半熟卵とメリーゴーランド

ゲル純水

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吸殻ティンカーベル

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  家へ帰る。仕事に疲れてはいるが、疲れているからこそバタバタと食事だの風呂だのをすませて、部屋というより睡眠をとることができる書斎に近い自室にはいり書類を始める。その背後で、彼女が部屋を出て階段を降りる音がする。
  リビングが視野にはいるなり、大きな当てつけがましい溜め息がでるが、彼女の才能はそれがあてつけや嫌がらせではなく、素の自分として自然に出てしまうのだった。自分以外の人間のやることは、とことんダメなようだ。彼女のルール通りに運営されていない風景、たとえばカーテンのひだのより具合や、キッチンの水切り桶のなかの箸のみえかたのひとつすら。

  一日の労働の疲れが込み上げてくる。本当ならなんてない日だ。彼女が今日許せなかったリビングの様子は、彼女が部屋から出てこない状態にたいして火の元に用心した大黒柱がした配置だった。ストーブにあえてヤカンをのせない。彼女はそれが許せなかった。お湯が枯渇しているわけでもない。彼女はエネルギーの有効活用と思っているかもしれないが、今日の寒さは燃焼エネルギーを湯沸かしにとられている場合ではない、まだ部屋も暖まってはいなかった。

  一事が万事。

  子供の頃、ひとがため息をつくと、世界のどこかで妖精が死んでしまうのだと、物語で見た。当時は彼女達からもっとわかりやすく暴力と軟禁に苦しみを与えられていたので、そういわれてもため息も涙もでるし、ため息をつかれたくなかったら、連れていってくれよといつもファンタジーの地平線に思いを馳せていた。

  家事手伝いというほどの家事はせず、奴隷扱い虐げられていながら耐えているかのように降るまい、協力を拒み、女主人も真っ青の独裁を放つ毒の女。これが壺毒なのだろうかと思うこともあり、幼い頃からこの未来の風景が見えて恐ろしかった…私のイメージが具現化したとは思いたくない。きっと違うと信じている。こわい、つらい、ため息に殴られる。

  溜め息は叱責、こちらの息がつまり、走る緊張で全身がこわばる。死んだ妖精の正体は、関係性のなかで保とうと必死だった絆、彼女は何をしても失わないと根拠もなく信じていると言うより失う可能性を知らない、人間関係や信頼性…のがれたくてものがれられない繋がりと、失われていく情けと、つらい。なさけなのだ。外の世界を知らない壺のなかの毒虫の彼女にはわからない、私は同じ畑にいた虫としての情けで、彼女が呪縛から解放できたらよいと思っていたのだけど、もうそれを個性や言い訳にしているものは救いようもない。

  壺の毒。毒虫、あるいは獣、人間でも。集めて閉じ込めて潰しあいをさせ、残った最強の者をつかう呪い。生き残る強さと狂気は、恨み辛み妬み怨嗟の頂点にして奈落の底。彼女の被害者の仮面を被った溜め息は、それだけで私達の鼓動を乱す。

じゅっと、空き缶のなかでタバコを潰す。息苦しさは、タバコを慣れない下手なすいかたをしたせい、ということにする。彼女は悪くない、私と同じ畑の虫だもの、と、いいきかせる。同じ畑に様々な虫がいることも、人間からみて益虫と害虫がいることも、気づかないふりをして、情けを捨てたら私がつまらない人間であることの証明のようだから偽善なのでしょう。偽善なのでしょう。見捨てたくない、まだ助けたい、でも私が壊されそう、こわい、つらい、たすけて。
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