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第五章 母さんの思い出
その5
しおりを挟むまるで嵐の前の静けさだった。
昼食の時間が終わると、校庭には既に緊迫した空気が流れてぐっと静かになっている。そこに、太鼓の音がドンッと一度だけ打ち鳴らされる。
騎馬戦の時間だ。
各クラスの騎馬戦メンバー達は各々の場所に集合して準備を始めている。
一回戦は商業クラス対普通クラスである。
太鼓が打ち鳴らされ、スタート位置から動き出した騎馬の集団は、普通クラスの青色と商業クラスの黄色の鉢巻が織り交ざるように周回する。すると、突然太鼓は激しく打ち鳴らされた。
騎馬戦スタートの合図である。
あちこちで生徒たちの雄叫びが上がっている。
普通クラスのリーダー藤田は、騎馬の上から手で仲間に動きの合図を送る。
「固まって行けよー!! 後ろを取られるな!」
激しく太鼓が打ち鳴らされる中、チアリーダーと応援団の声に生徒たちの叫び声などが相まって、騎馬戦はものすごい熱気と迫力だ。藤田の大声も、仲間にちゃんと伝わっているか既に謎の状態である。そんな藤田も普通クラスの大将を担っている為、あちこちから狙われている。しかしそこは藤田。上手く自分に寄ってくる敵騎馬を仲間の集団へと誘導し、鉢巻を奪っている。
勝利の基準は、敵大将騎から鉢巻を奪った時や、敵騎馬がすべて倒れた場合、または一定時間が過ぎた後に残っている仲間の騎馬の数が多い場合で、数が同じだった場合は一騎打ち戦で勝負をつけるルールとなっている。
藤田は、修を常に隣に付けて上手く彼を動かしていた。自分を囮にして脇から修に敵騎馬の鉢巻を奪わせるのだ。昨日まではそんな戦術を考えてもいなかったのだが、今日の午前中の修の活躍を見てふと思いついたらしい。
藤田の思った通り、修の動きは滑らかで素早い。騎馬を担当しているメンバーとの相性も良さそうである。
「よし、いくぞぉおおお!」
藤田の雄叫びで普通クラスの騎馬たちは一斉に駆ける。既に商業クラスの騎馬の数はスタート時の三分の一以下になっていた。
やがて規定時間がやってくると太鼓の音と共にスターターピストルが鳴って終了を知らせる。
判定で、青色の旗が立つ。結果は普通クラスの勝利だ。
普通クラスの仲間たちは歓喜の叫び声を上げる。チアリーダーたちが抱き合って黄色い声を上げていた。これで点数は工業クラスと同じ二位に浮上だ。
そして次は特別クラス対工業クラスの争いだ。藤田が分析した通り、特別クラスの大将は小林龍之介だ。そして小林の近くに要注意人物の七枝大輝がいる。
七枝はサッカー部にしては比較的地味な外見をしている。黒い髪を短く刈り込んで、黒縁のメガネをしているのだ。
一方工業クラスの大将は予想通り不破孝彦。ラグビー部のレギュラーだけあるムキムキな男だ。 しかし工業クラスは戦略が充分でなかったらしく、龍之介と七枝のペアに不破の鉢巻を奪われ、あっさりと勝敗が付く。
そして……ようやく龍之介にとって運命の時が来た。
藤田はごくりと喉を鳴らす。
決勝戦の特別クラス対普通クラスである。
普通クラスと特別クラスの騎馬が審判を挟んで相対する。
太鼓が打ち鳴らされる前に龍之介は修を指さし、挑戦的に叫んだ。
「いいか高崎! 今の俺はこの間の俺じゃねぇぞ!……俺は絶対負けねぇからなーっ!!」
龍之介のやる気に触発され、特別クラスの騎馬や応援の面々が騒がしく雄叫びを上げる。珍しく修は『争いは嫌い』などとは言わず……。
「小林君! 僕も勝たせてあげるつもりなんてないよ!……望むところだ!! 思い通りにはいかないからな!」
いつも争い事には引け腰の修が大声でそんなことを言う姿に、龍之介を始め、そこにいた修を知る仲間たちがびっくりして彼を見ている。結貴もメルローダも目を丸くして修に注目した。
そう、これはもともと龍之介が裏工作を使って持ち込んだ修への挑戦なのだ。例え龍之介が汚い手を使って修を騎馬戦の舞台に引っ張り出したものであったとしても、この勝負は既に全校生徒周知なのだ。だから龍之介があの場であんなことを言っても誰も驚かない。そして引っ張り出された当の修も、だいぶ前に心の準備はできていた。全力で挑んでくるなら、自分も全力で戦う。自分の為にも龍之介の為にも、そして普通クラス優勝を願う仲間の為にも!
龍之介の時と同じように一瞬の静けさの後、修の気持ちに同調するように普通クラスの仲間たちが雄叫びを上げたり楽器を打ち鳴らしたりしている。
盛り上がりも最高潮だ!
太鼓が激しく鳴り響き、見守るたくさんの生徒たちの歓声の中決勝戦は始まった。
激しい太鼓の音の中、敵も味方も入り乱れ、乱戦状態で既にどちらも指示などできない状態である。
藤田とペアで動いていた修だったが、既に先の商業クラスとの戦いを分析されていたのか、分断作戦のような策に嵌って修と藤田の間隔は開いてしまっている。
しかしこちらもやられてばかりではない。修は龍之介を引き付ける為の大事な囮役を担っている。なるべく特別クラスの赤い鉢巻の集団に囲まれないように常に動き回っていた。
そして藤田の狙いは、龍之介のフォローに回る七枝の騎馬を崩すことだ。七枝は騎馬に足腰の強いメンバーをそろえて俊敏に移動している。そして龍之介がターゲットに決めた騎馬の裏に回り込み、周りにいる騎馬と分断し孤立させ、そこに龍之介の率いる騎馬が複数突っ込む、という戦法だ。
七枝は長身なので、単独で進んでいてもなかなか鉢巻を奪われることはない。七枝狙いで戦略を立てていないと非常に難しい相手なのだ。
藤田は修の騎馬を崩しにかかる龍之介に注目した。修にはこの際自由に動いてもらい、藤田は藤田で仲間の騎馬を複数集め、龍之介のフォローに回ることで七枝が周りへの注意を怠ってしまう瞬間を狙った。
「なーなーえーだぁー!!」
藤田の叫びで七枝が気付いた時には既に遅く、複数の普通クラスの騎馬に囲まれ、七枝の騎馬はあっさりと陥落した。
「くっそ……!」
藤田はガッツポーズしながら地面に尻餅をついた七枝を見下ろし、指をさす。
「高崎ばっかり意識してんなよ! 俺を見くびんな!」
七枝の騎馬が崩れたことで普通クラスの待機席から大きな歓声が上がる。
修はそんな藤田の頑張りに後押しされ、龍之介との対決により一層力を入れる。藤田はこの後も快進撃を続け、修もここからは逃げ回る戦法を止めることにした。
「高崎ー! 小林をやっちまえ!」
七枝がいなくなったとはいえ、特別クラスの騎馬はどれも安定感がある。
修は藤田の動きを見ながら、龍之介がどのように攻めてくるのかを見極めようとする。すると龍之介が突然騎馬を全力疾走させて修に突撃してきた。
「高崎! 正面から勝負しやがれ!」
龍之介がシャウトしている。
藤田は特別クラスの騎馬の妨害に遭い、どうやら修のフォローに来られそうもない。周りには龍之介と自分だけ。
修は覚悟を決めて龍之介の騎馬とぶつかり合った。
お互いの両手ががっちりと組み合い、力比べでもするように押し合う。龍之介が自分の騎馬を倒そうとしているのだと気付いた修は組み合うのを止め、上体を伸ばして龍之介の額にある赤い鉢巻を狙う。龍之介もただやられはしない。上半身を引いて修の手を上手に避ける。
一瞬の気の緩みも許されない数秒が過ぎ、龍之介が修の左側に一瞬だけ視線を送ったことに気付くと、修は何かを感じて前にいる騎馬の生徒の肩に手を置く。
それは……下がれ! という指示だった。
指示を受けてすぐに一歩下がる修の騎馬。するとそのタイミングで修の左脇から赤い鉢巻の騎馬が一騎、修の騎馬がいた場所へタックルする為に突っ込んできたのだった。
もちろん修が下がったことでタックルは失敗に終わり、その勢いはそのまま正面にいる龍之介の騎馬へ向かった。二騎が崩れそうになった瞬間、修と騎馬を担当するメンバーは共通の思いの下、自然と龍之介の騎馬の隣に移動する。
一瞬の出来事だった。
崩れた体勢を立て直そうとする龍之介の頭から、修の手はあっという間にその赤い鉢巻を奪ったのだった。
大将の龍之介から鉢巻を奪ったことで、雌雄は決した。
激しい太鼓の音とスターターピストルの音がして、同時に審判が普通クラスの青旗を掲げると、応援している仲間たちから大きな悲鳴にも似た歓声が上がる。周りにいる騎馬のメンバーたちも狂喜乱舞している。
修は赤い鉢巻を握りしめたまま、ガッツポーズで皆の歓声に答えた。
仲間に手を振る修の体は、汗でキラキラと光っていた。
……こうして、修の高校二年の体育祭は終わった。
結果は普通クラスの逆転優勝。修は見事に普通クラス優勝に貢献したのだった。
もちろん、結貴はその瞬間をしっかりカメラに収めていた。
結貴がその夜、修が食べたパンケーキサンドの思い出と一緒に、記事をより面白いものにしようとさっそく執筆にかかったことは言うまでもない。
続く
*次回予告*
結貴が修からアドバイスを受けたホットケーキのコツ。実は本当にちょっとしたことであった。本当の意味での料理に興味がわいた結貴は新たなレパートリーの習得に挑戦!
そして学期末テストが終わるとあとは夏休みに突入する。
偶然たぬき屋に入り浸っていた龍之介を交え、なぜかメルローダの提案で彼女の別荘に三人で遊びに行くことに。
しかしこれはメルローダの策略であった。
第六章「メルローダの秘策」
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