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ファイエット学園編
06.モブ令嬢と頼み事
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大変に満足だ。などと思いながら、シルヴィは雑草が全てなくなった花壇を見下ろした。
それがこの花壇、思っていたよりも広かったのだ。シルヴィもトリスタンも魔法が使えないので、地道に毎日頑張った結果がこれだ。
「やっと終わった~」
「お疲れ様でした。あとは、肥料などで土を整えて、花を植えれば完璧ですわ」
「んー……」
「どうされましたか?」
詳細は分からないが、ルノーが簡単に手に入れてきたベンチに腰掛けて、トリスタンは花壇を眺める。何処か物足りなさそうに。シルヴィはそんなトリスタンに、首を傾げた。
「もっと綺麗にしてやりたい」
「はい?」
「花壇。レンガとかさ。ボロボロだろ? 活動費に余裕があるし、一新しないか?」
どんどんと綺麗になっていく花壇に、トリスタンは何を感じたのだろうか。いつの間にやら、シルヴィよりも本気になっている。
トリスタンの言葉に、ふむとシルヴィも考えた。実はと言うと、この花壇の使用許可を取ってきたトリスタンは、学園の美化活動の一環だとか教師達を丸め込んで、活動費なんてものまで手に入れていたのだ。流石は侯爵家の人間。抜け目がない。
そして、その活動費をルノーが更に上乗せさせてきたのだ。どんな手を使ったのか。ルノー曰くこれも公爵家と学園での勉学の成果、とのことだが。シルヴィが詳しく聞かなかったので、トリスタンも口を噤んだ。
つまり、トリスタンの言う通り、肥料や必要な道具。そして、何より重要な花の苗を買っても活動費は余裕で余るのだ。
シルヴィはその場に屈むと、花壇に使われているレンガに触れる。確かに、大分と年季が入っているようだ。まだ大丈夫と言えばそうだが、ひび割れて崩れている部分もあった。
「良いと思います。でも、折角なので使えるものはそのままにしませんか?」
「何でだ?」
「これもまた味と言いますか。まぁ、歴史を残すのも大事かと」
「ふーん……。まぁ、それも良いか」
トリスタンがベンチから腰を上げ、シルヴィの隣に立つ。屈んだままシルヴィは、トリスタンを見上げた。
「それはそうと、フルーレスト卿は?」
「さぁ? どうしたんでしょうね」
「把握してないのか?」
「流石にしてませんよ」
シルヴィは先程までトリスタンが座っていたベンチに視線を遣る。そこには、いつもならルノーが座っているのだ。本を片手に。
しかし、何故なのだろうか。今日は一向に現れない。ルノーとて用事の一つや二つあって当たり前なので、シルヴィは特に気にしていなかった。しかし、そんな事を言われるとちょっと気になるではないか。
「んー……。あっ! 昨日、本を読み終わっていたでしょう? ですから、図書館に寄っているのかもしれませんわ」
「なるほどな。でも、それにしたって遅くないか?」
「それは、そうですね。何かあったのかな……」
シルヴィとトリスタンは、うーん……。と二人して神妙な面持ちになっていく。心配していることは同じだった。まさか、ルノーの番長伝説を知らない一年生が喧嘩など売っていないよな? これ一択。
そんなまさか。流石にないない。と、シルヴィが首を左右に振る。しかし、それは一瞬にして覆ることになった。
「シルヴィ嬢ーーー!!」
「姉上!! どちらにいらっしゃいますか!? シルヴィ姉上!!」
「わぉ……」
バタバタと走ってくるのは、ディディエとガーランドだ。この慌てよう。絶対に、ルノーが何かをしたのだ。シルヴィは、そう確信した。
渋々とシルヴィは立ち上がる。ひとまずは話だけでも聞くことにして、「どうされたんですかーー!」と呼び掛けに答えた。
シルヴィの声に、二人が顔を明るくさせる。救世主を見つけたかのように。シルヴィはそれに、びくっと体を強張らせた。嫌な予感しかしない。
「今! すぐ! きて!」
「何処にでしょう」
「詳しい説明は移動しながらするから! お願いします! シルヴィさまぁ!」
「僕からもお願い致します。もうどうにもなりません」
ディディエが大袈裟に顔の前で手を組んで、祈りのポーズをする。ガーランドも何処か疲れた様子でそう言った。
「ルノーくんですか?」
「そう!」
「どうか兄上を止めてください」
「私で役に立てるかどうか……」
「寧ろ、シルヴィ嬢じゃないとダメ!」
「はい。兄上は貴女にしか止められませんので」
「ううーん……」
シルヴィは思わず眉間に皺を寄せてしまった。ここまで言われては、断る訳にいかないではないか。溜息を吐くと、シルヴィは致し方ないと頷いた。
「ひとまず、行くだけ行ってみます」
「本当に!?」
「良かった……。では、参りましょう」
「トリスタン様、申し訳ありません。急用が入りました」
「みたいだな。まぁ、その、頑張れ」
成り行きを見守っていたトリスタンは、結局は行くのかと苦笑した。これも、幼馴染み特権とやらなのだろうか。
「これは、とんだ失礼を」
「いや、いやいや、オレなんかにそんな」
丁寧にガーランドがトリスタンに謝罪をする。トリスタンは恐縮したように、両手を振った。
不意にディディエが、「トリスタン・ルヴァンス……」と呟く。探るような瞳に、シルヴィは目を瞬いた。どうしたのだろうか。
「ディディエ様?」
「んー?」
「いえ、あの……?」
シルヴィが声を掛けると、ディディエは先程の顔が嘘のように、コロッと笑った。そうだ。忘れてはいけない。彼が将来、宰相を受け継ぐ男だと言うことを。
ディディエが何を考えているのかなど、シルヴィに分かる筈もない。不穏な気配はあったが、今はそれよりもルノーの方が重大だ。
「じゃっ、ルノー先輩のとこに行こう!」
「はい。そうしましょう」
「ルヴァンス卿は待機でお願い致します。巻き込まれると死にます」
「死っ!? そ、そうですね。ここで大人しくしておきます」
ガーランドの物騒な発言に、トリスタンの顔が青くなる。シルヴィは、トリスタンに何とも言えない視線を向けられたが、見なかったことにして二人に続いて走り出した。淑女は走らないとか、そんなことを言っている場合ではなさそうなので。
ディディエとガーランドに付いていきながら、シルヴィは何があったのかを聞いた。何でも、魔法科の一年生がルノーに喧嘩を売ったらしい。先程の心配が的中したようだ。
「その一年生のかたは、何故そのようなことをなされたのですか?」
「彼はその……。一年生の中でもトップクラスに魔力が高く、魔法の腕も良いと期待されている伯爵家の嫡男でして」
「貴族のかたなんですか!?」
「ははっ、びっくりしちゃうよねー。よく知ってる筈なのに、ルノー先輩に喧嘩売るなんて」
ディディエが呆れて溜息を吐く。
「魔力を失った兄上になら、勝てると思ったようです。自分は魔法科で期待されている。つまりは、偉いと勘違いした訳です」
「な、なるほど」
「ほんっとーに! 勘弁して欲しいよ。ルノー先輩に勝てるわけないでしょ」
「当たり前な事を言わないでください。兄上は最強ですから」
「出た~。ブラコーン」
「自慢の兄上なので、致し方ないかと」
「はいはい」
ゲームとこうも違うと不安になるなと、シルヴィは二人のやり取りを眺める。
ガーランドは勿論、ブラコンキャラではない。もっと言うなら、常に笑顔を浮かべる胡散臭いキャラだった。誰に対しても丁寧な敬語であるのも胡散臭さに拍車をかけていたのだが。
今はそんなことを感じない。物腰柔らかなお育ちの良い少年といった感じだ。ゲームではヒロインにだけ、そういった一面を見せていた。
因みに、ゲームでガーランドとディディエが関わるシーンはあるが、そこまで仲が良さそうではなかった。ガーランドに周りは全て敵みたいな部分があったからだ。
それが、今はどうだ。とんでもなく、仲が良さそうだ。というか、実際に仲が良い。親友と言っても過言ではない間柄だ。
いや、仲が良いのはいいことではないか。ゲームと現実が違うのは当たり前だ。平和が一番! 問題なし! シルヴィはポジティブにそう結論付けることにして、兎に角ルノーの元へと走ることに専念したのだった。
それがこの花壇、思っていたよりも広かったのだ。シルヴィもトリスタンも魔法が使えないので、地道に毎日頑張った結果がこれだ。
「やっと終わった~」
「お疲れ様でした。あとは、肥料などで土を整えて、花を植えれば完璧ですわ」
「んー……」
「どうされましたか?」
詳細は分からないが、ルノーが簡単に手に入れてきたベンチに腰掛けて、トリスタンは花壇を眺める。何処か物足りなさそうに。シルヴィはそんなトリスタンに、首を傾げた。
「もっと綺麗にしてやりたい」
「はい?」
「花壇。レンガとかさ。ボロボロだろ? 活動費に余裕があるし、一新しないか?」
どんどんと綺麗になっていく花壇に、トリスタンは何を感じたのだろうか。いつの間にやら、シルヴィよりも本気になっている。
トリスタンの言葉に、ふむとシルヴィも考えた。実はと言うと、この花壇の使用許可を取ってきたトリスタンは、学園の美化活動の一環だとか教師達を丸め込んで、活動費なんてものまで手に入れていたのだ。流石は侯爵家の人間。抜け目がない。
そして、その活動費をルノーが更に上乗せさせてきたのだ。どんな手を使ったのか。ルノー曰くこれも公爵家と学園での勉学の成果、とのことだが。シルヴィが詳しく聞かなかったので、トリスタンも口を噤んだ。
つまり、トリスタンの言う通り、肥料や必要な道具。そして、何より重要な花の苗を買っても活動費は余裕で余るのだ。
シルヴィはその場に屈むと、花壇に使われているレンガに触れる。確かに、大分と年季が入っているようだ。まだ大丈夫と言えばそうだが、ひび割れて崩れている部分もあった。
「良いと思います。でも、折角なので使えるものはそのままにしませんか?」
「何でだ?」
「これもまた味と言いますか。まぁ、歴史を残すのも大事かと」
「ふーん……。まぁ、それも良いか」
トリスタンがベンチから腰を上げ、シルヴィの隣に立つ。屈んだままシルヴィは、トリスタンを見上げた。
「それはそうと、フルーレスト卿は?」
「さぁ? どうしたんでしょうね」
「把握してないのか?」
「流石にしてませんよ」
シルヴィは先程までトリスタンが座っていたベンチに視線を遣る。そこには、いつもならルノーが座っているのだ。本を片手に。
しかし、何故なのだろうか。今日は一向に現れない。ルノーとて用事の一つや二つあって当たり前なので、シルヴィは特に気にしていなかった。しかし、そんな事を言われるとちょっと気になるではないか。
「んー……。あっ! 昨日、本を読み終わっていたでしょう? ですから、図書館に寄っているのかもしれませんわ」
「なるほどな。でも、それにしたって遅くないか?」
「それは、そうですね。何かあったのかな……」
シルヴィとトリスタンは、うーん……。と二人して神妙な面持ちになっていく。心配していることは同じだった。まさか、ルノーの番長伝説を知らない一年生が喧嘩など売っていないよな? これ一択。
そんなまさか。流石にないない。と、シルヴィが首を左右に振る。しかし、それは一瞬にして覆ることになった。
「シルヴィ嬢ーーー!!」
「姉上!! どちらにいらっしゃいますか!? シルヴィ姉上!!」
「わぉ……」
バタバタと走ってくるのは、ディディエとガーランドだ。この慌てよう。絶対に、ルノーが何かをしたのだ。シルヴィは、そう確信した。
渋々とシルヴィは立ち上がる。ひとまずは話だけでも聞くことにして、「どうされたんですかーー!」と呼び掛けに答えた。
シルヴィの声に、二人が顔を明るくさせる。救世主を見つけたかのように。シルヴィはそれに、びくっと体を強張らせた。嫌な予感しかしない。
「今! すぐ! きて!」
「何処にでしょう」
「詳しい説明は移動しながらするから! お願いします! シルヴィさまぁ!」
「僕からもお願い致します。もうどうにもなりません」
ディディエが大袈裟に顔の前で手を組んで、祈りのポーズをする。ガーランドも何処か疲れた様子でそう言った。
「ルノーくんですか?」
「そう!」
「どうか兄上を止めてください」
「私で役に立てるかどうか……」
「寧ろ、シルヴィ嬢じゃないとダメ!」
「はい。兄上は貴女にしか止められませんので」
「ううーん……」
シルヴィは思わず眉間に皺を寄せてしまった。ここまで言われては、断る訳にいかないではないか。溜息を吐くと、シルヴィは致し方ないと頷いた。
「ひとまず、行くだけ行ってみます」
「本当に!?」
「良かった……。では、参りましょう」
「トリスタン様、申し訳ありません。急用が入りました」
「みたいだな。まぁ、その、頑張れ」
成り行きを見守っていたトリスタンは、結局は行くのかと苦笑した。これも、幼馴染み特権とやらなのだろうか。
「これは、とんだ失礼を」
「いや、いやいや、オレなんかにそんな」
丁寧にガーランドがトリスタンに謝罪をする。トリスタンは恐縮したように、両手を振った。
不意にディディエが、「トリスタン・ルヴァンス……」と呟く。探るような瞳に、シルヴィは目を瞬いた。どうしたのだろうか。
「ディディエ様?」
「んー?」
「いえ、あの……?」
シルヴィが声を掛けると、ディディエは先程の顔が嘘のように、コロッと笑った。そうだ。忘れてはいけない。彼が将来、宰相を受け継ぐ男だと言うことを。
ディディエが何を考えているのかなど、シルヴィに分かる筈もない。不穏な気配はあったが、今はそれよりもルノーの方が重大だ。
「じゃっ、ルノー先輩のとこに行こう!」
「はい。そうしましょう」
「ルヴァンス卿は待機でお願い致します。巻き込まれると死にます」
「死っ!? そ、そうですね。ここで大人しくしておきます」
ガーランドの物騒な発言に、トリスタンの顔が青くなる。シルヴィは、トリスタンに何とも言えない視線を向けられたが、見なかったことにして二人に続いて走り出した。淑女は走らないとか、そんなことを言っている場合ではなさそうなので。
ディディエとガーランドに付いていきながら、シルヴィは何があったのかを聞いた。何でも、魔法科の一年生がルノーに喧嘩を売ったらしい。先程の心配が的中したようだ。
「その一年生のかたは、何故そのようなことをなされたのですか?」
「彼はその……。一年生の中でもトップクラスに魔力が高く、魔法の腕も良いと期待されている伯爵家の嫡男でして」
「貴族のかたなんですか!?」
「ははっ、びっくりしちゃうよねー。よく知ってる筈なのに、ルノー先輩に喧嘩売るなんて」
ディディエが呆れて溜息を吐く。
「魔力を失った兄上になら、勝てると思ったようです。自分は魔法科で期待されている。つまりは、偉いと勘違いした訳です」
「な、なるほど」
「ほんっとーに! 勘弁して欲しいよ。ルノー先輩に勝てるわけないでしょ」
「当たり前な事を言わないでください。兄上は最強ですから」
「出た~。ブラコーン」
「自慢の兄上なので、致し方ないかと」
「はいはい」
ゲームとこうも違うと不安になるなと、シルヴィは二人のやり取りを眺める。
ガーランドは勿論、ブラコンキャラではない。もっと言うなら、常に笑顔を浮かべる胡散臭いキャラだった。誰に対しても丁寧な敬語であるのも胡散臭さに拍車をかけていたのだが。
今はそんなことを感じない。物腰柔らかなお育ちの良い少年といった感じだ。ゲームではヒロインにだけ、そういった一面を見せていた。
因みに、ゲームでガーランドとディディエが関わるシーンはあるが、そこまで仲が良さそうではなかった。ガーランドに周りは全て敵みたいな部分があったからだ。
それが、今はどうだ。とんでもなく、仲が良さそうだ。というか、実際に仲が良い。親友と言っても過言ではない間柄だ。
いや、仲が良いのはいいことではないか。ゲームと現実が違うのは当たり前だ。平和が一番! 問題なし! シルヴィはポジティブにそう結論付けることにして、兎に角ルノーの元へと走ることに専念したのだった。
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