【本編完結】溺愛してくる敵国兵士から逃げたのに、数年後、××になった彼に捕まりそうです

萌於カク

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レルシュ邸にて②

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 ちょうどそのころ、レルシュ家は王宮からほど近い邸宅へと住居を移していた。元公爵邸だったそこは庭付きで、もちろんエミーユの資力で買えるものではなく、マリウスの用意したものだった。
 最初は気が乗らなかったエミーユだが、涙を浮かべて「エミーユ、お願い」と言われてしまえば、折れるしかない。
 主夫として一家を支えてくれている可愛いマリウスに頼まれればエミーユだって断れない。しかも、家族の安全を思ってのことなのだ。
 町家住まいでは護衛兵士たちにも何かと苦労を掛けているだろう。いつまでも町家に住むわけにもいかないのも事実だった。
 引っ越しのおかげでいろいろと改善された部分も多かったが、特によかったのは、客を招くのにも体裁が整うようになったことだった。
 町家での近隣住人のみならず、宮廷人まで招くことができるようになった。
 それに、にぎやかになった。雇い入れた住み込みの使用人一家に、下宿することになった楽団員に、もう三人ほどみなしごを引き受けて、レルシュ家は大家族になった。
 ある日、マリウスがエミーユに訊いてきた。

「ユリアを招待しても良い? ユリアはリージュ公の奥さんだった人なんだ」
「もちろんいいよ。どんな人なの?」
「ノルラント人で、リージュ公の家庭教師だったんだ」

 エミーユはマリウスと再会して、その生い立ちを徐々に知るようになった。
 マリウスは母親が幼いときに亡くなって以降、父とも父の後妻ともそりが合わなかったために、公爵邸の離れに住む父の愛妾と異母兄のもとに入り浸っていたらしい。
 マリウスにとってもリージュ公の母親は慕わしい存在だったであろうことは、彼女を語るマリウスの顔つきが示していた。
 迂闊なほどに他人の言葉を素直に受け止めるマリウスは、意外にも複雑な家庭環境で育ったようだが、4つ上のリージュ公とその母親とに可愛がられて育ってきたのであろうことは想像に易かった。
 リージュ公とユリアとはおそらく内縁であろう。当時、身分差の激しかったグレンで、使用人たる家庭教師と嫡出ではないとはいえ公爵家の息子が正式に結婚できるとも思えない。
 離れに入り浸りのマリウスはユリアとも馴染みなのだろう。ユリアを語るマリウスの顔には懐かしみがこもっていた。

「子どもはくる?」

 二人の話を耳にした子どもたちから質問が上がった。

「うん、二人いるよ。男の子と女の子の双子だよ。ケヴィンと同い年だよ」

 子どもたちは、それを聞いて歓声を上げた。

「双子?」
「そっくりなの?」 
「どんな子?」
「かわいい?」
「かっこういい?」

 子どもたちの問いにマリウスは首を傾げた。

「俺も、小さいときしか会ってないからなあ、すごい赤毛だったとしか」
「マリウスに似てるんだね? じゃあ、カッコいい?」

 エミーユはその会話を耳にしながら、子どもらはマリウスをちゃんと格好良いと認識しているらしいことを感じ取り、ほほ笑ましくなる。
 子どもたちがお絵かき道具を持って、テーブルについた。

「じゃあ、絵を描こう。お母さんと男の子と女の子の絵」
「そうだね、プレゼント、しよう!」

 子どもらはめいめいに絵を描き始めた。

「お母さんのユリアさんはどんな人?」
「ユリアは……」
「きれい? 髪の色は?」
「ユリアはブロンドで、それで、ゴリ……、世界一美人で可愛くて格好良い、かな……?」

 マリウスは首を捻りながら、少し悩んだあげくそう答えた。
 エミーユはマリウスを思わず見た。
 マリウスはエミーユにしょっちゅう、きれいだの可愛いいだの言うが、他の誰かの外見を評したことはなかった。

(マリウスには美人かどうかがわかるのか?)

 獣人は特別に鼻が利くがその分視覚的受容が鈍い。視力というより認識力が弱いところがある。マリウスにはとりわけその傾向が強い。
 だから、マリウスには美醜の判断などできないと思っていた。すなわち美的感覚がゼロなのだと。
 しかし、そうではなく、ちゃんと美醜の判断をしているようだ。
 エミーユは驚きすぎて、ティーカップを落としてしまった。テーブルにぶつかって、床に落ちたカップは、ガシャンと割れた。

「エミーユ、大丈夫?」

 マリウスはすぐに来て、心配げに声をかけてくるも、エミーユは立ち上がり、「手が滑っただけ」とそっけなく言って、マリウスの顔を見ずにカップの欠片を拾い集めようとした。母親のヘレナがほうきとちりとりを持ってやってきたので、あとはまかせて、ぐずり始めたマリアのもとへ向かう。

「エミーユ、俺が抱っこするよ」

 手を出そうとするマリウスにエミーユは思わず背中を向けた。

「ううん、いい。マリアにミルクをあげてくるね」

 エミーユはそう言うと、廊下に出た。マリウスがついてくる。

「じゃあ俺も行く」
「だめだ……っ」

 思わず強い口調になったのをごまかして、「あ、えと、いろいろと曲のこととか、考えたいから。ひとりになりたいんだ」とごまかす。

 エミーユは何か言いたげなマリウスを置き去りにして廊下に出た。
 寝室に入るとエミーユはマリアをあやしながら、自分が心にとげとげしものを抱いているのに気づいた。
 マリウスへの腹立ちが次第に大きくなってくるも、どうして腹を立てているのかはわからない。
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