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はじまり編
01.モブ令嬢は五歳
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どうしてこうなったのか。シルヴィ・アミファンス伯爵令嬢は、深々と溜息を吐き出した。
ミディアム丈の焦げ茶色の髪は、陽の光を浴びなければ茶色だと分からない程に暗い。癖のあるふわふわとした猫っ毛を二つにした幼い少女は、伯爵令嬢に相応しく可愛らしいドレスに身を包んでいた。
問題があるとすれば、ここが木の上だということだろう。静かな森の中で一際目立つ大きな木の上にシルヴィはいた。
理由は単純だった。木の上に登ったは良いが降りられなくなったらしい子猫を発見し、助けようとしたのだ。
シルヴィは必死になって木に登り、太い木の枝に辿り着いた。そこまでは良かったが、何と子猫はシルヴィを足蹴にして自分で木から降りてしまったのだ。まさに子猫を助けようと手を伸ばした瞬間の出来事であった。
何だ降りれたのかと、シルヴィは安心したような。何処と無く残念なような。複雑な気持ちになりつつ、自分も降りようとした。降りようとして、降りられなかったのだ。
人によってはそこまでの高さではないのかもしれない。しかし、子どもであることも相まって、シルヴィには酷く高く感じた。
どうやってここまで登ってきたのやら。全く記憶になかった。シルヴィは、怖くてその場から動けなくなってしまったのである。
そして、今現在。ひとまず木の枝に座ったシルヴィは、どうしようかと考える。飛び降りたら怪我をするだろうか、と。答えは最初から決まっていた。何せシルヴィは魔法が使えないのだから。
もう“助けを待つ”しかやることがなくなってしまった。シルヴィは落ちないように木の幹に凭れ掛かり、意味もなくぼんやりと遠くを見つめる。
「どうせなら、魔法が使えたら良かったのに」
シルヴィは今年の春で、五歳になった。見た目はその年齢通りなのだが、中身は違っていた。
ここではない。日本という国の平凡な大学生。就職先も決まり、卒業論文も書き上げ、あとは卒業を待つだけだった……ような気がしている。
正直に言うと、そこまで記憶がハッキリとしている訳ではなかった。なんとなく。ぼんやりと。そうである気がするのだ。何とも頼りない話ではあるが、どこか確信めいたものはあった。
所謂、前世の記憶と言えば良いのか。人格と言えば良いのか。そのようなものが、シルヴィにはあった。とは言え、何をするでもなく。中身の年齢がバレないように、上手く誤魔化しながら平和に暮らしていくだけであった。
シルヴィが住むここは、ジルマフェリス王国。前世の世界とは掛け離れた、ファンタジー色の強い世界だ。魔法が使えて、魔物が存在して、戦ったりもする。
しかし残念なことに、皆が皆そうであるわけではなかった。魔法を使うには、魔力がいる。魔力量は産まれながらに決まっていて、シルヴィはというと……。全くない。
「前世と同じような髪色なのは安心するけどなぁ。残念すぎる」
不満げに独りごちて、シルヴィは毛先を指で持ち上げる。この世界では髪色を見れば、魔力量が一目瞭然で分かるようになっていた。
魔力量が低い順に、灰銀。白銀。金。そして、この国に存在するのかは知らないが、一番魔力量が高い髪色は――――。
「きみ」
不意に耳朶に触れた声に、シルヴィは驚いて肩を跳ねさせた。落ちそうになって慌てて木の幹に手をつく。ドクドクと煩い心臓の音を感じながら、視線を下に向けた。
「そこで何してるの?」
こちらをじっと見上げる深い紺色の瞳と目が合う。同い年くらいだろうか。あどけない顔をした少年の綺麗な髪が風に揺れている。
その少年の髪の色を認識して、シルヴィは驚いて目を丸めた。一瞬、見間違いかと思った程だ。
白金色。それは、この少年がこの国でもっとも魔力量が高いことを示していた。
「聞こえないの?」
「え、あの……」
「うん」
「お、降りられなくなって」
「どうして?」
心底不思議そうな声音だった。それに少しの恥ずかしさを感じつつ、シルヴィは事の経緯を説明する。少年は黙って聞いていたが、話を聞き終わると呆れを顔に滲ませた。
「そう」
「……飛び降りたら怪我すると思う?」
少年の態度に少しムッとしたシルヴィがそう問うと、少年は考えるように目を伏せる。しかし直ぐに視線をシルヴィに戻し、「うん」と頷いた。
「じゃあ、大人しく助けがくるのを待ってることにする」
「どうして?」
「危ないから」
普通に考えてそう答えたシルヴィに、少年がキョトンと目を瞬く。それを見てシルヴィは、不思議そうに首を傾げた。
「きみは変わってるね」
「えぇ? そうかな?」
「僕に助けを求めないの?」
あぁ、なるほど。そういうことかと、シルヴィは合点がいく。少年の髪は白金色なのだから勿論、魔法が使える。そして、少年の発言からして風の魔力を持っているのだろう。
魔力があれば何でも好きに魔法が使えるという訳でもない。持っている魔力の種類は、これまた産まれながらに決まっているのだ。
つまり、水の魔力持ちならば水の魔法しか使えないということ。まぁ、白金色ならば何種類も魔力を持っている可能性が高いだろう。
しかし、シルヴィは少年に助けを求めることはしなかった。
「でも、魔法は難しいんでしょ? お父様が言ってたもの」
「僕は出来るよ」
少年のプライドを傷付けてしまったようだ。子どもらしく、少年の口がムスッとへの字に曲がる。
「そうなの?」
それは素直に凄いなとシルヴィは思った。けれど、それは少年には伝わらなかったらしい。
苛立ったように、少年が指を鳴らす。小気味いい音が鳴ると同時に、ふわっとシルヴィの体が浮いた。それに、シルヴィは素っ頓狂な声を出す。
風がシルヴィの髪を揺らした。ふわふわと宙に浮いた体が、そのまま優しく地面に降ろされる。シルヴィは目を白黒させた。
「ほら、ね?」
自信に満ちた声が聞こえて、シルヴィは目を瞬く。暫く呆然と少年を見ていたが、頭が状況を理解した瞬間、恐怖よりも興奮が上回った。
「すごーい!!」
シルヴィが黄緑色の瞳をキラキラと輝かせたのを見て、少年が驚いたように目を微かに丸める。魔法を見たことはあっても、体感したのは初めての事であった。
「ほんとのほんとに凄いわ!」
「……そう」
「あの、ほんとよ! ほんとに!」
興奮し過ぎて語彙力が消し飛んでいるが、シルヴィは何とか伝えようと両手を大きく広げて、感動をアピールする。
バタバタと体全体で気持ちを表現するシルヴィを見て、少年はフッと口元を緩めた。
「きみ、やっぱり変わってるね」
何やら馬鹿にされた気がして、シルヴィは不服そうにむくれる。何か言ってやろうと口を開けたが、遠くから自分を呼ぶメイドの声が聞こえて止まった。
「モニクだ」
「あぁ、何だ。ちゃんと使用人は連れていたんだね」
「いつの間にかはぐれてたの」
「随分と危なっかしいものだ」
「でも、ここはお父様の領地だし」
「確実に安全だとは限らないよ」
それは、そうなのだろうけど。シルヴィは、悩むように眉根を寄せる。
そうだ。ここはアミファンス伯爵家の領地。しかも、邸宅の裏にある森である。そうすると、この少年はいったい? 色々と衝撃で忘れていた当たり前の疑問が顔を出す。
それを感じ取ったように、少年が「ねぇ」と声を掛けてくる。シルヴィは思わず視線を少年に戻した。
「明日もここに来る?」
「え?」
「来なよ。僕も来るから」
「うーん……」
「嫌なの?」
この少年は、“安全だとは限らない”に入らないのだろうか。しかし、助けてくれたのだから悪い子ではない筈だ。
渋るシルヴィに、少年の眉間に皺が寄っていく。ムッとした顔を見て、シルヴィは困ったように笑った。
「わかった。明日も来るね」
「うん」
一変して、満足そうに少年の瞳が細まる。「じゃあね」と言った少年に、シルヴィは「うん、またね」と手を振った。
少年が背を向けて歩き出す。あの少年は、どこから現れて、どうやって帰るのだろう。少年の後ろ姿を見つめながら、そんな事を考える。
「お嬢様!!」
「わっ!?」
後ろから聞こえたメイドのモニクの声に、シルヴィは慌てて振り向く。心底安心したような顔を向けられて、「ごめんね」と反射で謝っていた。
「本当に心配しました。どうしていつもいつも目を離すといなくなるのですか」
「ううーん……。なんでだろう?」
意図しているわけではない。本気で。気づけばいつも、はぐれているのだ。理由なら自分が聞きたいと、シルヴィは苦笑する。
そう言えばあの子は……。シルヴィが視線を戻した時には、既に少年はいなくなっていた。
「どうされましたか?」
「男の子がいたの」
「男の子、ですか?」
「うん。明日も会おうねって約束したわ」
モニクは不可解そうに首を傾げる。しかし直ぐに邸宅内ではないので、領民がいても可笑しくはないと判断したのか「では、明日もこちらで遊ばれるのですね」と確認してきた。それに、頷きで返す。
シルヴィも領民の少年なのかと考えたが、途中で待てよとなる。だってあの少年の着ていた服は、かなり上等なものであった。どこをどう見ても、貴族の少年だとしか思えない。
まさか。自分はとんでもない事をしてしまったのではないか。そんな考えが浮かんで、シルヴィは冷や汗をかく。
シルヴィが白金色の髪色を見たのは、初めての事であった。皇太子殿下にお会いした事はまだないが、国王陛下と同じ金色であると父親から聞いていた。
魔力量は、それぞれの色の中でも暗ければ暗いほど低く、明るければ明るいほど高くなる。シルヴィは暗い茶なので、本気で魔法は諦めるしかない。ごく稀に、明るい茶色ならば少しだけ持っていたりもするらしい。
しかし、ギリギリ茶色が混ざっているため、魔力を感じたり、目で見たりは出来る。完璧に黒髪だと、何も感じないのだ。魔法になると目で見ることは出来るが。
そして、あの少年の白金色の髪は限りなく白に近かった。平民から魔力持ちが産まれないことはない。しかし、王族をも越える魔力量だ。考えられる可能性としては、彼の有名な魔導師家門である公爵家の……。
いや、公爵家の領地はかなり遠い筈だ。王都にいたとしても、この距離をどうやって? そんな魔法は聞いたことがない。しかし、シルヴィは魔法が使えないのだ。知らないだけで、実は転移魔法みたいなのがある可能性もなきにしもあらず。
分からないがひとまず、明日は絶対に敬語を使おう。シルヴィは自身の命の危機を感じながら、そう決意したのだった。
ミディアム丈の焦げ茶色の髪は、陽の光を浴びなければ茶色だと分からない程に暗い。癖のあるふわふわとした猫っ毛を二つにした幼い少女は、伯爵令嬢に相応しく可愛らしいドレスに身を包んでいた。
問題があるとすれば、ここが木の上だということだろう。静かな森の中で一際目立つ大きな木の上にシルヴィはいた。
理由は単純だった。木の上に登ったは良いが降りられなくなったらしい子猫を発見し、助けようとしたのだ。
シルヴィは必死になって木に登り、太い木の枝に辿り着いた。そこまでは良かったが、何と子猫はシルヴィを足蹴にして自分で木から降りてしまったのだ。まさに子猫を助けようと手を伸ばした瞬間の出来事であった。
何だ降りれたのかと、シルヴィは安心したような。何処と無く残念なような。複雑な気持ちになりつつ、自分も降りようとした。降りようとして、降りられなかったのだ。
人によってはそこまでの高さではないのかもしれない。しかし、子どもであることも相まって、シルヴィには酷く高く感じた。
どうやってここまで登ってきたのやら。全く記憶になかった。シルヴィは、怖くてその場から動けなくなってしまったのである。
そして、今現在。ひとまず木の枝に座ったシルヴィは、どうしようかと考える。飛び降りたら怪我をするだろうか、と。答えは最初から決まっていた。何せシルヴィは魔法が使えないのだから。
もう“助けを待つ”しかやることがなくなってしまった。シルヴィは落ちないように木の幹に凭れ掛かり、意味もなくぼんやりと遠くを見つめる。
「どうせなら、魔法が使えたら良かったのに」
シルヴィは今年の春で、五歳になった。見た目はその年齢通りなのだが、中身は違っていた。
ここではない。日本という国の平凡な大学生。就職先も決まり、卒業論文も書き上げ、あとは卒業を待つだけだった……ような気がしている。
正直に言うと、そこまで記憶がハッキリとしている訳ではなかった。なんとなく。ぼんやりと。そうである気がするのだ。何とも頼りない話ではあるが、どこか確信めいたものはあった。
所謂、前世の記憶と言えば良いのか。人格と言えば良いのか。そのようなものが、シルヴィにはあった。とは言え、何をするでもなく。中身の年齢がバレないように、上手く誤魔化しながら平和に暮らしていくだけであった。
シルヴィが住むここは、ジルマフェリス王国。前世の世界とは掛け離れた、ファンタジー色の強い世界だ。魔法が使えて、魔物が存在して、戦ったりもする。
しかし残念なことに、皆が皆そうであるわけではなかった。魔法を使うには、魔力がいる。魔力量は産まれながらに決まっていて、シルヴィはというと……。全くない。
「前世と同じような髪色なのは安心するけどなぁ。残念すぎる」
不満げに独りごちて、シルヴィは毛先を指で持ち上げる。この世界では髪色を見れば、魔力量が一目瞭然で分かるようになっていた。
魔力量が低い順に、灰銀。白銀。金。そして、この国に存在するのかは知らないが、一番魔力量が高い髪色は――――。
「きみ」
不意に耳朶に触れた声に、シルヴィは驚いて肩を跳ねさせた。落ちそうになって慌てて木の幹に手をつく。ドクドクと煩い心臓の音を感じながら、視線を下に向けた。
「そこで何してるの?」
こちらをじっと見上げる深い紺色の瞳と目が合う。同い年くらいだろうか。あどけない顔をした少年の綺麗な髪が風に揺れている。
その少年の髪の色を認識して、シルヴィは驚いて目を丸めた。一瞬、見間違いかと思った程だ。
白金色。それは、この少年がこの国でもっとも魔力量が高いことを示していた。
「聞こえないの?」
「え、あの……」
「うん」
「お、降りられなくなって」
「どうして?」
心底不思議そうな声音だった。それに少しの恥ずかしさを感じつつ、シルヴィは事の経緯を説明する。少年は黙って聞いていたが、話を聞き終わると呆れを顔に滲ませた。
「そう」
「……飛び降りたら怪我すると思う?」
少年の態度に少しムッとしたシルヴィがそう問うと、少年は考えるように目を伏せる。しかし直ぐに視線をシルヴィに戻し、「うん」と頷いた。
「じゃあ、大人しく助けがくるのを待ってることにする」
「どうして?」
「危ないから」
普通に考えてそう答えたシルヴィに、少年がキョトンと目を瞬く。それを見てシルヴィは、不思議そうに首を傾げた。
「きみは変わってるね」
「えぇ? そうかな?」
「僕に助けを求めないの?」
あぁ、なるほど。そういうことかと、シルヴィは合点がいく。少年の髪は白金色なのだから勿論、魔法が使える。そして、少年の発言からして風の魔力を持っているのだろう。
魔力があれば何でも好きに魔法が使えるという訳でもない。持っている魔力の種類は、これまた産まれながらに決まっているのだ。
つまり、水の魔力持ちならば水の魔法しか使えないということ。まぁ、白金色ならば何種類も魔力を持っている可能性が高いだろう。
しかし、シルヴィは少年に助けを求めることはしなかった。
「でも、魔法は難しいんでしょ? お父様が言ってたもの」
「僕は出来るよ」
少年のプライドを傷付けてしまったようだ。子どもらしく、少年の口がムスッとへの字に曲がる。
「そうなの?」
それは素直に凄いなとシルヴィは思った。けれど、それは少年には伝わらなかったらしい。
苛立ったように、少年が指を鳴らす。小気味いい音が鳴ると同時に、ふわっとシルヴィの体が浮いた。それに、シルヴィは素っ頓狂な声を出す。
風がシルヴィの髪を揺らした。ふわふわと宙に浮いた体が、そのまま優しく地面に降ろされる。シルヴィは目を白黒させた。
「ほら、ね?」
自信に満ちた声が聞こえて、シルヴィは目を瞬く。暫く呆然と少年を見ていたが、頭が状況を理解した瞬間、恐怖よりも興奮が上回った。
「すごーい!!」
シルヴィが黄緑色の瞳をキラキラと輝かせたのを見て、少年が驚いたように目を微かに丸める。魔法を見たことはあっても、体感したのは初めての事であった。
「ほんとのほんとに凄いわ!」
「……そう」
「あの、ほんとよ! ほんとに!」
興奮し過ぎて語彙力が消し飛んでいるが、シルヴィは何とか伝えようと両手を大きく広げて、感動をアピールする。
バタバタと体全体で気持ちを表現するシルヴィを見て、少年はフッと口元を緩めた。
「きみ、やっぱり変わってるね」
何やら馬鹿にされた気がして、シルヴィは不服そうにむくれる。何か言ってやろうと口を開けたが、遠くから自分を呼ぶメイドの声が聞こえて止まった。
「モニクだ」
「あぁ、何だ。ちゃんと使用人は連れていたんだね」
「いつの間にかはぐれてたの」
「随分と危なっかしいものだ」
「でも、ここはお父様の領地だし」
「確実に安全だとは限らないよ」
それは、そうなのだろうけど。シルヴィは、悩むように眉根を寄せる。
そうだ。ここはアミファンス伯爵家の領地。しかも、邸宅の裏にある森である。そうすると、この少年はいったい? 色々と衝撃で忘れていた当たり前の疑問が顔を出す。
それを感じ取ったように、少年が「ねぇ」と声を掛けてくる。シルヴィは思わず視線を少年に戻した。
「明日もここに来る?」
「え?」
「来なよ。僕も来るから」
「うーん……」
「嫌なの?」
この少年は、“安全だとは限らない”に入らないのだろうか。しかし、助けてくれたのだから悪い子ではない筈だ。
渋るシルヴィに、少年の眉間に皺が寄っていく。ムッとした顔を見て、シルヴィは困ったように笑った。
「わかった。明日も来るね」
「うん」
一変して、満足そうに少年の瞳が細まる。「じゃあね」と言った少年に、シルヴィは「うん、またね」と手を振った。
少年が背を向けて歩き出す。あの少年は、どこから現れて、どうやって帰るのだろう。少年の後ろ姿を見つめながら、そんな事を考える。
「お嬢様!!」
「わっ!?」
後ろから聞こえたメイドのモニクの声に、シルヴィは慌てて振り向く。心底安心したような顔を向けられて、「ごめんね」と反射で謝っていた。
「本当に心配しました。どうしていつもいつも目を離すといなくなるのですか」
「ううーん……。なんでだろう?」
意図しているわけではない。本気で。気づけばいつも、はぐれているのだ。理由なら自分が聞きたいと、シルヴィは苦笑する。
そう言えばあの子は……。シルヴィが視線を戻した時には、既に少年はいなくなっていた。
「どうされましたか?」
「男の子がいたの」
「男の子、ですか?」
「うん。明日も会おうねって約束したわ」
モニクは不可解そうに首を傾げる。しかし直ぐに邸宅内ではないので、領民がいても可笑しくはないと判断したのか「では、明日もこちらで遊ばれるのですね」と確認してきた。それに、頷きで返す。
シルヴィも領民の少年なのかと考えたが、途中で待てよとなる。だってあの少年の着ていた服は、かなり上等なものであった。どこをどう見ても、貴族の少年だとしか思えない。
まさか。自分はとんでもない事をしてしまったのではないか。そんな考えが浮かんで、シルヴィは冷や汗をかく。
シルヴィが白金色の髪色を見たのは、初めての事であった。皇太子殿下にお会いした事はまだないが、国王陛下と同じ金色であると父親から聞いていた。
魔力量は、それぞれの色の中でも暗ければ暗いほど低く、明るければ明るいほど高くなる。シルヴィは暗い茶なので、本気で魔法は諦めるしかない。ごく稀に、明るい茶色ならば少しだけ持っていたりもするらしい。
しかし、ギリギリ茶色が混ざっているため、魔力を感じたり、目で見たりは出来る。完璧に黒髪だと、何も感じないのだ。魔法になると目で見ることは出来るが。
そして、あの少年の白金色の髪は限りなく白に近かった。平民から魔力持ちが産まれないことはない。しかし、王族をも越える魔力量だ。考えられる可能性としては、彼の有名な魔導師家門である公爵家の……。
いや、公爵家の領地はかなり遠い筈だ。王都にいたとしても、この距離をどうやって? そんな魔法は聞いたことがない。しかし、シルヴィは魔法が使えないのだ。知らないだけで、実は転移魔法みたいなのがある可能性もなきにしもあらず。
分からないがひとまず、明日は絶対に敬語を使おう。シルヴィは自身の命の危機を感じながら、そう決意したのだった。
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