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エメラルド、エルドラド、クレッシェンド。
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その日はとても暑かった。
彼女が私を呼び出した理由があまりにも呆れるもので、余計に暑さを感じたのだろう。
「エメラルドとバックドラフト」
「はい?」
「…そうよねぇ、そういう反応よね」
「なんだそりゃ」
「心当たりがない人の反応だなって。ずーっと夢の中でその言葉がぐるぐるしてて、なんだったっけなーって」
「はぁ…なるほど、ですかねぇ」
「もちろんネットとか、今まで見た本とかもチェックしたんだからね?なにも、気になったらすぐ呼びつけてるわけじゃないから」
そこまでモンスターカスタマーじゃないわよ、ワガママなお客様になりたくないわ。と彼女は鼻息をあらげながらミルクティーをのんだ。ミルクティー…いや、たしか頼んだのはレモンティー。
「あ、ごめん」
私のカフェオレのミルクか。彼女のやることだから別にいいのだが、レモンとミルクで固まらないのだろうかという興味で、このあとはついつい視線が飲み物に集中しがちになる。
「言葉がグルグルも、人それぞれですよね。ずっと脳裏にあるとか、放送のように流れてたとか、脳に直接響いてたとか、漫画みたいに文字が本当に出てたとか、看板やらなんやら目にはいる文字が特定のキーワードとか」
「眼医者だらけだ」
「あ、それなんてまさに。同じような看板に囲まれたら一気にコレゾ夢ってかんじですね」
といいながら、私は街が何種類かの大手ドラッグストアーの看板だらけ夢を見たのだった。もうループで、猫も杓子もその数種類のいわばご三家のどれかを掲げている状態だ。そんな夢を見た理由は明確で、前日に整体を受けながらの雑談がまさにそれだったのだ。ある、それなりに古いお店がご三家のひとつに入れ替わり、思えばその辺りの道(というより界)がご三家だらけになっていると。なんなら同じチェーンの支店同士がしのぎをけずるドラッグストアー乱世なのだ。それだけならいいが、待ち合わせや道順の説明に店名をだすと、かえって迷うという有り様。困ったものである。
「私はねー、現実でもあるじゃないひとつの言葉が気になって仕方ないあれ。それを夢の中で体験しちゃって、目が覚めてもついナニソレて気になって仕方ない感じなの」
「それはなかなか、大変ですね。本当に、そういうのすごく気になっちゃいますよ」
気持ちはわかる。呼び出したい気持ちも、さすがに申し訳なくてモーニングをおごる気持ちも、よくわかる。しかし、わかりたくないというか呆れているのは、私が締め切り間際の追い込みをかけていることを誰よりよく知っているのが彼女のはずだということだ。彼女は私のクライアントであり、その原稿は彼女のクライアントが待っているものだ。ということは「自分に付き合わせたのだから、遅れてもいい」という判断を出すことはありえない。話ながらも、鞄のなかの原稿が気になっている。拾ってきた子犬を隠している子供のように、神経が鞄にそそがれている。いや、私の場合はバレてもいいし、むしろ「そうだよね」と解放するか、ここまま原稿執筆に入らせてほしい。いや、このひとは作業を妨げるタイプだろうか、助けになるタイプだろうか、良くも悪くも影響がないほうだったか。そういえば知らないが、とにかく締め切りには余裕をもって仕上げたい。
「そーだ、原稿もってきてる?いっしょにやりましょうよ」
「いいんですか?」
「オーラがヤバイ、それこそ周りに漫画のせりふみたいに文字が出てる感じ。心の声が写植される系王子様」
王子様?誰が?私がか。もうそのあたりをつっこむときりがない。私の原稿は、預かっていた分析のレポートだ。彼女があずけてきた「ある人物のスケッチ、推定夢日記」の解析だった。ヒトの夢を診るのは、内容がハッピーでも自分の行為が悪夢じみていて疲れる。解析中は五感をフル回転させているので、自分も熟睡できずおかしな夢を見る。そのうえ、資料の読みすぎで内容が反映されるので、他人の夢を移植されたような気持ち悪さがあった。
明るく、なにより能力を高く評価して仕事をくれる彼女は、私を活かしながら生きさせる存在。呆れるが見限ることはないし、それはお互いだと信じている。
とはいえ、朝からこのようすだときっと今晩は大変だ。自分の呼吸を見失うことがないように、整えて、整えて、こんなときでも君のことを思い出す。後ろから包み支えてくれる気配の大きさ、いままであった人達からは感じたことのない不思議な温度の流れ。温度をもった幻覚。私のイメージが作り出した幻覚。この気配は幻でも、君は確かに存在する。
「オズかしら、エメラルドの都を目指して、バックトゥザカンザス、隠れた気球からあがる火柱のイリュージョン」
「お好きなんですか?オズの魔法使い」
「あたりまえよ、私のベランダガーデンに、カカシとキコリ置いてるの知らない?」
「あーーー、カカシはお聞きしてました、そうでしたね」
このテンポで、私の原稿は、分析レポートは終わるのだろうか。
【魔女はカボチャの馬車に乗らない③エメラルド、エルドラド、クレッシェンド。】
彼女が私を呼び出した理由があまりにも呆れるもので、余計に暑さを感じたのだろう。
「エメラルドとバックドラフト」
「はい?」
「…そうよねぇ、そういう反応よね」
「なんだそりゃ」
「心当たりがない人の反応だなって。ずーっと夢の中でその言葉がぐるぐるしてて、なんだったっけなーって」
「はぁ…なるほど、ですかねぇ」
「もちろんネットとか、今まで見た本とかもチェックしたんだからね?なにも、気になったらすぐ呼びつけてるわけじゃないから」
そこまでモンスターカスタマーじゃないわよ、ワガママなお客様になりたくないわ。と彼女は鼻息をあらげながらミルクティーをのんだ。ミルクティー…いや、たしか頼んだのはレモンティー。
「あ、ごめん」
私のカフェオレのミルクか。彼女のやることだから別にいいのだが、レモンとミルクで固まらないのだろうかという興味で、このあとはついつい視線が飲み物に集中しがちになる。
「言葉がグルグルも、人それぞれですよね。ずっと脳裏にあるとか、放送のように流れてたとか、脳に直接響いてたとか、漫画みたいに文字が本当に出てたとか、看板やらなんやら目にはいる文字が特定のキーワードとか」
「眼医者だらけだ」
「あ、それなんてまさに。同じような看板に囲まれたら一気にコレゾ夢ってかんじですね」
といいながら、私は街が何種類かの大手ドラッグストアーの看板だらけ夢を見たのだった。もうループで、猫も杓子もその数種類のいわばご三家のどれかを掲げている状態だ。そんな夢を見た理由は明確で、前日に整体を受けながらの雑談がまさにそれだったのだ。ある、それなりに古いお店がご三家のひとつに入れ替わり、思えばその辺りの道(というより界)がご三家だらけになっていると。なんなら同じチェーンの支店同士がしのぎをけずるドラッグストアー乱世なのだ。それだけならいいが、待ち合わせや道順の説明に店名をだすと、かえって迷うという有り様。困ったものである。
「私はねー、現実でもあるじゃないひとつの言葉が気になって仕方ないあれ。それを夢の中で体験しちゃって、目が覚めてもついナニソレて気になって仕方ない感じなの」
「それはなかなか、大変ですね。本当に、そういうのすごく気になっちゃいますよ」
気持ちはわかる。呼び出したい気持ちも、さすがに申し訳なくてモーニングをおごる気持ちも、よくわかる。しかし、わかりたくないというか呆れているのは、私が締め切り間際の追い込みをかけていることを誰よりよく知っているのが彼女のはずだということだ。彼女は私のクライアントであり、その原稿は彼女のクライアントが待っているものだ。ということは「自分に付き合わせたのだから、遅れてもいい」という判断を出すことはありえない。話ながらも、鞄のなかの原稿が気になっている。拾ってきた子犬を隠している子供のように、神経が鞄にそそがれている。いや、私の場合はバレてもいいし、むしろ「そうだよね」と解放するか、ここまま原稿執筆に入らせてほしい。いや、このひとは作業を妨げるタイプだろうか、助けになるタイプだろうか、良くも悪くも影響がないほうだったか。そういえば知らないが、とにかく締め切りには余裕をもって仕上げたい。
「そーだ、原稿もってきてる?いっしょにやりましょうよ」
「いいんですか?」
「オーラがヤバイ、それこそ周りに漫画のせりふみたいに文字が出てる感じ。心の声が写植される系王子様」
王子様?誰が?私がか。もうそのあたりをつっこむときりがない。私の原稿は、預かっていた分析のレポートだ。彼女があずけてきた「ある人物のスケッチ、推定夢日記」の解析だった。ヒトの夢を診るのは、内容がハッピーでも自分の行為が悪夢じみていて疲れる。解析中は五感をフル回転させているので、自分も熟睡できずおかしな夢を見る。そのうえ、資料の読みすぎで内容が反映されるので、他人の夢を移植されたような気持ち悪さがあった。
明るく、なにより能力を高く評価して仕事をくれる彼女は、私を活かしながら生きさせる存在。呆れるが見限ることはないし、それはお互いだと信じている。
とはいえ、朝からこのようすだときっと今晩は大変だ。自分の呼吸を見失うことがないように、整えて、整えて、こんなときでも君のことを思い出す。後ろから包み支えてくれる気配の大きさ、いままであった人達からは感じたことのない不思議な温度の流れ。温度をもった幻覚。私のイメージが作り出した幻覚。この気配は幻でも、君は確かに存在する。
「オズかしら、エメラルドの都を目指して、バックトゥザカンザス、隠れた気球からあがる火柱のイリュージョン」
「お好きなんですか?オズの魔法使い」
「あたりまえよ、私のベランダガーデンに、カカシとキコリ置いてるの知らない?」
「あーーー、カカシはお聞きしてました、そうでしたね」
このテンポで、私の原稿は、分析レポートは終わるのだろうか。
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