時代錯誤の劣等生

高崎司

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第1話 時代遅れ

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 剣を振り、槍で突き、弓を打つ。
 そんな時代はとうの昔に終わりを告げていた。
 現在の主流は、日常生活においても欠かせない魔法が主力だった。

 何をするにしても魔法の力に頼り、科学の進歩と共に衰退して行った武芸。
 そんな風に誰もが思っていた。

 そう――その学園に一人の少年が入学するまでは。





「はぁ~。ねむい」

 大きな欠伸をしながら歩いている一人の少年。
 特徴的な黒い髪を肩口まで伸ばし、瞳の色も髪と同じ黒。
 卸したての緑の学生服に身を包み、腰に漆黒の鞘をぶら下げている。
 全身のほとんどを、黒一色で統一しているかのようだった。

 彼が歩く先に見えるのは、堅牢な門に守られた建物。
 その建物の名を『東都王立魔法学園』と言う。
 この日本という国では有名な、武門の名門として知られていた。
 しかし、今や魔法の名門としてその名を轟かせている。
 彼はその事実をまだ知らない。

「そこの君! 新入生かね?」

 門番と思しき青年に声をかけられる。

「はい。今日が入学式だと聞いて、やってきました」
「そうかそうか。ん? その腰に下げているのは、まさか……」

 彼には、どうして青年がそんな顔をするのか、わからなかった。
 青年は汚物を見る様な目で、彼の腰に下がっている鞘を見ている。

「あの~。何か問題でもありますか?」
「いや……君はもしかして、この学園の名を知らない。何て事はないよな?」
「はい。東都王立学園ですよね? あの武芸で有名な」
「それは過去の話だ。もう何十年も前のね。今は、東都王立“魔法”学園だよ」
「えっ!? 魔法!?」

 彼は素っ頓狂な声を上げ、口をあんぐり開けて固まる。
 なぜなら彼は、その事実を知らなかったからだ。

「やはりそうか。君は知らなかったんだね」
「そんな……。俺は武芸を学ぶ為に、ここまで来たのに」
「悪い事は言わない。魔法に自信がないなら、ここで引き返すのも――」
「いや。俺は入学します。ここまで来て、引き返す何て俺にはできません」

 彼は決意の籠った眼差しで、青年を見つめる。
 その瞳の奥には、頑としても引き返さないと、意志の光が宿っていた。

「そうか。わかった。もう止めはしないよ」

 青年はその言葉を最後に、門を開けると自分の仕事に戻って行った。
 彼は開かれた門を潜ると、強烈な光に目を細めた。



 門を潜った先にあったのは、豪華絢爛な装飾を施した城。
 ではなく、至って普通の、コの字型をした白い建物だった。
 彼は近くにいたスーツ姿の中年男性に声をかける。

「すいません。入学式は、どこでやってますか?」
「あ~。それならすぐそこだよ」

 男性が指差したのは、建物の中でも一際高く、そして見るからに体育館という感じの建物だった。
 彼が歩き出そうとした瞬間。

「ちょっと待った。君はもしかして……いや。何でもない。呼び止めて悪かったね」
「はぁ……。教えてくれて、ありがとうございます」

 ぺこりとお辞儀をして、彼はまた歩き出す。

「彼はこの学園に、新たな風を起こすかもしれないね……」

 男性の呟きを聞いた者は、誰もいなかった。



 彼が体育館らしき建物に到着すると、何やら周囲がざわめいている事に気付く。
 様子を見ようと、彼はその中心地へと歩を進めた。

 そこには、男子生徒数人が、一人の少女を包囲しているのが見えた。
 どうやら何かの揉め事らしい。
 らしいと言うのは、確かな情報を持っていないからだ。
 と、男子生徒の怒声がこちらまで聞こえてきた。

「なめんなよ! ここで退学にしてやるよ!」

 男子生徒は頭に血がのぼっているのか、既に臨戦態勢を整えていた。
 対して、少女の方は何をするでもなく、ぼーっと突っ立っている。
 その少女に向かって、今正に火炎球ファイアーボールが飛んで行く所だった。

 火炎球とは、自然属性と呼ばれる六種類の内の一つ、炎を司る魔法の初歩だ。
 初歩と言っても、当たれば人体を焼く事も可能である。

 その火炎球が少女の数センチ前まで迫っている。
 なのに、少女は未だ動く気配すら見せない。
 危険を感じた彼が動く刹那。

防御壁プロテクション

 鈴を転がした様な、凛とした声が響く。
 少女の綺麗な黒いロングヘアーが風に舞う。
 髪に隠されていた少女の顔は、美しかった。
 白磁の様な肌に、澄んだエメラルドの様な、丸く大きな瞳。
 彼は呼吸も忘れ、見入ってしまっていた。

「その程度の魔法で、私を倒せるとでも思ったの?」

 少女の顔とは似つかわしくない、挑発的な言動。
 少女の身体には、何のダメージもないみたいだ。

「調子に乗るなよ。火炎球!」

 今度は、三つからなる炎の塊が少女を襲う。
 魔法とは、個人の力量次第で威力も一度に出せる数も変わる。
 つまり、男子生徒の出せる限界が三つなのだろう。
 男子生徒は肩で息をしながら、ニヤリと笑う。
 その自信に満ちた表情はしかし、数秒後に驚愕へと変わった。

「防御壁」

 またしても、少女の周りを覆う障壁に炎は阻まれてしまった。
 しかし、今度は弾かれた炎の塊が、彼めがけ飛来する。
 少女はしまったと焦りの表情を浮かべる。

「危ない! 避けて!」

 刹那。
 少女と視線が交差する。
 少女の言う通り、炎の塊は彼めがけ真っ直ぐに飛んできた。

 避けるのは不可能と判断した彼は、腰の鞘から疾風の如く剣閃を閃かせる。
 彼が凪いだ瞬間。
 火炎球は真っ二つに割れ、左右に分断されながら、後方の建物へとぶつかる。
 ズガンと地響きを立て、建物の表面を削る。
 しかし、彼自身に傷は一つもなかった。

「な……! 何が起こったの!?」

 少女の驚愕は、その場にいる全員が思っていた事だった。
 誰も彼がやった事に気付いていなかったのだ。
 それは、彼の剣閃があまりにも速かったから。
 誰の目にも視認する事はできず、見ていた者はあっけにとられるしかなかった。

 つかつかとこちらに歩いてくる少女。
 彼の目の前で止まると、興味深そうに全身をくまなくチェックする。

「特に何かがあるってわけでもなさそうね。あなた、今何をしたの?」

 少女の綺麗なエメラルド色をした瞳が、彼の黒曜石の様な瞳を、真っ直ぐに射抜く。

「えーっと。ただ、斬っただけだけど……」
「斬った!? えっ……。もしかして、その剣で?」

 少女の視線は、彼の手にしている漆黒の刀身をした、前時代の産物。
 剣と呼ばれる直剣に注がれていた。
 鞘と同じ色合いのその剣は、何の変哲もない、普通の剣に見える。

「そうだよ。俺には“これ”しかないから……」

 そう言って刀身を優しく撫でる彼の表情は、穏やかだった。

「そう。とても大切にしているのね」

 男子生徒の怒声が、二人の間を裂く様に響く。

「おい! こっちを無視して、いちゃついてるんじゃねえー!」
「なに? まだやるつもり?」
「うっ。今回は勘弁してやるよ」

 気圧された男子生徒は、捨て台詞を残すと去って行った。

「入学早々変なのに絡まれて困るわ。あなた、名前は?」
黒鉄一城くろがねかずき
「私の名前は、青海雫あおみしずくよ」
「君も新入生だよね?」
「そうよ。あなたもでしょ? これからよろしくね」

 ニコッと笑顔で手を差し伸べる雫。
 その手を優しく握り返すと、二人はそのまま建物内に入って行った。
 周りで見物していた他の新入生も、慌てて二人に続く。


 時代錯誤の剣を使い、周囲を驚かせた黒鉄一城。
 類まれなる才能の片鱗を見せた、青海雫。

 この二人の出会いは、後に学園の伝説として語り継がれる事になる。
 しかし今はまだ――誰も知る由はなかった。
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