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序章
しおりを挟むその石は、まるで二つの世界を象徴しているかのような色をしていた。
青い石は太陽の光によって浄化され、清純な山の木々に洗われて澄んだ世界の空気のようだった。
そして赤い石は、淀んだ汚水の中に生きる怪魚や、赤紫色に濁った大気の中で育まれた、汚染植物を生み出した世界の空気を連想させる色をしていた。
これらの石は「双子の石」と呼ばれ、人々から口々に語り継がれる伝説の石として有名であった。
それは、空気の清浄な、人間が支配する世界・グリシャフトと、有毒な大気が充満し、人間の生きられない世界・ネルジュブレイと呼ばれる二つの分断された世界に、双子の石がよく似ていたからかもしれない。
そして双子の石は歴史を操っているとの噂もあった。
今は所在不明のこの石たちは、もともと二つともある大きな宗教の総本山に奉納され、封印されていた。
しかも双子の石のことが書かれた文書は教会ではタブー視され、存在すら一部にしか知られていない。
そんなわけで、この二つの石が世界に及ぼす影響について、教会の人間ですら予測不能だったのである。
だから人々の口から漏れる「噂」についても、闇雲に否定できるようなものではない。
そんな双子の石が教会から解き放たれたのは、安定した二大帝国による支配が終わりを告げ、小さな国々がそれぞれに国力を高めようと、侵略戦争が盛んになり始めた乱世の初期であった。
この時代には数々の逸話が残っているが、双子の石が関係したであろうこんな話がある。
たくさんの小国の中に「タラス王国」という国があった。タラスは二つの大きな国に挟まれた小さな国で、領土の面積も小さかった。
ある年、タラス王アルゴンの一人娘ユーデリカ王女が結婚式を挙げ、国内でちょっとした話題になった。
その理由は、この時代の王族としては珍しい恋愛結婚だったからである。
相手はタラス王国の一兵卒であるユリウス・ディオスという青年。
どちらかの国に吸収されると腹をくくったアルゴン王のやけっぱちなのか、それとも何か考えがあったのか、とにかく王女と一兵卒は政略とはおよそ無縁な縁で結ばれたのである。
アルゴンが引退するまでの短い期間二人は仲睦まじく暮らし、そして王となったユリウスの額には、ブリリアントカットの濃いブルーの宝石がはめ込まれたサークレットが光っていた。
一代でタラス王国を築いたアルゴンからユリウスへの唯一の継承品である。
ところが無くなるはずだったタラス王国は、ユリウスが継いでから盛り返してしまったのだ。
まったくの素人だと思われたユリウスだったが、王になってからは外交や内政、戦略など、兵士の時には知られていなかった意外な才能を発揮したのである。
ユリウスは二つの大国のどちらかが内部分裂の兆しを見せた瞬間を逃さず、その隙間にうまく入り込んで国を奪い、時間はかけたが、もう一方の大国も手に入れた。
三百年後の現在、タラス王国はユリウスの功績を讃えて「ディオス王国」と名を変え、栄華を誇る大国となっている。
かつてこの大陸にあった大小様々な国は、ディオス王国がすべて吸収してしまった。
弱小国が大きな国二つをやり込め、大陸まるごと支配に至ったというこの歴史的な出来事は伝説化され、現在まで小説や戯曲などで盛んに語り継がれている。人々にとって、小さなものが大きなものに立ち向かい、勝利するというシチュエーションは、やはり小気味良いのだろう。
ユリウスの直系子孫に当たるフランツ王は、ディオス王国の十四代目。式典や謁見などの際には彼も伝説の「ユリウスの宝冠」を身に付ける。
特に中央に付いた青い宝石は誰もが目を奪われるほど美しく、決して輝きが褪せることはなかった。
この宝石が例の「双子の石」の片割れなのかどうかははっきりしない。
ただ、ユリウスが才能を最大限に発揮できた理由に「双子の石」が絡んでいる可能性はゼロではないのだ。
伝説が彼自身の力なのか、はたまた双子の石の力が働いたからなのか、このあやふやな部分が人々の間で未だに大きな議論となり、時折、ユリウスを神の一人として崇める者と、双子の石の力を強く信じる者との間で衝突が起こることもある。
華やかなユリウス王の伝説も、双子の石のエピソードの一部として切り離すことはできず、彼の活躍に影を落とす。
しかし双子の石の本当の姿を知るごく少数の者たちは知っている。
ユリウス王が生まれるずっと前、アルゴン王の時代に書かれたある文書に記されていることを。
そしてその少数の者たちによって、世界は再び同じ歴史を繰り返そうとしていた。
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