸惑ったような顔をする。慌てて自分の自己紹介を始めた。
「オレは、トリスタン・ルヴァンスです。普通科の一年生。よろしくお願いします」
「ルヴァンス卿とお喋りしてみたかったんだよ~。なかなか社交の場で会えないし」
「ルヴァンス卿もお忙しいのでしょう。これから仲を深めていければ嬉しく思います」
「オレなんかと、そんな」
「んー?」
「ご謙遜を」
何だろうか。二人の雰囲気が先程とは違う。公爵家の。貴族の顔をしていた。
シルヴィは居心地悪そうに三人の顔を順番に行ったり来たりとする。こういった腹の探り合いの空気感がシルヴィは苦手なのだ。
そんなシルヴィの様子に気づいたらしい。ガーランドがディディエの名を呼ぶ。ディディエは「うーん……」と少し逡巡するように視線を逸らしたが、仕方がないという風に息を吐いた。
「シルヴィ嬢は、ルヴァンス卿と仲良し?」
「え? はい」
「ルヴァンス卿はいい人?」
「そー……うですね」
「オイ」
今の間はなんだと言いたげな視線をトリスタンに向けられて、シルヴィは何の事だと首を傾げる。何故なら、シルヴィは喧嘩を買っている最中なので。
「その仕草、フルーレスト卿にそっくりだぞ……」
「え? そうですか?」
シルヴィはきょとんと目を瞬いた。やはり、長年一緒にいると似てくるのか。
「まぁ、いっか! オレのことはディディエって呼んでよ。同い年だし、仲良くしよう」
「僕はガーランド、と。フルーレストでは兄上とややこしいでしょう」
「……では、オレのことはトリスタンと呼んでください」
「ん、トリスタンね。敬語もいらないけど。まぁ、そこはトリスタンに任せる~」
急にディディエが気安い雰囲気になって、トリスタンは警戒を強めたらしい。逆に空気がピリッとした。
それに、ディディエがニマッと悪い顔で笑う。ガーランドも探るような色を隠さなくなった。
「まぁまぁ、仲良くしようよ。本当に」
「何が、狙いですか」
「どうするつもりですか? ディディエ」
「そうだな~。もう、隠さず言った方がやりやすい気がする」
「僕も賛成です。兄上の様子からして、そこまで悪い方でもないようですしね」
いったい、何なのだろうか。シルヴィは付いていけずに、オロオロとすることしか出来なかった。
トリスタンはディディエとガーランドから視線を向けられて、息を呑む。
「そうだ。シルヴィ嬢も秘密にしてね」
「え? その、はい」
「うん。実はオレの姉さんが関わってくるんだけどさ。トリスタンはオレの姉さん知ってる?」
「はい。皇太子殿下の婚約者、ですよね?」
「んー、まぁ、ね。そうだよね。そうなるか」
ディディエは、心底困ったように溜息を吐いた。そして、悩むように眉間に皺を寄せると重々しく口を開いたのだった。
どうやら騒ぎを起こした魔法科の生徒三名は、何とか退学にはならずに済んだらしい。ただ、暫くは謹慎。一ヶ月だったか。寮から出ることを禁じられたそうだ。
入学して直ぐにこんな騒ぎを起こしてしまっては、将来に響くだろうに。軽率なことをしたものだ。
因みに、正当防衛だと主張していたルノーも騒ぎを大きくしたとしてお叱りは受けたらしい。ルノーを叱ってくれるなんて、学園長は貴重な存在である。
少しは反省しなさい。と、ルノーも三日程謹慎を言い渡されたとか。そのせいなのか、今日の普通科はいつもよりも賑やかな印象を受けた。いや、きっと気のせいだな。……うん。
「あっ! きたきた!」
「お疲れ様です、姉上」
この普通科の校舎で聞こえる筈のない声がして、シルヴィは一瞬固まる。昨日も聞いたこの声は……。そろっと視線をそちらに向けたシルヴィは、そこにいた真っ白な制服を着た男子生徒二人に、頬を引きつらせた。
こちらに手を振っているのは、間違いなくディディエだ。その隣には、ガーランド。いったい何の用事なのだろうか。
「そんなに警戒しなくても~……」
「今日は改めてお礼を言いにきただけですから」
シルヴィの様子に、二人は苦笑する。まぁ、ルノーは寮で大人しく……しているかは知らないが、ひとまず謹慎中なのだから問題が起こることはないか。シルヴィはそう結論付けて、二人に近づいた。
「ごきげんよう」
「昨日はありがとうございました」
「大変でしたね」
「本当にね~」
「あの後、ルノーくんに会いましたか?」
首を傾げたシルヴィに、二人は顔を見合わせる。そして、全てを諦めたような疲れた笑みを浮かべた。
「それは、もう……」
「不貞腐れておられました。自分は悪くないと。まぁ、実際に兄上は悪くないですからね」
「ピリッピリッ! 男子寮にシルヴィ嬢は入れないし~」
「殿下が甘いものを用意して下さいましたので、何とかなりましたが」
謹慎中なのに? フレデリクはルノーを甘やかし過ぎなのではないのだろうか。だから、反省しないのだ。あの魔王は。
「シルヴィ嬢、これだけは言っとくね」
「……? はい」
「殿下は悪くないんだ。必要な処置だから」
「何ですか、それ」
「殿下は素晴らしい方だと言うことです」
ディディエとガーランドがうんうんと頷き合っている。どうやらシルヴィが知らない所で、大分と苦労をしているらしかった。
そこで、シルヴィはトリスタンから聞いた番長伝説を思い出す。そして、昨日のルノーとフレデリクのやり取りも。フレデリクはその内、胃がやられるのではないかとシルヴィは急に心配になった。
「まぁ、姉上は心配しないでください」
「そうそう、何とかするから」
「そうです。三日間だけですから」
既に疲労困憊な気がするのだが、二人がそう言うのなら大丈夫なのだろう。ディディエの言うようにシルヴィは男子寮には入れないのだから、どうすることも出来ない。
「そうです。お礼は何をご用意致しましょう」
ガーランドは話題を変えることにしたようだ。昨日ルノーを止めてくれたお礼をと、決して譲らない空気を出してきた。
「その、何でもいいのですよね?」
「はい。何でもお望みの物をご用意致しますよ」
「では、昔のように呼んでください。“姉上”ではなく」
「はい?」
シルヴィの予想外の言葉に、ガーランドは目をパチクリと瞬かせた。それに、ディディエが吹き出す。
「んふふっ、シルヴィ嬢の望みは何でも叶えてくれるんでしょー?」
「ディディエ……」
「ねー? シルヴィ嬢ー?」
「はい!」
こくこくと力強く頷いたシルヴィに、そんなに嫌だったのだろうかとガーランドはちょっとへこんだ。しかし、それが望みなのであれば致し方ない。
「分かりました。シルヴィ嬢」
困ったように眉尻を下げながらもガーランドは、笑みを浮かべておいた。さて、ならば今度はどんな作戦でいこうか。
ガーランドは諦める気がないのだ。ルノーの相手はシルヴィ以外にはいない。これは、ガーランドの中では決定事項なのだから。
「あれ?」
不意に戸惑った声が耳朶に触れて、三人は視線をそちらに遣る。そこには、トリスタンが立っていた。
トリスタンはヤバいという顔をすると、「すみません。お邪魔でしたね」と苦笑いを浮かべる。そして、その場から去ろうとした。
「そんなことないってー! ほらほら、ルヴァンス卿もこっちこっち!」
それを止めたのは何故かディディエだった。
「え?」
「昨日は慌ただしくて申し訳ありませんでした。改めて自己紹介をさせて頂けませんか?」
「うっ、その、は、はい……」
トリスタンは困ったようにウロウロと視線を泳がせたが、身分的にも断れないと判断したのか了承の返事をする。踵を返そうとしていた体をまた花壇の方へと向けた。
シルヴィの隣までやってくると、トリスタンはへらっと人好きのする笑みを浮かべる。何とも胡散臭い。それを受けて、ディディエもニコッと微笑んだ。これもまた……。胡散臭い。
「オレは、ディディエ・オーロ・ガイラン。魔法科の一年生。よろしくね~」
「僕は、ガーランド・ソア・フルーレストと申します。同じく魔法科の一年生です。よろしくお願い致します」
公爵家の二人が先に名乗ったために、トリスタンは戸惑ったような顔をする。慌てて自分の自己紹介を始めた。
「オレは、トリスタン・ルヴァンスです。普通科の一年生。よろしくお願いします」
「ルヴァンス卿とお喋りしてみたかったんだよ~。なかなか社交の場で会えないし」
「ルヴァンス卿もお忙しいのでしょう。これから仲を深めていければ嬉しく思います」
「オレなんかと、そんな」
「んー?」
「ご謙遜を」
何だろうか。二人の雰囲気が先程とは違う。公爵家の。貴族の顔をしていた。
シルヴィは居心地悪そうに三人の顔を順番に行ったり来たりとする。こういった腹の探り合いの空気感がシルヴィは苦手なのだ。
そんなシルヴィの様子に気づいたらしい。ガーランドがディディエの名を呼ぶ。ディディエは「うーん……」と少し逡巡するように視線を逸らしたが、仕方がないという風に息を吐いた。
「シルヴィ嬢は、ルヴァンス卿と仲良し?」
「え? はい」
「ルヴァンス卿はいい人?」
「そー……うですね」
「オイ」
今の間はなんだと言いたげな視線をトリスタンに向けられて、シルヴィは何の事だと首を傾げる。何故なら、シルヴィは喧嘩を買っている最中なので。
「その仕草、フルーレスト卿にそっくりだぞ……」
「え? そうですか?」
シルヴィはきょとんと目を瞬いた。やはり、長年一緒にいると似てくるのか。
「まぁ、いっか! オレのことはディディエって呼んでよ。同い年だし、仲良くしよう」
「僕はガーランド、と。フルーレストでは兄上とややこしいでしょう」
「……では、オレのことはトリスタンと呼んでください」
「ん、トリスタンね。敬語もいらないけど。まぁ、そこはトリスタンに任せる~」
急にディディエが気安い雰囲気になって、トリスタンは警戒を強めたらしい。逆に空気がピリッとした。
それに、ディディエがニマッと悪い顔で笑う。ガーランドも探るような色を隠さなくなった。
「まぁまぁ、仲良くしようよ。本当に」
「何が、狙いですか」
「どうするつもりですか? ディディエ」
「そうだな~。もう、隠さず言った方がやりやすい気がする」
「僕も賛成です。兄上の様子からして、そこまで悪い方でもないようですしね」
いったい、何なのだろうか。シルヴィは付いていけずに、オロオロとすることしか出来なかった。
トリスタンはディディエとガーランドから視線を向けられて、息を呑む。
「そうだ。シルヴィ嬢も秘密にしてね」
「え? その、はい」
「うん。実はオレの姉さんが関わってくるんだけどさ。トリスタンはオレの姉さん知ってる?」
「はい。皇太子殿下の婚約者、ですよね?」
「んー、まぁ、ね。そうだよね。そうなるか」
ディディエは、心底困ったように溜息を吐いた。そして、悩むように眉間に皺を寄せると重々しく口を開いたのだった。
応援ありがとうございます!
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