幸せの大樹

高崎司

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第9話 海へ行こう

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 夏の暑さが厳しい中、今日は先輩達と海へ行くことになっていた。
 榊先輩曰く、牧野先輩と俺が仲直りした記念だと言っていたが、たぶんそれは方便だと思っている。
 榊先輩は見た目通りアクティブな人間なので、単純に自分が遊びたかっただけなのだろう。
 それに巻き込まれる形で、俺と小次郎も呼ばれた……というのが正解だと思う。
 そんな形で思わぬ外出をすることになった俺は、茹だるような暑さの中、駅の前で一人立っていた。
「時間になっても誰も来ないって……まさか日にちを間違えた?」
 十時集合ねといわれてたので、十分前には着いていたのだが、誰もいないとはどういうことだ。
 俺が一人疑心暗鬼になっていると、ようやく先輩達がやってきた。
「ごめんごめん。待った?」
 榊先輩がいつもの調子で言う。
「いえ、時間ぴったりですよ」
「よかったぁ。ごめんね、海斗くん」
 牧野先輩が安堵のため息を吐いた。相変わらず気を使う人だ。
「まだ小次郎が来てないのですが。何か、すいません」
「別に海斗くんが謝ることじゃないよ。もう少し待ってようよ」
 牧野先輩に気を使わせるとは、小次郎には後でお仕置きが必要だな。
 そのまま三人で談笑していると、小次郎がようやく現れた。
「すいませーん! 遅れましたー!」
 元気よく謝罪の言葉を口にしながら駆け寄ってくる。
 駆けてくる小次郎の脳天めがけ、手刀を振り下ろした。
「いってぇー! 悪かったって!」
「謝るのは俺じゃないだろ」
「っと、そうだな。先輩方、すいませんでした」
 そう言って小次郎が頭を下げる。
「いいって、いいって。集まったことだし、出発しよう!」
 榊先輩が音頭を取り、皆で駅の改札をくぐる。
 それほど待たずやってきた電車に乗り込み、空いていた席に座る。
 海へは20分程度で着くらしく、他愛無い話をしていたらあっという間に時間が過ぎていった。

 * * *

 潮の香りと打ち寄せる波の音が心地良い。夏休みということもあり、海はたくさんの人で賑わっていた。
 ひとまず砂地にレジャーシートを広げ、休憩場所を確保する。
 パラソルを開いて紫外線対策も忘れずに。
「それじゃあ着替えたらここに集合ね~」
 先輩達と別れ、俺達は更衣室へと足を運んだ。
 ロッカーに荷物を入れ着替えていると、横から小次郎が話しかけてきた。
「なぁ。先輩達どんな水着かな?」
「知らん。興味もない」
「またそうやって。むっつりはよくないぞ?」
「本当に興味ないんだよ。今日だって仕方なく付いてきたんだから」
「そのわりには、牧野先輩と楽しそうに話してたよな?」
 したり顔で言われ、電車での一幕を思い出す。
 隣に座る牧野先輩は、何が楽しいのか笑顔で話しかけてくれ、俺も釣られて笑顔になっていた……気がする。
 回想を終えた俺は沈黙で返し、先に更衣室を後にした。
 休憩場所に戻るとまだ先輩達の姿はなく、一人でボーっと海を眺めて時間をつぶす。
「なーに黄昏てるのかな。お兄さん一人?」
 ナンパまがいの台詞に視線を向けると榊先輩が一人で立っていた。
「先輩一人ですか? 牧野先輩は?」
「気になるのかな~? うりうり~」
 首に腕を絡め、じゃれついてくる榊先輩。
 横っ腹に薄地を通して胸が当たっている。ほぼ下着越しと変わらない、いやそれよりもダイレクトな感触に思わず身をよじる。
「止めてくださいよ榊先輩。勘違いされますよ?」
 海辺にいる人達、主に男達がチラチラとこちらを覗っていた。
 榊先輩も十二分に綺麗な人だし、スタイルだって抜群だ。
 視線を集めてしまっても、それは仕方のないことだった。
「ぶー。私とじゃ嫌なの~」
 そう言って首を絞める腕に力を加えてくる。
 むにゅっと胸の圧力が増し、思わずビクっと身体が震えた。
「あれ~。もしかして……気づいてたのかな~?」
 したり顔で笑う先輩の腕をほどき立ち上がる。
「いいかげんにしてください。俺は玩具じゃないんですよ」
「ごめんね。怒らないで~」
「別に怒ってませんよ。まったく」
 俺が無駄な疲労感にげんなりしていると。
「お待たせー」
 牧野先輩と小次郎が連れ立って戻ってきた。
「あれ? 何かあったの?」
「別に何もありませんよ。ねっ、榊先輩?」
「うんうん。まったく、待ちくたびれたよー」
 うん? と首を捻り納得いかない顔をしている牧野先輩。
 変なところで鋭いよな。普段は鈍感なくせに……と、ちょっと失礼なことを思った。
「よし! 揃った所で、さっそく泳ぎましょう!」
 榊先輩が着ていたワイシャツをバサっと脱ぎ捨てる。
 ワイシャツの下から現れた黒一色のビキニ。
 脱いだ反動でぷるんと大きな胸が揺れ、思わず視線をそらした。
「おお~! 榊先輩さすがっす!」
 小次郎が歓声をあげる。欲望に正直なやつめ。
「ふふっ。鳴沢君はどう? 似合ってるかな?」
 榊先輩もスタイルはいいのだが、サバサバした性格のおかげか、そこまで女の子として意識していない。さすがに揺れる胸を見ていると、健全な男としてクルものはあるが。
「似合ってますよ。素敵だと思います」
「もう~。さらっと言っちゃう辺り、本当にそう思ってるのかなー」
「思ってますよ。榊先輩はとても魅力的な女の子です」
「ありがと。それじゃあ、次は結衣の番ね!」
「ハードル上げないでよ、恥ずかしいなぁ」
 牧野先輩が恥ずかしそうにパーカーを脱いだ。
 陽の光を反射するかのような白い肌に、榊先輩より少しおとなしめの胸。
 それでも一般的に見れば充分大きい部類に入ると思われる。
 きゅっとクビれたウエストの下に、可愛らしいお尻。
 牧野先輩が着ていたのは清純そうな白色のビキニだった。
「さすが結衣ねー。やっぱり敵わないわぁ」
「もう~。澪だって可愛いじゃない」
「二人とも最高っす!!」
 小次郎がテンション高く褒めちぎる。そんな中、俺は牧野先輩を直視できずにいた。
「鳴沢君は結衣の水着どう思う?」
 榊先輩が余計なことを聞いてきた。声に反応して牧野先輩を見ると目が合ってしまう。
 これでは逃げ道がないじゃないか。俺は一呼吸置くと、素直な感想を口にした。
「似合ってると思いますよ」
「えー? それだけ?」
「他に何て言えばいいんですか。先に行ってますね」
「あっ、待ってよー」
 他のメンバーを残し一人で海へ向かう。後ろから牧野先輩がてくてくと追いかけてきた。
「海斗くん。あのね、今日はビーチバレーやろうって言ってたの。だから一緒にやろ?」
「…………」
 海へ行こうとしていた身体を反転させ、恥ずかしさのあまり無言で引き返す。
「海に入りたかったの? あとで一緒に入ろうよ。ねっ?」
「仕方ないですね。先輩に付き合ってあげますよ」
「えー、海斗くん素直じゃなーい。可愛くないんだから」
「俺は男ですから、可愛くなくて結構です。」
「もぅ~。あとで一緒に海に入る! 約束だよ?」
「わかりました」
 牧野先輩と約束を交わし、ビーチバレーの準備をする。
 準備と言ってもコートはあるので、チーム分けをするだけなのだが。
「じゃあいくよ。じゃんけーん、ポンッ!」
 榊先輩の掛け声でじゃんけんをする。結果は────
「海斗くん、頑張ろうね!」
 俺は牧野先輩と同じチームになった。
 そして始まるビーチバレー対決。
「いっくよー! それっ!」
 榊先輩がサーブを打つ。意外と勢いのあるサーブがこちらのコートに飛んできた。
「牧野先輩。俺が受けるので、トスください!」
「了解!」
 牧野先輩にすばやく指示を出し落下地点へと動く。
 飛んできたボールを牧野先輩に向かって打ちあげ、牧野先輩がこちらへトスで返してくれる。
 完璧に返ってきたボールをアタックし、相手コートへと叩きつけた。ボールは誰にも触れることなく砂浜へと着弾する。
「やったー! 海斗くん、すごーい!」
 喜ぶ牧野先輩とハイタッチを交わす。パンと小気味いい音が鳴った。
「鳴沢君すごーい! こっちも負けてられないね!」
「あれで意外と運動神経いいですからね、あいつ」
 白熱した戦いは一進一退の攻防を極めた。お互いの実力が拮抗していたので楽しめたと思う。
 最終的には俺と牧野先輩チームが勝利を収め、一旦休憩することになった。
「俺、適当に飲み物買ってきますね」
「待って。私も一緒に行くよ」
 牧野先輩と連れ立って自販機へと向かう。
「さっき試合してる時、海斗くん澪の胸見てたでしょ?」
 むーっと頬を膨らませ、鋭い視線を送ってくる牧野先輩。
「それは、一応俺も男だから否定はしませんよ」
 否定した所でこの先輩には見抜かれるだろう。だからあえて正直に言ってみた。すると、牧野先輩はさらに頬を膨らませ、無言で俺の腕を抓ってきた。
「痛いですよ先輩」
「ふんっ。海斗くん、やらしー」
 それきり無言で先を歩いて行ってしまう。
「待ってくださいよ先輩」
「やーだー。待たないー」
 子供のようになってしまった先輩に追いつくと、そっと肩に上着をかける。
「海斗くん?」
 不思議そうにこちらを見上げる牧野先輩。先輩は気づいてないかもしれないが、チラチラと視線を集めていた。
 これだけの美人が水着で歩いていれば仕方のないことだ。理解はしているのだが、無遠慮な視線に俺が耐えられなかっただけの話。
「体……冷やしたら風邪ひきますよ」
 最もな理由をつけ、誤魔化そうとする。
「ありがとう。やっぱり海斗くんは優しいね」
 牧野先輩が全てを見透かしような笑顔で言った。
 牧野先輩にはいつまで経っても敵わないな。俺は心の中で白旗を上げるのだった。

 俺達が砂浜に戻ると、小次郎が浮き輪を借りて来ていた。
「さっき海の家で借りてきたんだよ! いいだろ!」
「子供じゃないんだから、浮き輪何ていらないだろ」
「何言ってんだよ。浮き輪に乗ってゆらゆら海を漂うのがいいんじゃん!」
「私浮き輪使いたい! いいかな?」
「どうぞ牧野先輩。ほら見ろ、借りて来て正解だったろ」
「牧野先輩が子供なだけだよ」
「それはひどいよー。いいもん、海斗くんには貸してあげないから」
 唇を尖らせ拗ねた先輩が、浮き輪を手に海へと入って行く。
「海斗~。牧野先輩に嫌われてどうすんだよ。せっかく仲直りできたのに」
「先輩だって本気で怒ってる訳じゃないだろ。大丈夫だよ」
「鳴沢君も結衣の事がわかってきたね。いい感じ、いい感じ」
「何がいい感じなのか分かりませんが、榊先輩は海入らなくていいんですか?」
「私は疲れたから、ちょっと休憩。私の事は気にしないで、二人とも遊んできていいよ」
 休憩する榊先輩に一声かけ、俺達は海へ向かう。
「海斗くーん! こっち、こっちー!」
 牧野先輩が海に揺られながら、嬉しそうに手を振っている。
 その牧野先輩の背後、そこそこ大きな波が押し寄せて来ていた。
 牧野先輩は気付いておらず、さかんに手を振り続けている。
「牧野先輩! うしろ!」
 俺が声を張り上げ呼びかけても、一向に気付く気配がない。
 そして──牧野先輩は無情にも波にさらわれてしまう。
「きゃあぁぁああーーーーー!」
 牧野先輩の悲鳴が辺り一帯に木霊する。
 浮き輪ごとひっくり返ってしまい、先輩の姿が見えなくなってしまった。
「牧野先輩! 大丈夫ですか!?」
 俺は急いで先輩が居た場所へと泳いで行く。必死に探していると、不意に背中から抱き締められた。思わぬ展開に緊張してしまい、体が強張る。
「せ、牧野先輩?」
 恐る恐る話かけると、先輩も緊張しているのか震えた声が返ってきた。
「ごご、ごめんね。ちょっと事情があって……」
「事情……ですか。えっと、どうしたんですか?」
「あのね、その、水着がね……。水着のブラが……、とれちゃったの……」
「は、はぁ……。って、大問題じゃないですか!?」
 思わずスルーしそうになってしまったが、水着が流されては歩くこともままならない。
 問題は背中に伝わる柔らかな感触。水着のブラがないということは、いま当たっているこの感触は……。
 生乳だよな。まずい……、意識したら鼻の奥が熱くなってきた気がする。
「ごめんね~。海斗くん、探すの手伝ってくれる?」
「それはもちろん。あの牧野先輩、ちょっとだけ手の力を弛めてもらえますか?」
 力強く抱き付かれているせいで、背中で胸がむにゅむにゅと形を変えている。
 そろそろ精神的に限界だった。
「苦しかった? ごめんね。あの、誰にも見られたくなくて、ついつい力が入っちゃったの」
「言わんとすることは理解できるので大丈夫ですよ。ただ、非常に言いにくいんですが、胸が当たってまして……」
「えっ? 胸って……いちいち言わなくていいのぉ!」
 先輩が大声をあげる。
 一瞬背中から胸の感触が離れるが、またすぐに戻ってきてしまった。
「ご、ごめんね。でも離れたら、その……見えちゃうから」
 何が? とは聞かなかった。間違いなく藪蛇だ。
「いえ、大丈夫です。その、気にしませんから」
「それはそれで、ちょっと傷つくかも」
 とりあえず背中に感じる柔らかい物体は無視して、先輩の水着を探す。
 先輩が背中にくっ付いているので探しにくかったが、程なくして無事に水着を見つける事ができた。
「こっち見ちゃだめだよ!」
 先輩が水着を付け終えるまでドキドキしながら待っていると、再び波が押し寄せてきた。
 俺は急いで先輩の前に立ち、波が当たらないように庇う。
 アクシデントを未然に防ぎ安堵の溜息を吐くと、背中に何かが触れた。
「牧野先輩?」
「庇ってくれてありがとう。ちょっと、かっこよかったよ」
「いえ……」
 予想外の台詞に赤面してしまい、ぶっきらぼうに返してしまう。
 二人して砂浜に戻ると、様子を見ていた先輩と小次郎にからかわれるのだった。

 夕方まで遊び倒し、疲れた体を引きずって帰る道すがら。
 小次郎が嬉しそうに言った。
「今日は楽しかったなー! また先輩達と遊びに行けるかな?」
「先輩達だってそんな暇じゃないだろ」
「海斗はいいよなー。牧野先輩に後ろから抱き付かれてたの見てたぞ」
「あれは……。不慮の事故だよ。説明しただろ?」
「それでも、羨ましいものは羨ましいの!」
「お前は気楽で羨ましいよ」
「海斗が考えすぎなんじゃないの?」
「……かもな」
 小次郎の言う通りかもしれない。牧野先輩は違うと分かっているのに、一歩引いてしまうのは悪いことだ。
 そうわかっていても、心のどこかで、もしもの可能性を考えてしまう。
「もっとさ。気楽でいいと思うよ」
 小次郎が優しい顔で見つめてくる。ひんやりとした夜風が頬を撫で、心が少し軽くなった気がした。
「小次郎のくせに、生意気な」
「なんだよー。人がせっかく……」
 ぶつぶつ文句を垂れる小次郎と談笑しながら帰宅した。
 帰宅してすぐベッドへ倒れ込むと、自然と瞼が閉じていく。
 今日は夢を見そうな、そんな気がした。
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