森の中で赤ん坊を拾いました

琴葉

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赤ん坊

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窓から差し込む灯りで目が覚めた。
カーテンは一応付いているが、夏場の強すぎる日差しを避けるために薄い方のカーテンを閉めることはあるが、冬場の寒気対策以外、開けっぱなしだ。
いつのまにか寝てしまったらしい。
本は枕元に置きっぱ、テーブルライトは勝手に消えたらしい。
「んんー」
上半身を起こしたままベッドの上で伸びをする。
着替えをして一階へと降りていく。
「明日も天気がいいなら、布団と枕を干して、枕カバーなんかを一式全部洗わなきゃな」
冬場は大物の洗濯が難しい。
いざとなったら暖炉の前に木を組んで千場を作ったけども、やっぱりお日様に乾かしてもらった方が気持ち良い。
風呂場にある洗面台で顔を洗い、歯を磨く。
使い終わったタオルはカゴに放り込んでおく。
1人分なので洗濯は2~3日に一回、カゴが満タンになった頃合い。
今日はまだ大丈夫そうだ。
台所へ入ると昨夜の残りのポタージュを温め、棚からバターロールを出してくる。
バターやチーズといった乳製品は、今は村で買ってくる分だけだ。
牛を飼えば、加工する道具(不思議アイテム)があるので自家製が作れるのだが、いかんせん1人分だと消費が追いつかない。飲んだり料理に使うミルクは山羊で十分だ。
山羊乳でもテーズが作れるけど、匂いがね、俺は苦手なのよ。
「悩みどころだなぁ」
食事が終わって小休止したら、日課へと動き出す。
家畜小屋から畑まで。
毎日3個ほど取れる卵はパンなどに使うので、結構消費する。とはいえ冷蔵庫には昨日補充した分がまだ入っているので、今日は全部食物庫行きだ。
畑周りの雑草は山羊と羊が、虫は鶏が食べてくれるので、水撒きぐらいしかすることはない。
冬も植えていた葉物野菜はまだ収穫できそうにないな。
食物庫の中から薬草など、加工したい物を取り出してきて、小川で綺麗に洗う。
この小川にはなぜか生き物がいない。
苔や藻、といった水草すら生えておらず、底は小石が敷き詰めたようにあり、流れも緩やかで本当に綺麗だ。
薬草は一枚ずつ浅い箱の上に広げて、上から目の細かい網をかける。我が家に伝わる乾物用の道具だ。これをあるだけ作って、小屋の前に広げ、夕方には一旦小屋に入れる。干して使う山菜も同様だ。不要部分を取り除いて、乾物用の箱の中で広げ網をかける。切り取った不要部分で毒のない物は細かく刻んで鶏や山羊たちの餌に混ぜる。
果実も干せる物は干す。
手順は果実によって変わってくるものの、最終的には紐で吊るす。こちらは軒下、つまり日影干しがほとんどなので、夜も出しっぱなしだ。
なんだか小屋周りがすごいことになってるが、いつもの事だ。
昼を少し過ぎてしまったが、目玉焼きと葉物野菜のドレシング和えに、軽く焼いてバターを塗った食パンで軽く昼を済ませる。
これでバターの残りもわずかになった。
もうパンを作るほど残ってない。
早めに村に行かなきゃな。
ともかく今日は狩りだ。
小屋からいつものカゴと狩弓、ショートソードなどを持ち出して森へ。
狩りをするためには昨日よりももっと深くまで森に入る必要がある。
というのもあの大木の周りには、小動物や小鳥ぐらいしかやってこない。
たまに怪我をした大型動物が寄り添うように蹲っているのを見かけるが、癒しに来ているのだろうから、手を出したことはない。というかそういう風に教わった。
動物も魔物もこの大木からある程度離れないと見かけない。
といっても魔物と動物の区別がついてないんだけどな。
食べられる生き物として教わっているので、その生き物の正式名称も知らない。
まあ村や街の人達も魔物の肉を食べるらしいので、問題ないと思う。
今日は豚と良ければ牛、あとは鳥がそれぞれ一つ狩れたらいいなと思っている。
鳥はある程度大きさのあるものがいい。
豚は何種類か生息しているが、どれもうまいのでどれでもいいか。
あとは牛。
大きいし、狩るのが大変なので見つかれば狩るぐらいで行こう。
鳥はすぐに2羽ほど仕留めた。
そのままカゴに放り込む。
普通なら血抜きとか解体とかはすぐにやらなきゃいけないんだろうけど、この不思議カゴなら数日後でも問題ないし、このまま食物庫へ入れておけばさらにいつでも大丈夫。ただこの不思議カゴは一つしかないので次が使えなくなってしまう。早めに処理するしかない。
さて豚は見つけるのに時間がかかってしまった。
木陰から弓で頭を狙い、ショートソードでトドメを刺す。
1匹いれば当分問題ないので、牛は別の日にするか。
豚をカゴに入れて少し早いが家路へ。
帰巣本能というか、そういうものが働くので森の中でも迷うことなく真っ直ぐ家に向かう。
途中山菜や薬草といった採取できる物は採るために、きょろきょろあたりを見渡していた。
ふと木の根元が微かに光っているのを見つけて、不思議に思いながら近付くと、根元のウロに赤ん坊がいた。
「え、なんでこんなとこに?」
ここはかなり森の奥だ。入口よりも山の方が近い。
魔物が出るような森の奥に赤子とかありえない。
辺りを見回しても人影はないし、動物以外の生き物の気配もない。
そもそもこの辺りは深過ぎて冒険者すら寄りつかない様なのに。
近くに座り込んでウロを覗き込む。
赤ん坊の周りには衣類と思しき物があり、赤ん坊を隠す様に寄せ集めてある。
赤ん坊が自ら引き寄せたのか、他の誰かがそうしたのかわからないが、当の赤子はすやすやと穏やかな寝息をたてている。
「はてさてどうしたものか」
このまま置いていくわけには行かないだろうな。
すぐに動物か魔物に見つかって食われてしまうだろう。
誰かが探しにくるだろうか?
いや、探しにくるぐらいならこんなところに放置しないだろう。
口減しの捨て子か?
この近辺にそんな貧しい村や街があるとは聞いたことがない。
いくら森に引きこもってる俺でも、そのぐらいの情報は村で仕入れてくる。
なんらかの事情で捨てられた子、ということだろうか。
ともかく連れていくしかなさそうだ。
「さて…」
連れて帰るとして、なぜにこのウロは淡く光っているのだろうか?
この木のこのウロには覚えがあるが、光っているのは見たことがない。
しばらく右から左から眺めてみたがわからない。
仕方がないのでそっと手を伸ばしてみる。
なんらかの感触があるかと思ったのだが、触れたと思われる瞬間、光が消えた。
触ったのかさえわからない。
「…なんなんだ、一体…」
ともかく森の中は日が落ちると一気に気温が下がる。
この程度の布では寒かろう。
周囲にあった布(大人物の衣類だった)で赤ん坊を包み、布と一緒にあった小さいバッグなどはカゴに放り込み、家路を急いだ。
というのも穏やかに、安らかに眠っているが、抱え上げた小さな体は驚くほど冷たかった。
これはやばい、すぐに温めなくては、絶対やばい。



居間のソファーの上に赤ん坊を寝かせると、包んでいた衣類を取り除く。急に風呂に入れていいものか迷ったので、まずは毛布で包んだ。それから俺が幼い頃母が冬になると、お湯を入れて布団に入れてくれた皮袋を、倉庫から引っ張り出して来てお湯を入れ毛布の間に入れ込んだ。このまましばらく様子を見てみよう。
その間に物置から赤ん坊用の衣類やオシメといったものを居間に運び込む。
倉庫の中で赤ん坊用のベッドや籠やらを探していて、やっとカゴを背負ったままだったことに気付いた。
「今日は解体は無理だな」
カゴを食物庫の床に置いて、倉庫からそれらしい道具類を居間に運び込む。
居間が急にごちゃっと散らかった。
新生児用と思われるカゴの中へ毛布ごと赤ん坊を移す。カゴには取っ手がついているので持ち運びができる様になっている。
これで居間で付きっきりになることなく、作業する場所へ連れていくことができる。
ということで台所へ。
食物庫から昨日採ってきた果実を2種類を持って来て洗い、大きめの鍋2つにそれぞれ種類別に果実と砂糖を入れて煮込む。
作るのは野苺と甘夏のジャムだ。
保存が効くし、野苺は甘味が強く、甘夏は甘酸っぱいが香りがいい。特にこの森で採れた果実は甘味と香りが強いとかで、どちらも人気の高い商品だ。
オレンジの方は皮の部分と間の白い部分とを分けて、半分を身と一緒に煮込み残りの皮は干して別の物に使う。
いつもなら外に持っていくところだが、乾物用の干し網を持って来て広げ、再び外へ出て小屋の軒下に吊るす。
急いで戻ってくると、手を洗ってから赤ん坊の体温を確かめた。
運んできた時よりは温かくなった様だ。
ほっと息をついて、ジャムの鍋をゆっくりとかき混ぜる。
その合間に米を洗う。
合間合間に鍋を混ぜて、専用の鍋に米と水を入れてこれまた専用の道具、箱の中へ入れる。
専用の鍋には米の量に応じて必要な水の量が記されているし、箱の中に入れてボタンを押せば勝手に炊いてくれる。押したボタンが微かな音と共に元に戻れば出来上がりだ。
ただ少々時間がかかるのだけれど。
その間におかずの準備だ。
「米には味噌だよな」
ということで本日は味噌汁だ。
ジャガイモや大根といった根野菜が本日の具。
あとは肉が続いたので魚の切り身を焼く。
魚も獲ってきたやつだ。
近くの小川に生き物はいないが、少し離れたところに川があって、そこに罠を仕掛けてある。時々回収に行けばいいので、面倒がない。
特に春先の今は種類も豊富で量も多い。
雪が溶けて水温が上がった頃に見に行けば、大量にかかっていた。網ごと回収し新しい網をセット、戻ってきて全部締めて内臓を抜き、食物庫へ入れた。
その内の1匹分を切り身にして、こちらの冷蔵庫へ移しておいたのだ。
ジャムの鍋と味噌汁と魚の焼きと同時進行で、さらに時々赤ん坊を振り返る。
忙しないが赤ん坊がまだ寝息を立てているのが救いかな。
先に出来上がった魚を皿に移し大根おろしを添え、一旦保存棚へ入れておく。味噌汁は蓋をしてそのまま。ジャム鍋の前に椅子を1脚移動させ、時々混ぜながら本を読み、米が炊き上がるのを待った。時々赤ん坊の体温を確かめるが、徐々に上がってきている様だな。
台所で読むのはほとんど料理本だ。
食器棚の隣にある収納棚には俺や母、祖母が買ってきた料理本が並ぶ。
まあ祖母や母が書いた覚書も混じっているけども。
今読んでるのはお菓子の本だ。
作りたいのは山々だが材料の半分が自家製じゃないんだよなあ。
乳製品は必ず使うのにないし、砂糖もそうだ。塩も買わないといけないし、チョコレートとかいうのもない。ナッツ系は森で探せば見つかりそうだけど。
あるのは卵と小麦粉ぐらい。あとは果物か。
ポン、という小さな音が聞こえ、米が炊き終わったことを教えてくれた。
赤ん坊を確かめると、体温はそれなりになったと思うのだが、目を覚ます様子はない。
「先に晩飯にするか」
まだ温かい味噌汁を注いでテーブルに置き、魚を保存棚から出してくる。冷蔵庫から胡瓜の浅漬けを取り出して、最後にご飯を茶碗に盛り、いただきます。
「んん、上出来」
自画自賛しながら食を進める。
米と味噌は一般的とは言えない食物だ。
店頭にはほぼ並んでいないらしい。
我が家では当たり前だし、自家栽培もしてる。味噌も大豆から育てて、作ってる。
村は我が家との関わりが大きいので、どちらも自家栽培も作成もしてるが、店に並べても売れないらしく、完全に地産地消らしい。時々宿屋で振る舞い宣伝しているが、高評価の割に扱いがわからないのか購入には至らないとか。ただし調理済みの物、例えばおにぎりや炊き込みご飯を小さなお櫃に詰め、唐揚げなどちょっとしたおかずを添えると、すぐに完売するらしい。腹持ちもいいので冒険者などがお弁当として購入しているそうだ。気に入って試しに買っていく人もいるらしいが、炊き方をちゃんと教えても再購入には繋がらないと、村の食事処のご主人が嘆いていた。
ジャムは水分が出始めたが、まだまだ煮込まねば。
食事の後片付けをして、小さめの鍋を用意する。
作り置きの出汁を入れ醤油や味醂などで味付けをする。その中に去年の秋に採取したきのこなどを入れ、軽く塩茹でした鶏のささみを小さく解して入れ、軽く煮込む。具に火が通ったら少し冷まして、ご飯の残りに具を中心に混ぜる。煮汁は味見をしながら追加する。小さなお櫃に入れ、残りはさらに少し冷ましてから三角に握っていく。
お櫃は蓋をし、おにぎりには布巾をかけて保存棚へ。
これでお昼や朝に取り出してさっと済ませることができる。
赤ん坊の様子をちらりと眺めて、まだ眠っていることを確認し、ジャムの鍋のスイッチを切って風呂の準備へ。
湯船などの掃除をしてお湯を出し、戻ろうと部屋を出たらけたたましい泣き声がした。
慌てて台所に駆け込むと、ついさっきまで寝ていたはずの赤ん坊が涙をぼろぼろ流し、大きな声で目一杯口を広げて泣いていた。
先ほどまでの静けさが嘘の様。
「ちょ、ちょっと待ってろよ」
そう声をかけて小さな鍋に山羊の乳を入れてスイッチを入れ沸騰させないよう加減する。
その間に急いで風呂場へ行きお湯を止めて戻ってくる。
家中どこにいても泣き声が聞こえるようだ。
少し泡が立つくらいで止めて、哺乳瓶へ移し替える。
腹が減っているんだろうとは思うが、念のため毛布を開いて確認する。
毛布は汚れていない。
体温を確認すると俺より少し高いぐらいかな?
オシメをつけて再び毛布をかける。
皮袋はもう必要ないだろうから取り出しておく。
一連の作業の間も赤ん坊は泣きじゃくっていた。
山羊の乳はまだ熱い。ので哺乳瓶ごと水につける。
せっかく温めたが今度は人肌までぬるめなくてはいけない。
なぜ独身のくせにこんなことを知っているかと言えば、俺には弟がいた。少し歳は離れていたので、諸々の世話を教えてもらったのだ。というのも母は産後の肥立が悪く寝込んでいたから、父や兄たちから教わって代わりに世話をしていたのだ。残念ながら母はそのまま回復することなく亡くなり、2年後弟も容体が急変し、手を尽くす暇もなく亡くなってしまった。
世話をしていたのは俺だったので、何かヘマをやらかしたのかと父や兄たちに迫ったが、幼子が急死することはままあることで、原因は不明らしい。父の妹も母の弟も同じ様に急死してしまったとのことで、俺が気にすることはないと言われた。
この子はそうならないといいが…。
とにかくしっかりと世話をしよう。
人肌の温度になった山羊乳を大きく開けて泣く口元に当ててやる。
ぴたりと泣き止み、瞬きを繰り返す。
へえ、この子瞳が深紅なんだな、珍しい。
その舌の上に少し乳を出してやれば勢いよく咥えて飲み始めた。ほっと息を吐きつつ、懸命に飲む姿を眺める。
「いっぱい飲んで、このまま元気に育ってくれよ」
赤ん坊は用意した山羊の乳を全部飲み干した。
記憶を掘り起こしつつゲップをさせ、またカゴに戻すと、腹一杯のなったせいか、うつらうつらし始めまた寝てしまった。
うーん風呂に入れたかったんだが…。
また起きてしまうかもしれないが、やはり入れよう。
風呂のお湯を再び溜め始め、居間に出しておいた赤ん坊の衣類を持ってくる。
そっと抱え上げた赤ん坊と共に風呂場へ。
お湯を止めて弟に使っていた大きめのタライにお湯を移す。
湯加減はいつもよりぬるめのいい感じだ。
記憶を掘り起こしながら、体や髪を洗ってやり、ほんのり色付くまで全身を温めてやる。
その後丁寧に体と髪を拭き、湯冷めしない様服を着せ、頭には手拭いを巻いた。
時々薄目を開けた様に見えてどきりとしたが、泣き出さず、眠ったままだった。
カゴに戻し毛布をかけ、そのまま脱衣所に置く。
急いで服を脱ぎ、体や髪を洗い湯船に浸かる。
赤ん坊の様子を伺いながら体が温まった頃合いで、さっと上がり服を着た。
再び台所へ戻り、哺乳瓶を何本か取り出すと、煮沸を始める。
今度は普通サイズの鍋に山羊乳を入れ温める。
すでに煮沸を終わらせておいた哺乳瓶に乳を入れ替えて、水の中で冷やす。
その間に大急ぎで倉庫から箱を持ってきて、寝室の机の上に置くと、大急ぎで台所に戻った。泣き声が聞こえないとほっとする。
人肌より少し熱い哺乳瓶をオシメの替えやらと一緒に別のカゴに詰め、赤ん坊の眠るカゴと一緒に寝室へ。
赤ん坊のカゴはベッド脇に置いて、倉庫から持ってきた予備の保温箱を起動させ中に哺乳瓶を入れる。替えのオシメを箱の横に畳んで積み、入れてきたカゴはそのまま足元に置く。これは汚れ物を入れるために使う。
ベッドに横になると、手を伸ばして赤ん坊の体温を確認。髪を乾かすために巻いておいた手拭いを外してやり、頭を撫でる。
「おやすみ」
なんだかどっと疲れたな。
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