捨てられた元聖女ですが、なぜか蘇生聖術【リザレクション】が使えます ~婚約破棄のち追放のち力を奪われ『愚醜王』に嫁がされましたが幸せです~

鏑木カヅキ

文字の大きさ
上 下
30 / 33

30 微笑ましい作戦

しおりを挟む
 翌日。
 そこはロンダリア城間近の廃屋。
 前王の時代には修道院として使われていたが、聖神教団がロンダリアから撤退した後、放棄された家屋だ。
 シリカとヴィルヘルム、衛兵二人にアリーナとクラウスの六人が、思い思いに修道院内部を見渡した。
 両開きの扉を通ると左右に幾つかの長椅子があり、正面奥には神父の説教台が置かれているのみ。
 聖神教団の象徴たる聖神の絵画などの装飾はなくなっている。
 恐らく、放棄の際に教団員たちが回収したのだろう。
 聖ファルムスの大聖堂に比べると何ともお粗末な内観だった。
 シリカが興味深そうに視線を巡らせる中、ヴィルヘルムがいつも通りの鉄面皮のまま口を開いた。

「手入れはされていない。補修と清掃が必要だが、治癒場として使えそうか?」
「ええ! 問題ありません。治癒には寝台があればいいので」

 むしろこれだけの広さがあれば十分だ。
 シリカさえいればどこでも治癒は可能なのだから。

「そうか。では今後はこの修道院を【治癒院】と定め、国民に治癒を行う。アリーナと衛兵二人を従者とするがよい。他にも手伝いの志願者を募ろう」
「それはとてもありがたいのですが、私に何人もつけると大変なのでは……?」
「むしろ少ないくらいだ。先の一件もある。それに新生ロンダリア皇国において、そなたの存在は非常に大きい。そなたには自身の立場を理解してほしい」

 ヴィルヘルムは真剣な顔でシリカの肩を優しく掴んだ。
 包容力と力強さ、それに温かな気持ちがその手から伝わってくるようだった。
 以前の彼では考えられないほど真っすぐな想いだった。
 戸惑いながらもシリカは、心の底に混みあがる喜びを噛みしめていた。
 ロンダリアへ来て、初めてのことばかりだった。
 悲しみや寂しさや心苦しさ、自分の矮小さを感じ、苦しかった時もあった。
 けれど今は、その時間があったからか、小さな喜びでも幸福感を得ることができた。

 ヴィルヘルムは不思議な男性だった。
 冷たいのに優しく、真っすぐなのに歪で、自信がないのに頑固。
 相反する要素がすべて詰まったような男性だった。
 でも今は、少しだけ彼のことがわかった気がする。

(か、肩に陛下の手が……)

 何度も不意に彼に触れたことはあった。
 だがこんなに明確に意識したのは初めてだった。
 彼の触れている箇所だけが熱を帯びているように感じさえした。
 この熱を放したくない。
 そんな思いが、無意識の内に出てしまったのだろう。
 シリカは思わず、肩に乗っているヴィルヘルムの手に触れた。
 だがすぐに我に返ってしまう。
 思わず手を引くシリカだったが、ヴィルヘルムも同様の行動をとった。

「し、失礼いたしました」
「い、いや……気にするな」

 触れた途端に離れてしまう。
 衝動的に手を引いた二人。
 そんな二人の様子を微笑ましく見守るアリーナは、何度も満足そうに頷いた。
 そしてよく状況を理解していない衛兵の若者二人。
 ある意味では混とんとした空間だったが、漂う空気は温かだった。

「と、とにかく必要なことは従者に。何か問題があれば余に言うがよい。気兼ねせず……何時でも良い。余は執務室にいる」
「あ、ありがとうございます。何かあれば……いえ」

 言葉の途中で思い返したように、シリカは頭を振った。
 小さく手をきゅっと握り、唇を引き絞る。

(言うの、言うのよシリカ!)

 言わねば伝わらないと言ったのは自分だ。
 そして今日、自分は攻めに転じると決めていたのだ。
 頬を朱色に染め、何かを逡巡したのち、絞り出すようにシリカは言った。

「……な、何かなくとも、お伺いしてもよろしいでしょうか」

 懇願とも言える口調だった。
 窺うようにヴィルヘルムを見上げるその仕草は、ともすれば可愛い子ぶっているとも見える。
 アリーナが嬉しそうに腰の横でグッと拳を握った。
 どうやらアリーナが吹き込んだことらしい。
 ヴィルヘルムは思わず頭を抱えた。

「へ、陛下? いかがなさいましたか?」

 視線を逸らすヴィルヘルムの顔は僅かに赤く染まっていた。
 だが夫の感情の機微をシリカは察することはできない。
 おろおろとしながら、ヴィルヘルムに近づくのみだった。

「……な、なんでもない。き、急な執務がない時ならば、いつでも歓迎しよう」

 シリカはパアッと笑顔を咲かせる。
 あまりにわかりやすい反応に、そこにいる誰もが笑顔を浮かべた。
 ただしヴィルヘルムだけは非常に小さな笑みだったが。

「では、余は執務に戻る…………また後で」
「ええ! また後で!」

 外で待っていた他の衛兵たちと共に立ち去るヴィルヘルムの後ろ姿を、シリカは恋する乙女のように見つめていた。
 ぽーっとしてしまうも、数秒後に我に返る。
 不意にアリーナと目があった。
 アリーナはほくほく顔で満面の笑みを浮かべていた。
 対してシリカは切羽詰まったような顔をしている。

「わ、私、変じゃなかったですか?」
「いいえ! まったくもって問題なく! とても円滑に陛下と会話できていたと思います!」
「そ、そうでしょうか……け、けれどやはりお手に触れるなんていささか過ぎた行為だったのではないかと……ほぼ無意識でしたが」
「まったく問題ないですよ! 陛下の反応は上々でしたから! 自信をお持ちになってください! なんていうかとってもご馳走様……いえ、いい感じでしたよ、ええ! シリカ様は自然体で、いつも通り、心の赴くままに従うのが陛下に一番効きます!!」
「そ、そう? よくわからないけれど」
「ええ! 間違いなく!」

 大きく何度も頷くアリーナを見て、シリカは少しだけ平静を取り戻した。
 シリカもうんうんと頷きながら、両手を握る。
 以前とは違い、ヴィルヘルムは心を開いているような気がする。
 少しずつ距離が縮まっているし、この機を逃さず仲良くなろうと、シリカは決意していた。
 ヴィルヘルムの看護や、ロンダリア国に関しての話題、それに聖皇后としての仕事など、最近は常に一緒にいる。

 以前は嫌われているんじゃないかと思い緊張していたが、最近では嫌われてはいないらしい、と思うようになり、今度は別の緊張感が襲ってきていた。
 その理由がシリカにはまだよくわかっていなかった。
 だが、ヴィルヘルムとの仲を深めたいという思いは日に日に大きくなっていった。
 妻なのだから当然のこと。
 だが、その根底にある感情が何なのかシリカはまだ自覚していなかった。
 まあ、傍から見ればまるわかりなのだが。

「と、とにかく作業を始めましょう。まずは清掃をしましょうか。それと治癒台を幾つか用意して――」

 シリカは大聖堂での治癒場を思い出す。
 あれは聖女の儀式的な側面もあり、機能的には不便な部分が多かった。
 もっと国民……いや、治癒を求める世界中の人たちが憩えるようなそんな場にしたい。
 シリカの心は熱く、そして優しく燃えていた。
 今日から、また聖女として働くことができるのだから。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

偽聖女の汚名を着せられ婚約破棄された元聖女ですが、『結界魔法』がことのほか便利なので魔獣の森でもふもふスローライフ始めます!

南田 此仁
恋愛
「システィーナ、今この場をもっておまえとの婚約を破棄する!」  パーティー会場で高らかに上がった声は、数瞬前まで婚約者だった王太子のもの。  王太子は続けて言う。  システィーナの妹こそが本物の聖女であり、システィーナは聖女を騙った罪人であると。  突然婚約者と聖女の肩書きを失ったシスティーナは、国外追放を言い渡されて故郷をも失うこととなった。  馬車も従者もなく、ただ一人自分を信じてついてきてくれた護衛騎士のダーナンとともに馬に乗って城を出る。  目指すは西の隣国。  八日間の旅を経て、国境の門を出た。しかし国外に出てもなお、見届け人たちは後をついてくる。  魔獣の森を迂回しようと進路を変えた瞬間。ついに彼らは剣を手に、こちらへと向かってきた。 「まずいな、このままじゃ追いつかれる……!」  多勢に無勢。  窮地のシスティーナは叫ぶ。 「魔獣の森に入って! 私の考えが正しければ、たぶん大丈夫だから!」 ■この三連休で完結します。14000文字程度の短編です。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

前世の記憶を持つ守護聖女は婚約破棄されました。

さざれ石みだれ
恋愛
「カテリーナ。お前との婚約を破棄する!」 王子殿下に婚約破棄を突きつけられたのは、伯爵家次女、薄幸のカテリーナ。 前世で伝説の聖女であった彼女は、王都に対する闇の軍団の攻撃を防いでいた。 侵入しようとする悪霊は、聖女の力によって浄化されているのだ。 王国にとってなくてはならない存在のカテリーナであったが、とある理由で正体を明かすことができない。 政略的に決められた結婚にも納得し、静かに守護の祈りを捧げる日々を送っていたのだ。 ところが、王子殿下は婚約破棄したその場で巷で聖女と噂される女性、シャイナを侍らせ婚約を宣言する。 カテリーナは婚約者にふさわしくなく、本物の聖女であるシャイナが正に王家の正室として適格だと口にしたのだ。

【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」

まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。 【本日付けで神を辞めることにした】 フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。 国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。 人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 アルファポリスに先行投稿しています。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!

【完結】追放された元聖女は、冒険者として自由に生活します!

蜜柑
ファンタジー
レイラは生まれた時から強力な魔力を持っていたため、キアーラ王国の大神殿で大司教に聖女として育てられ、毎日祈りを捧げてきた。大司教は国政を乗っ取ろうと王太子とレイラの婚約を決めたが、王子は身元不明のレイラとは結婚できないと婚約破棄し、彼女を国外追放してしまう。 ――え、もうお肉も食べていいの? 白じゃない服着てもいいの? 追放される道中、偶然出会った冒険者――剣士ステファンと狼男のライガに同行することになったレイラは、冒険者ギルドに登録し、冒険者になる。もともと神殿での不自由な生活に飽き飽きしていたレイラは美味しいものを食べたり、可愛い服を着たり、冒険者として仕事をしたりと、外での自由な生活を楽しむ。 その一方、魔物が出るようになったキアーラでは大司教がレイラの回収を画策し、レイラの出自をめぐる真実がだんだんと明らかになる。 ※序盤1話が短めです(1000字弱) ※複数視点多めです。 ※小説家になろうにも掲載しています。 ※表紙イラストはレイラを月塚彩様に描いてもらいました。

処理中です...