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しおりを挟む第一棟校舎の最上階の1番端に生徒会室はある。
その中で比良木 聡史は机に頬杖を付いてぶすっと口を尖らせた。
それを見咎めて、宮坂 條が笑った。
「何をそんなに拗ねてんの」
「だってさぁ、なんで俺が生徒会長なの?」
「そりゃあ、選ばれたからでしょ」
「それもさあ、俺、條ちゃんが立候補してるから絶対ない、と思ってたのにさあ」
恨みがましく宮坂を見ると、副会長宮坂は仰け反って笑う。
「仕方ないじゃん。男子校の選挙なんて人気投票みたいなもんだし」
「…男子校で人気あっても、なあ…」
生徒会役員の中で宮坂とは中学も一緒で、一年の時と三年で同じクラスになった。気の知れた相手で、その辺は気が楽だし、体育部部長の葉山 将樹も同じクラス。もっとも葉山はあまり生徒会室には現れないが。同じクラスなのはこの2人だけだが、他の役員もほとんどが三年生で知った顔ばかり。
そんな中で二年生は2人だけ。
今も部屋の隅で背中合わせで座っている二人組。
一人は会計の菅野 浩人で、いつも同じ席でこちら側を向いてずっとゲームをしている。
比良木と変わらないぐらい小柄で、切れ長の目と整った顔が時々同性から見てもどきりとする色気がある。普段は全然そんな感じじゃなくて。むしろ幼くみえ、人懐っこく話しかけてくる。けれど口調はしっかりとした敬語で、挨拶もして、話しやすさとは裏腹に意外と警戒心が強いことが垣間見えた。
「俺もなんでここにいるのかわからないんですよ。まあ、十中八九あいつのせいだと思うんですけどね」
最初に話した時に菅野は答えて、こっそりともう一人の二年生を指差した。
そのもう一人、議長の大杉 遼はスラリとしたスタイルで、日本人離れした彫りの深い顔立ちをして、そこにいるだけで人目を惹く。派手な外見とは裏腹に、普段の大杉はいつも生徒会室の隅の方で、こちらに背を向けるようにして足を組み本を読んでいる。その背中には大抵、菅野が寄りかかっている。
物静か、ではあるけれどおとなしいわけではなくて、言うべきことはきちんと発言する。議長という役割もしっかりと果たして、会議ではぐいぐいと進行していく姿は、人によっては頼もしく、人によっては生意気とも取れる。
1番最初の会議で、1年生となめた2年生役員を睨みつけ言い負かした。
こっそりと笑う宮坂とは対照的に、比良木は怖い印象を持ってしまって、それ以来、自分の周りには今までいなかったタイプの大杉を苦手と認識してしまった。
宮坂は中学時代から大杉を知っているらしくて。
中学時代、生徒会長をしていた宮坂と、別の中学で副会長をしていた大杉は生徒会同士の交流会みたいな所で知り合い、それ以外にも図書館で出くわしたりしていたらしい。
勿論、高校に入ってからも勉強目的で図書室に出入りしていた宮坂と、読書目的で入り浸っていた大杉は何度も顔を合わせ、会話もしていたようで、生徒会で一緒になった時に、お互い笑いあって握手を交わしていた。
比良木がちらりと大杉を見て溜息を吐くと、宮坂は押し殺したような笑い声をあげてこっそりと言う。
「オーギーがそんな苦手?」
「…苦手っていうか…」
比良木は言い淀んだ。
オーギー、という呼び名は彼を知る周りがこっそりとつけた呼び名だと教えられた。同時に彼が中学時代から「図書室の王子」と呼ばれている事も聞いて、その「姫」と菅野が呼ばれていることも聞いた。二人が付き合っているらしいという噂がある事も。
本当の所はわからないが。
「二人とも男じゃん?なんで菅野が姫?」
比良木が純粋に疑問を持つと、宮坂が説明してくれた。
大抵図書室や街の図書館で大杉は定位置に座るらしく、あの容姿で人目を集めるもののなかなか近付けない、近付けさせてもらえない為、大杉に憧れる女子を中心に「王子」と呼ばれ始めたらしい。そしてその王子が唯一、隣に座らせるのがあの菅野らしく、いつしかその中性的な外見から「姫」と呼ばれ、また余りにも仲がいいので付き合っているのでは?という噂が立ったようだ。これも女子を中心に騒ぎ始めたらしい。
「まあ、スガもオーギーも否定してるけどね」
宮坂は言う。
スガとはやはり菅野を知る人物たちが呼んでいるようで、すぐに生徒会でも定着した。二人ともこの呼び名を認識していて、生徒会で呼ばれ始めても特に抵抗もなく受け入れた。
「…なんか、空気重い…」
比良木がぼそぼそと呟くと、宮坂は吹き出した。
「まあそれなりに怒らせると怖いけど、それ以外は真面目で面倒見のいい、優しい男なんだけどなあ。聡史くんが思うような、重い空気も俺は感じたことがないし。気のせいだと思うよ」
宮坂には何度もそう言われているが、まだ自分がその場面に出くわさないせいかイマイチ信じられない。
でも菅野の懐き振りを見ると、多分そうなんだろうとは思うが。
信じ難い…。
「りー!飽きたぁ、帰ろ」
突然菅野がゲーム機を膝に落として叫んだ。
大杉の声は聞こえないが、菅野が振り返っているので何かしら返答があったようだ。
その様子をこっそりと、他の生徒会役員と同じように盗み見ていると、やがて二人が立ち上がり、大杉は菅野の荷物と自分の荷物を持って出口へ向かう。菅野はその後ろを平然とした顔でついて行きながら、2人並んでドアで振り向くと「お先しまーす」と頭を下げた。
その2人に宮坂が大きく手を振ると、二人ともにこやかに手を振り返して出て行った。
二人が消えてから、宮坂はくすくすと笑う。
「あーやって、オーギーが甘やかすから噂が立つんだよなあ」
宮坂は笑うけれど、比良木には理解できなかった。
生徒会長なんてモノになってから、放課後を自由に使えなくなってしまったのが比良木は一番悔しかった。特に交代してすぐから、新入生を迎えた前後は何かと忙しく、生徒会室にばかり通っていた。
なのでちょっと落ち着いてきた頃、比良木は宮坂に一応お伺いを立て、久しぶりに美術室へ向かった。
久しぶりに嗅ぐ独特の絵の具の混ざり合った匂いを、胸いっぱいに吸い込んで深呼吸した。
ふつふつと気分が高揚してくるのを感じる。
「よし!」
制服や荷物をその辺の机に放り出して、キャンバスを一つ用意する。
しばらくその真っ白いキャンバスを眺めて、一つ息を吐くと思うままに手を動かした。
最近ずっと見つめていた生徒会室の窓から見える中庭。
定期的に手入れがされているのだろう、小ぶりな枝の影が密かに落ちた、ありがちな風景。
そこに少しずつ影が伸び、色濃くなり、透明だった光がオレンジを帯びて落ちてくる。ありがちな風景が少しずつオレンジに染まっていく。
退屈な会議の合間、その風景をずっと見つめながら考えていた。
あの色合いをどうしたら再現できるだろう、かと。
ただ元の色にオレンジを載せていってもこんな色合いにはならない。
頭の中でどの色をどのくらい混ぜたらいいか、どんなふうに描き込んでいったらあのグラデーションを表現できるのか、浮かんでくるのはそればかり。
そしてどこともなく、体がむずむずと始める。
会議をズル休みしても、居場所が限られているので、すぐに宮坂に見つかって有無を言わせず強制連行されてしまうだろう。
せっかく集中しているところを邪魔されたくないので、ずっと我慢してきた。
やっと、やっと描ける。
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