半熟卵とメリーゴーランド

かえりみち

  バス停にポロポロとヒトがいる。  
  その、人のならびが一歩変わるだけで、風が代わり、温度が変われば気持ちもかわる。

  たぶんどこかで長が羽ばたいたのだ。

  私が憎まずにすんだ誰かは、人から変な気配を感じずにすんだことで、茹で玉子を上手く剥くことができる。
  剥くのに失敗して卵を無駄にしたことで、激怒して夜中に娘をコンビニに走らせる予定だった誰かは、激怒するどころか運命より五時間早く就寝するので、明日はお化粧のノリが良い。それで一日上機嫌なことは年甲斐もないかもしれないが、そんな一面があるのだなと意外性に好感をもった隣の係の青年が再婚相手になる運命かは、まだわからない。
  コンビニで茹で玉子…ではなく、そのための生卵を買う娘を見かけて性欲をたぎらせる運命だった中年男性は、手にした成年向け雑誌を握りつぶしてしまって不要に支払う運命からも、その苛立ちから帰路下着を盗む展開からものがれたのだった。彼の人生のなかで、刺激のない安全な日が増えることは、郷里で心配をしている老いた親のためには幸福と言えよう。
  そうして、老いた親が心労によりこの世を去る運命がすこし先送りになると、出会わないはずだった人間と出会う可能性が出てくる。少女が迷い混むのが、老いて妻に先立たれた男がテレビの前でサナギとして来世に備えている沈黙の家ではなく、老夫婦が庭先でどちらの育てた野菜が美味しいかを競う風景がまっている。あぁ、彼女が生涯食べられないはずのピーマンのおいしさを知ってしまう。トマトの美味しさをしってしまう。そんな彼女が、給食残し全学年ゼロを何年も続ける栄養士兼調理師になる運命をつかんだ。偏食スレンダーの有名声優になる運命が、無名な地域で神話をつくるのだ。
  おかげさまで、バス停が涼しいのだが、バスにのってきた酔った若者が勢いまかせに早く降りてくれないかと切に思っている。