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主人公たる所以

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「は?」

 俺は素っ頓狂な声を出してしまう。
 間違いなく、モーフィアスの巨大な斧が上空へと弾かれている。
 モーフィアスはバランスを崩し、膝をついた。
 俺は唖然としてカーマインに視線を移す。
 剣を振り切ったあとの体勢だった。
 つまり間違いない。
 彼女がパリィしたのだ。
 あり得ない。
 あの状況、あの表情、あのタイミングで、どうしてパリィができた?
 彼女はローリングしていただけだ。
 ローリングを終えた瞬間、モーフィアスの方を見たと思ったら、一瞬でパリィしていた。
 あり得ない。

 彼女にはモーフィアスの動きは見えなかったはずだし、むしろ【ローリングしながらパリィの予備動作をしていた】。
 あの一瞬ですべてを判断し、的確に、即座に剣を振り払ったというのか?
 そんなことが可能なのか?
 もしかして俺はカーマインの実力を見誤っていたのか?

「な、なんでパリィできたの?」

 カーマインが驚きのあまり目を白黒させている。
 自覚がない?
 では彼女の無意識化における天才的な体捌きだったとか?
 いや、それだったら前に俺がパリィして庇う必要はなかったはずだ。
 あの時、確実にカーマインは対応できていなかった。
 俺が助けなければ真っ二つになっていただろう。
 では、なぜパリィができた?
 あの一瞬で流れるように動けたんだ?
 あの時、何が起きた?
 そう思った瞬間、俺の中に小さな疑念と閃きが生まれた。

 ……まさか。
 おいおい、嘘だろ。
 俺は自分の考えに戦々恐々とした。
 ここは現実でありながら、カオスソードのゲーム世界。
 つまり、俺にとっての現実と虚構の狭間でもある。
 ゆえに、そんなことが可能だったっていうのか?
 俺とカーマインは同様のあまり狼狽していた。
 そのせいで、モーフィアスが体勢を整えていたことに気づかない。
 先にモーフィアスが斧を振るったことに気づいたのは俺だった。
 カーマインはまだ気づいていない。

 まずい!
 今度こそ死ぬぞ!
 カーマインはようやく顔を上げるも、明らかに対処できる状況じゃない。
 斧がカーマインの眼前に迫る前。
 脳裏に先ほどの考えがちらつく。
 そして半ば、反射的に叫んだ。

「ローリング!」

 カーマインは俺の言葉を聞いた瞬間。
 いや、違う。
 【俺が言葉を発し終えた瞬間】に、ローリングした。
 あり得ない速度だった。
 声を聞き、咄嗟に動いたにしてもあまりに早すぎる反応。
 だがカーマインはそれを成し遂げた。
 ローリングにより、斧はカーマインの身体をすり抜ける。
 カーマインはローリングし終えると、はっとした顔を見せた。

「ま、また身体が勝手に!?」

 戸惑っている。
 自分の手を見下ろしながら、疑問符を浮かべていた。
 何が起こっているのか、俺だけが理解している。
 これは【音声認識】だ。
 俺の声を認識し、カーマインが動いている。
 つまり俺の声でカーマインを操作しているということ。
 声で反応するゲームというものはいくつも存在する。
 それを現実でやることになるとは。
 恐らくカーマインは主人公であり、人格があるが、操作キャラでもあるのではないか?
 そしてプレイヤーである俺が転生したため、操作キャラであるカーマインを【音声認識】で操作できたのではないか?
 そうでなければあの反応は異常だ。
 おいおいおいおい、マジかよ。
 俺自身がゲームの世界にいるのに、主人公を操作することもできるって。
 いや、これは【できる】んじゃない、【やれ】と言われているようだ。
 カーマインは俺が操作しなければ死んでいた。
 つまり、俺がいる前提で彼女は存在しているのではないか?
 俺自身が戦い、動き、この世界で生きながら、そして主人公であるカーマインも操作し、導き、助けなければならないってことか?
 そんなの手と足で二つのパッドを操作して、2PCを動かすようなものだ。
 主人公は半分NPCだというおまけつき。
 しかも死にゲーでだ。
 こんなの難易度が高すぎる。
 制作陣は頭がおかしい。
 最高じゃないか!!
 攻略情報が新たに追加された。
 カーマインを音声認識で操作し、奴を倒すんだ!

   ●〇●〇

「バックステップ、右避け、しゃがめ、ローリング!」

 俺はカーマインに指示を飛ばしつつ、モーフィアスの猛攻をすべて回避していた。
 常にカーマインの位置を確認し、相手の動きを見てから自分も動きつつ、カーマインに指示を出す。
 これを咄嗟にやる必要がある。
 モーフィアスは序盤の最難関と呼ばれるボスで、めちゃくちゃ強い。
 動きも緩急があり避けにくい。
 しかも当たれば致命傷か即死。
 そんな相手に対して俺は高度なテクニックを要求されている。

 楽しい。
 最高に楽しい!
 半ば一撃死モードで、ありながらこちらの武器は少ない状態。
 それが楽しくて仕方がなかった。

 俺は笑った。
 口角が自然に上がった。
 徐々に削られるスタミナ。
 死がすぐそこに迫る緊張感。
 俺はそれらすべてを享受した。

「な、何が起こってるの!?」
「落ち着け! 俺の指示を聞けばいいだけだ! 君は俺に身を委ねてくれ!」
「み、身を!? う、うー! ……わ、わかった!」

 俺はモーフィアスと直接対峙し、カーマインは俺の後ろでモーフィアスの攻撃を避けることに徹している。
 俺の攻撃はすぐに再生されてしまっており、モーフィアスの身体に傷一つない。
 この状態が続けば俺たちはやられる。
 だが俺もカーマインも状況に慣れてきた。
 やるしかない。

「前に出ろ!」

 カーマインが前に出ると共に俺は後ろへ下がった。
 前衛後衛が入れ替わる。
 こうすれば俺は高みの見物ができるようになる。
 カーマインを上手く操ればモーフィアスを倒すことはできるだろう。
 そう思っていたのだが。

「しゃがめ! バックステップ!」
「うっ! くっ!」

 カーマインの動きが思った以上に緩慢だった。
 俺が指示を出し、即座に動き始めるも、俺の理想には程遠い俊敏さだったのだ。
 反応は早い。しかし動作の動き自体が遅いのだ。
 装備が重すぎて、ローリングが遅い現象に近い。
 一つ一つの動作の遅さを考えると、相手に攻撃を加える隙がほとんどない。
 いや、唯一可能なモーションはある。
 そこを狙えば。
 と、思った瞬間、モーフィアスが大きく斧を振りかぶった。
 チャンスだ!

「袈裟斬り!」

 俺の指示を受け、カーマインは剣を斜めに振り下ろす。
 あまりに稚拙で遅い動きだが、大きな隙を晒したモーフィアスは防御することができない。
 ザシュッとモーフィアスの足に剣が裂傷を生み出す。
 浅い。だが確実に入った!
 その瞬間、モーフィアスが斧を僅かに後ろに動かした。予備動作だ。

「ローリング!」

 カーマインは俺の指示に従い、即座にローリングした。
 その瞬間、モーフィアスは斧を一気に振り下ろす。
 ローリング中のカーマインに直撃するも、無敵状態のためダメージはなかった。
 ぐるりと回り、態勢を整えたカーマインは肩で息をしている。
 スタミナが結構持っていかれたらしい。
 命のやり取りをしているのだ。
 例え俺の指示で身体が動いているとしても、肉体を動かしているのはカーマインなのだから当然だ。
 彼女の体力は大幅に失われているのだろう。

「……ぬ?」

 モーフィアスが自分の足を見下ろした。
 そこには【治らない傷が残っている】。

「何ゆえ……治らぬ? 穢れの浄化により我が身は不死となる。この程度の浅傷(あさで)がなぜ……まさか、貴様……選択者か!?」

 モーフィアスが突如声を張り上げ、目を大きく見開いた。
 驚愕と共に憎悪をほとばしらせる。
 当然だ。
 無敵とも思える災厄の魔物が持つ唯一の弱点。
 それがカーマイン、選択者の存在だからだ。
 世界が選びし者であり、選べし者。
 因果の歪みをもたらす者。
 彼女だけが災厄を倒すことができる。

「ゆえにこの場への顕現。この戦いは必然であったと。ぬかったわ。殺すべきは貴様であったか!」
「え? な、なんのこと?」
「謀るか! ならば死ね!」

 ぐぐぐっと斧を大きく後ろに持っていくモーフィアス。
 完全な臨戦態勢だった。
 カーマインはこの時点で自分の運命も、自分が何者かも知らない。
 狼狽えて当然だが、彼女にはモーフィアスを倒してもらわなくては困る。
 俺には倒せない。ただのクソモブである俺には。
 カーマインがつけた傷は一向に治る気配がない。
 ゲームと同じ仕様であることは俺にとって大きな収穫だった。
 だが状況は最悪だった。
 カーマインは明らかに疲弊している。
 彼女は新人冒険者で実戦経験も乏しく、身体を見ても鍛え足りていない。
 体力もなく、筋力もなく、覚悟もない。
 そんな状態でこんな戦いをすれば、長くは持たないことは明白だった。
 彼女が今ここに立てている理由はただ一つ。
 勇気。それだけだ。

 高みの見物をしつつ、音声認識でカーマインを操作すればいいと高を括っていたが。
 どうやらそれは難しいようだ。
 この戦い、長引けばこちらが負ける。
 それにただ攻撃をしても大したダメージは与えられない。
 モーフィアスを倒す前に、カーマインが限界を迎えるだろう。
 カーマインはこの時点で技巧も魔術も持たない。
 彼女が持つ最大の攻撃は会心の一撃だ。
 つまりモーフィアスの攻撃をパリィして、バランスを崩させないといけない。
 カーマインにパリィをさせるのはリスクが高すぎる。
 彼女が死ねば人類は滅ぶ。
 当然、この村も、俺も、ロゼもエミリアさんも、オリヴィアさんも、村人も、世界中の人たちも、全員が殺されるだろう。
 そんな未来は認められない。
 カーマインを危険に晒すのは最後の手段だ。
 だったら手段は一つ。
 俺とカーマインで再び協力するしかない!

「横移動!」

 俺の指示が飛ぶと、カーマインが跳ねるように横へ移動した。
 同時に俺は前に走り出す。
 最初の陣形は俺が前で、カーマインが後ろだった。
 だが今度は隣り合って位置している。
 この立ち位置、我ながらかなり危険だ。
 モーフィアスの攻撃をほぼ同時に受けるが、俺とカーマインで攻撃を受ける時間が僅かにズレる。
 左からの攻撃であれば、俺の左にいるカーマインが最初に攻撃を受け、次に俺が攻撃を受ける形になる。
 つまり同時にローリングすれば、避けるタイミングが合わずに俺が攻撃を食らってしまう。
 逆のパターンならカーマインが攻撃を食らってしまうというわけだ。
 その微妙なズレを咄嗟に把握し、カーマインに指示を出し、自分も動くのだ。
 難易度が高いってレベルじゃない。
 こんなのは神業だ。
 だがやるしかない。
 他に手がない。
 そして考える時間は、斧を振りかぶるモーフィアスによって0にされた。
 ぶるっと身体震えた。
 俺は再び笑っていた。
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