【本編完結】溺愛してくる敵国兵士から逃げたのに、数年後、××になった彼に捕まりそうです

萌於カク

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レルシュ邸にて③※

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 マリアを寝かしつけて、マリウスと寝室で二人になったときにも、エミーユはまだマリウスへの腹立ちを抱えていた。
 なので、マリウスがベッドに入ってきてエミーユの背中を抱えてきたときには、その手を振り払ってしまった。

「いやっ……」

 背後でマリウスが驚いている気配を感じる。そののち、「エミーユ……」と早速、鼻声が聞こえてきた。

「エ、エミ……、俺なんかした……?」
「マリウスなんか、……きらいっ」

 エミーユは何とかごまかさなければ、と思ったのに、口から出たのはそんな憎まれ口だった。

「ど、どうして……?!」

 いつもはマリウスを甘やかしてくれるだけのエミーユが、どうしてそんなひどい言葉をぶつけてくるのか、マリウスにはわからなかった。マリウスからは困り果てた声が聞こえてきた。

「エ、エミ、おれ、わるいことした?」
「わ、わかんない……! ちがう、マリウスは悪くない。悪いのは……」

(わたしだっ……。だって、私はこんな地味ななりをしているし。もともとマリウスを助けたせいで恩を感じられているだけで、本当はマリウスには釣り合うような人間じゃない……)

 もちろん、釣り合うとか釣り合わないとかではなく、二人は愛し合っているし、一緒にいて互いに幸せを感じているのはわかっている。だから、卑下することなどないのに。

「何かあった………?」
「マリウスなんか、嫌い………っ、マリウスのばかっ………」
「エ、エミ……」
「きらい……! もう大っ嫌い……!」

 エミーユは反転して、マリウスの胸に顔を押し付けてなじった。
 いつもは大人しく、ときにつんと澄ましているようにも見えるエミーユがこんな風に怒るのは珍しかった。怒っているよりも拗ねているようにも見える。

「お、おれ、何かやらかした……?」

 自分の胸に顔をうずめて詰ってくるエミーユを不謹慎にもどうしようもなく可愛く感じ始めていた。
 きらい、と言われているのに、エミーユが可愛いくてたまらない。

「マリウスは、ユリアさんと仲良くすればいいんだっ……」
「ええっ? ユリア?」
「マリウスの、ばかっ……、きらいだっ……。世界一美人で可愛くて格好良い人と仲良くすればいいんだっ……」
「あ……、エ、エミーユ……?!」

 マリウスにはすぐにエミーユがユリアに嫉妬しているのだとわかった。
 同時に、これは自分が悪かった、悪すぎた、と猛反省する。
 美人で可愛くて格好良い人、などと言ってしまった。自分の伴侶が誰かを評してそんな風に言えば、それも世界一なんてつければ、怒りたくなるに決まっている。
 だが、マリウスにも理由はあった。それは、マリウス自身がユリアに抱いている印象ではない。マリウスにとって、ユリアには親近感はあるがそれだけだ。人柄は信頼しているが、実際、ユリアが美人かどうかなどわからない。
 ただ、うるさいのだ、リージュ公が。
 リージュ公は酒に強くて滅多に酔わないが、酔えば、「くそう、あの人、今ごろ他の誰かのものになったりしてねえよな。いや、なってるよなあ、あの人は世界一美人で可愛くて格好良いんだからよ、畜生……!」と、ものすごくうるさいのだ。あの人とは言わずもがな、ユリアだ。
 素面のときには「ゴリラ」呼ばわりするのにもかかわらず。
 その刷り込みがマリウスにはあった。
 かろうじてゴリラは口に出すことはとめられたが、それに気を取られてしまい、リージュ公の本音の方の言葉をそのままなぞってしまった。
 しかし、そんなのは弁明にもならない。

「俺にとって世界一美人で可愛いのはエミーユだ!」

 今だって、こんなに可愛い。
 マリウスはエミーユのあごを取って顔をあげさせた。しかし、エミーユはまだ目を伏せている。
 三回繰り返した。

「エミーユは世界一美人で可愛い! 世界一可愛い人だ!」

 それでもまだエミーユはむくれている。そんな顔も可愛くて、マリウスはぐっとくる。

「エミーユは世界一可愛くて格好良い!」

 エミーユがやっとマリウスを見る。半ば言わせたくせに、エミーユは真っ赤になって睨んでいる。
 エミーユには、可愛い、よりも、格好良い、のほうが効くらしい。
 マリウスは、もう三回繰り返す。

「エミーユは世界一格好良い人だ! 世界一格好良い人だ! 世界一格好良い人だ!」

 言葉一つでエミーユの機嫌が直るならお安い御用だ。それにマリウスにとってはエミーユはすべての肯定的な形容において、世界一だ。
 世界一格好良く、世界一可愛くて、世界一きれいで素敵で良い匂いがして……。

「マリウス、どうして、笑ってるの……?」

 エミーユが唇を突き出して言う。
 マリウスには嫉妬されたことがこそばゆいのだ。

「だって、エミーユが嫉妬してくれたのなんて始めてだ」

 そう言われてやっとエミーユも心のとげとげが嫉妬だと気づいた。マリウスは常に大っぴらに恥じることもなくエミーユ一筋だったから嫉妬する隙などどこにもなかった。だからこそ、他の人を褒めたくらいで嫉妬を煽られたのだ。
 エミーユはプイを顔を背けた。

「嫉妬なんかしてない。もう、きらい、マリウスなんかきらい………」
「お、俺は好き、エミーユが世界一好き。好きだ、好きだから」
「…………うん」
「もうユリアは招待しないし、ユリアには一生会わない」

 一生会わない、だなんて、エミーユはそんなことは求めてはいない。
 そして、ひし、とエミーユを抱きしめてくるマリウスの声を聞きながら、自分が嫉妬を全開にしていたことをようやく受け入れることのできたエミーユは、マリウスの思惑に気づいた。

「もしかして、ユリアさんとリージュ公の仲を取り持とうとしてるの?」
「このままだと、あいつ、いつか刺されちまう」
「………そっか」
「あいつはどうでもいいとして、刺す人が気の毒だ。人生を棒に振っちまう」
「………そっか」

 リージュ公の荒淫はもしかしたらユリアへの執着の裏返しなのかもしれない。マリウスにはそう感じるところでもあるのだろう。そして、自分が幸せを得た今、内心ではリージュ公にも幸せになってもらいたいのだ。本人には自覚なくてもそう思っているに違いない。
 そんな風に考えるエミーユの尻を、寝衣の裾から入ったマリウスの手がさわさわと撫でている。もはや慣れ過ぎている感触にエミーユはとがめもしない。
 エミーユは申し訳なさそうな顔をして、マリウスを見上げた。

「マリウス、私が狭量だった。つまらない嫉妬をしてごめん……」
「エ、エミ……! ううん、エミーユの可愛いところが見られて、俺は嬉しい」
「マリウスは、すぐに私の不安を読み取って理解してくれる。そして不安を遠ざけてくれる。いつも私も子どもたちもあなたに守られている。格好良いのはあなただ。あなたこそ世界一格好良い人だ!」
「エミーユ………!」

 見ればマリウスは真っ赤になっている。寝室のほの暗い灯りの下でも、リンゴになったのがわかった。
 そう言えばエミーユも「可愛い」とは言ってきたものの、「格好良い」とは言ってこなかった気がする。
 エミーユにもやっとマリウスが「格好良い」と言われたほうが嬉しそうなことに気づき、リップサービスに励むことにした。

「マリウス……、マリウスは格好良くて、立派だ。格好良い、マリウス……!」
「エ、エミ……!」

 さきほどから手だけ独立した生き物のように、マリウスはエミーユをなぶっている。エミーユの方は既に準備が整っていた。
 自然と唇が重なる。

「ん……、むぅ………」

 マリアのベッドも主寝室に入れているのもあって、エミーユは声を抑え気味だ。だが、それは余計にマリウスを煽る。
 マリウスはエミーユを堪能するようにゆっくりと挿し込んだ。エミーユの体は柔らかくマリウスを包み込んでくる。

「んぁ……マリウス……」

 最近、とみにエミーユの肌は艶を増してマリウスに絡みついてくるようになった。しっとりと湿った肌からは匂い立つような色香が漂っている。心身ともに健康でその生命が花開いているのを存分に感じ取る。
 エミーユの中はマリウスを誘うようにうごめいている。きゅうと締め付けられる。
 マリウスは動くのをやめた。
 エミーユを起こして、つながったまま膝の上に乗せる。より深くつながり、エミーユは甘やかな喘ぎ声をあげながら喉を晒した。

「ああぅっ……」

 エミーユの背中を撫でると、背中までも感じるようになっているのか、「んんっ」と腰を揺り動かした。中がこすれてマリウスは刺激を受ける。
 目の前の色づいた二つの突起をいじれば、そこからピュッと白い液体が飛び出した。

「わ………、ミルクが……」

 マリウスは声を上げた。エミーユの乳頭は大きく色づいており、いやらしい。そこからとろとろと白い液体がこぼれているのは、とてつもなく欲情を煽るものだった。
 生殖能力の高い妖人として、存分にその輝きを増しているのだ。

「エミーユ、すごくえっちだ……」

 マリウスは、自分の手のひらについた白いミルクを舐めた。そして、ミルクの出る先端に唇を寄せる。
 エミーユは恐ろしいほどにマリウスを引き付けるフェロモンに満ちている。本能がそれに誘われる。
 もっと、もっと、この人を孕ませたい、そんな欲に満ちる。

「あっ……ふっ……、胸は、だめ……」

 エミーユは一瞬、目に正気を宿らせる。そこへマリウスがすかさず下から突き上げた。

「……あっ………」

 もう一度、エミーユは快楽の波へと連れていかれる。
 マリウスにエミーユへのたまらない愛おしさにいたわりが込み上げてきた。
 マリウスはエミーユの胸にこぼれる液体に、チュ、と口付けた。

「あっ…………やぁ……」

 エミーユは身をよじりながらも、一方で、その手をマリウスの頭に差し入れてかきまぜている。

「エミーユ、すごい。すごいしめつけだよ。ううっ………」
「あ…………、だめ………」

 エミーユはそう言いながらも自ら腰を揺り動かしてマリウスを追い詰めていった。
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