捨てられた元聖女ですが、なぜか蘇生聖術【リザレクション】が使えます ~婚約破棄のち追放のち力を奪われ『愚醜王』に嫁がされましたが幸せです~

鏑木カヅキ

文字の大きさ
上 下
14 / 33

14 必要ない

しおりを挟む
「――必要ない」

 それは見事な否定であった。
 そこに思慮深さなど微塵もなくただの拒絶しかなかった。
 あまりに予想しなかった答えにシリカの表情は固まる。

(お、落ち着くのよシリカ。考えてみればいきなり王妃になった私が、公務や執務ができるとは思わないわよね、うん。気が逸ってしまったわ)

 気を取り直して再び口を開いた。

「で、では王妃としての振る舞い、礼儀作法、王家の歴史などの勉学に励むことをお許しいただきたいのですが」
「必要ない」

 またしても即答である。
 一考の余地なしと、ヴィルヘルムは言っていた。
 先ほどまでの思慮深く、理知的な男はどこへ行ってしまったのか。
 一体何ごとなのかと、シリカは動揺を隠せない。
 実務を許されないのはわかる。その技術も知識も経験もないのだから。
 だが勉学に励むことさえ許されないのは一体どういうことなのか。

「な、なぜでしょう?」
「必要ない、そう申し伝えたはずだ」
「そ、それは、ええ。アリーナから聞きましたが」
「ならばこの話は終わりだ」
「わ、私は元聖女で無知な部分もありますが、ですが国や陛下に尽くしたいと思っています!」
「そなたは十分聖女として尽くしてきただろう」
「そ、それはそうかもしれませんが、今はそのような話をしているわけでは」
「この話に先はない。これ以上話す必要はない」

 意固地である。
 まるで耳を塞ぐ子供のようだった。
 建設的とは言えない問答が繰り返されている。

「な、何か理由がおありなのですか? でしたらお聞かせください」
「……ない」
「ないのならばお許しいただけるはずです!」

 ヴィルヘルムは何も言わない。
 シリカはそんなヴィルヘルムを見つめた。
 今までは真っすぐに見ていたヴィルヘルムが、不意に視線を逸らした。
 それは拒絶のように見えた。

「王妃としての公務や勉学はそなたには必要ない。それ以外ならば自由にしてよい」

 怒りはない。そんなものを持つ権利など自分にはない。
 悔しさもない。そんなものを持てるほど努力も継続もしていない。
 けれど悲しさはあった。巨大な壁が目の前に立ちふさがっていると気づいたから。
 当たり前のことだったのだ。

 元聖女である自分を受けいれてくれたのは責任感によるもの。
 それは同情や憐憫のような感情にも等しい。
 親愛も信頼の欠片さえあるはずもない。
 それらを築き上げようとする姿勢も、そこにはなかった。
 落胆を表に出さないように必死だった。
 笑顔を保てず、しかしヴィルヘルムを責めるような姿勢は見せないようにした。
 そもそもがヴィルヘルムを責める権利など、自分にはないのだから。

「……わかりました。ではそのように」

 僅かに俯きながら、平静を保ちつつ、シリカは執務室を出た。
 廊下を歩き、シリカは大きく息を吐く。

「うん、これくらいは当たり前よね! これからこれから!」

 言葉にしてシリカは自分を励ます。
 しかしすぐに黒い想像が脳裏をよぎった。
 陛下は、どうやら女として自分を見ていない。
 仮に容姿を気に入ったとしたらもう少しアプローチがあるはずだ。でもそれはまったくない。
 それに王妃としての働きにも期待していない。
 かごの中の鳥と同様に何もせず餌を与えるも、学ばせず、働かせるつもりもない。
 むしろ鳥の方が愛でられる分、幾分か良い方だろう。

 信頼もない、期待もない、だから何もしないことを望む。
 そして親密になる気もないし、興味もない。
 食事中は距離を保ち、会話もしない。話しかけても必要最低限。
 陛下と自分を結んでいるのは、聖神教団の圧力による強制的な婚姻と同情心のみ。
 それ以外には何もなかったのだ。
 そんなことを考えると無性に情けなくなり、そしておまえは無価値だと言われているように感じてしまった。

 長年尽くした結果、裏切られ、そして今は同情されている。
 惨めだ。
 たった一人だ。
 誰もいない。
 自分を見てくれる人も、必要としてくれる人も。
 いない。
 いないが。

「でも関係ない!」

 そう、関係ない。

「私はこの国に、陛下に尽くすって決めたんだもの!」

 一度裏切られたくらいでなんだというのか。

「頑張るって決意したんだもの!」

 努力することを誰が止められるというのか。

「みんなを元気に、そして幸せにする! 私はそのためにここにいるんだもの!」

 流された結果だとしても、そんなものはどうでもいい。
 大事なのは今、自分がどう思っているか、そして何を望むのか。
 人の笑顔が、幸せだと言っている顔が好きだ。
 だから助けたい、救いたい、頑張りたい。
 そう思って聖女として必死に努力してきた。
 それはここでも変わらない。
 ロンダリアの国民は今、幸福ではない。
 陛下も同じ。とても幸せそうには見えない。
 先ほどの一件もきっと理由があるのだろう。
 だったらその理由を覆すほど頑張ればいい。
 条件付きで自由にしていいと言われたのだから。

 挫けてなんていられない。
 挫けてなんてやるものか。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

偽聖女の汚名を着せられ婚約破棄された元聖女ですが、『結界魔法』がことのほか便利なので魔獣の森でもふもふスローライフ始めます!

南田 此仁
恋愛
「システィーナ、今この場をもっておまえとの婚約を破棄する!」  パーティー会場で高らかに上がった声は、数瞬前まで婚約者だった王太子のもの。  王太子は続けて言う。  システィーナの妹こそが本物の聖女であり、システィーナは聖女を騙った罪人であると。  突然婚約者と聖女の肩書きを失ったシスティーナは、国外追放を言い渡されて故郷をも失うこととなった。  馬車も従者もなく、ただ一人自分を信じてついてきてくれた護衛騎士のダーナンとともに馬に乗って城を出る。  目指すは西の隣国。  八日間の旅を経て、国境の門を出た。しかし国外に出てもなお、見届け人たちは後をついてくる。  魔獣の森を迂回しようと進路を変えた瞬間。ついに彼らは剣を手に、こちらへと向かってきた。 「まずいな、このままじゃ追いつかれる……!」  多勢に無勢。  窮地のシスティーナは叫ぶ。 「魔獣の森に入って! 私の考えが正しければ、たぶん大丈夫だから!」 ■この三連休で完結します。14000文字程度の短編です。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

前世の記憶を持つ守護聖女は婚約破棄されました。

さざれ石みだれ
恋愛
「カテリーナ。お前との婚約を破棄する!」 王子殿下に婚約破棄を突きつけられたのは、伯爵家次女、薄幸のカテリーナ。 前世で伝説の聖女であった彼女は、王都に対する闇の軍団の攻撃を防いでいた。 侵入しようとする悪霊は、聖女の力によって浄化されているのだ。 王国にとってなくてはならない存在のカテリーナであったが、とある理由で正体を明かすことができない。 政略的に決められた結婚にも納得し、静かに守護の祈りを捧げる日々を送っていたのだ。 ところが、王子殿下は婚約破棄したその場で巷で聖女と噂される女性、シャイナを侍らせ婚約を宣言する。 カテリーナは婚約者にふさわしくなく、本物の聖女であるシャイナが正に王家の正室として適格だと口にしたのだ。

【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」

まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。 【本日付けで神を辞めることにした】 フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。 国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。 人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 アルファポリスに先行投稿しています。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!

【完結】追放された元聖女は、冒険者として自由に生活します!

蜜柑
ファンタジー
レイラは生まれた時から強力な魔力を持っていたため、キアーラ王国の大神殿で大司教に聖女として育てられ、毎日祈りを捧げてきた。大司教は国政を乗っ取ろうと王太子とレイラの婚約を決めたが、王子は身元不明のレイラとは結婚できないと婚約破棄し、彼女を国外追放してしまう。 ――え、もうお肉も食べていいの? 白じゃない服着てもいいの? 追放される道中、偶然出会った冒険者――剣士ステファンと狼男のライガに同行することになったレイラは、冒険者ギルドに登録し、冒険者になる。もともと神殿での不自由な生活に飽き飽きしていたレイラは美味しいものを食べたり、可愛い服を着たり、冒険者として仕事をしたりと、外での自由な生活を楽しむ。 その一方、魔物が出るようになったキアーラでは大司教がレイラの回収を画策し、レイラの出自をめぐる真実がだんだんと明らかになる。 ※序盤1話が短めです(1000字弱) ※複数視点多めです。 ※小説家になろうにも掲載しています。 ※表紙イラストはレイラを月塚彩様に描いてもらいました。

処理中です...