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星空の草原で見つけた大切なもの【完結】
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マリウスは下っ端として、レルシュ家に馴染んだ。
エルラント語が見違えて上手になってきた。
ヘレナともうまくいっているし、リベルともとても仲良くなった。
風が窓ガラスを叩けば、マリウスは怖がる顔で、エミーユを見る。
するとソファでくつろいでいるエミーユよりも先に、床でお絵かきをしているリベルが、マリウスのもとにとことこと駆け付ける。そして、マリウスの膝によじ登る。
「まりうしゅ、かぜ、こわいね。りべる、てを、つないであげる」
リベルはどうやら新入りの面倒を見てやらねば、と、マリウスのことを気にかけてやっているらしい。
「リベル、ありがとう……。リベル、すき!」
「りべるもまりうしゅ、しゅき。えみーゆもばぁばもしゅき」
「おれも、リベルも、エミーユも、ばぁばもすき」
すると、ヘレナが針仕事を止めて、コホンと咳を鳴らす。
「私はリベルのばぁばですけど、あなたのばぁばになったつもりはありませんけど?」
しまった!と背中をちぢこめるマリウスに続けて言う。
「もちろん、ばぁばも、リベルもエミーユもマリウスさんも好きですよ」
するとリベルはあどけない目を、エミーユにも向ける。
「えみーゆは? えみーゆもしゅき?」
「私も、リベルも、お母さんも、マリウスのことも好きだよ」
「みんなしゅきだね!」
リベルは顔をパッと輝かせるが、その横でくたっと眉尻をさげて目には涙をにじませて、抱えきれない幸福にあえいでいるのがマリウスだ。
「べ、べびーびゅ、びべぶ、ばぁば……」
そんなマリウスの頭をリベルがよしよしと撫でて、ますます、マリウスは涙をどぼどぼと垂らす。
◇
マリウスとエミーユの結婚式は王都の教会でささやかに行われた。
マリウスが結婚式の衣装として引っ張り出してきたのは、草原の小屋でエミーユがマリウスの軍服を作り直したものだった。
「え、それを着るの?」
「うん」
ハレの日に少々みすぼらしいが、本人が着たいというのだから、エミーユは横やりを入れなかった。
18歳のときよりも体格の良くなったマリウスにはかなりきつく、脇を出して何とか着ることができたが肩はパンパンだった。
その横に立つエミーユは真っ白い上下だ。どこかが決定的に違うのだが、マリウスには何が違うのかわからない。
振り向いて後姿を見たときにその違いがわかって、あっ、と声を上げた。
いつもはうなじで髪を一つまとめにしているが、その日は編み込んで結い上げている。
おそらく、ヘレナがやったのだろう。ヘレナが作っていた髪飾りもついている。
地味なエミーユの印象は、その髪型で、とても可憐に感じられた。なのに、自分の証がついたそのうなじは、とてつもなくみだらに見えて、マリウスは落ち着かなかった。
「エ、エミーユ、俺、なんだか落ち着かない。緊張する。エミーユが、き、きれいで」
「マリウス、大丈夫だよ」
エミーユが言いかけるも、二人の間に入ってきたリベルが、マリウスとエミーユの手をぎゅっと握ってきた。
「まりうしゅ、しっかりしなしゃい。りべるが、ついててあげるから!」
「リベル……! おれ、がんばる……!」
三人で手を繋いでハレの日の主役となる。
異母兄として参加したリージュ公はことさら「リベルの目も髪も、マリウスそっくりの色だねえ」というも、マリウスには何のことやらピンとこなかった。マリウスはまだリベルが自分の子だと気づいていない。
血のつながりがあろうがなかろうが、身を犠牲にしてでも子どもを守ってくれる人なのだから、エミーユはあえて教えなくてもいいかと思って黙っている。
あるときエミーユは、リージュ公の言ったマリウスの「ただ一人の人」が、自分だったことに気づいた。
それならば、やはり、小屋でマリウスを置いてきたことは正解だったのだろう。
あの日の別れが大陸に平和をもたらし、今日につながっているのだから。
エミーユは、草原を思い出す。雨のあとの草の匂い、草を鳴らす風、ときおり鳴くヤギの声。
しんとした星の夜、ひとりぼっちでバイオリンを弾いていた。
ひときわ静かな夜、目の前に現れた甘えん坊の泣き虫。
ひとりぼっちの夜はもう遠く―――。
(終わり)
エルラント語が見違えて上手になってきた。
ヘレナともうまくいっているし、リベルともとても仲良くなった。
風が窓ガラスを叩けば、マリウスは怖がる顔で、エミーユを見る。
するとソファでくつろいでいるエミーユよりも先に、床でお絵かきをしているリベルが、マリウスのもとにとことこと駆け付ける。そして、マリウスの膝によじ登る。
「まりうしゅ、かぜ、こわいね。りべる、てを、つないであげる」
リベルはどうやら新入りの面倒を見てやらねば、と、マリウスのことを気にかけてやっているらしい。
「リベル、ありがとう……。リベル、すき!」
「りべるもまりうしゅ、しゅき。えみーゆもばぁばもしゅき」
「おれも、リベルも、エミーユも、ばぁばもすき」
すると、ヘレナが針仕事を止めて、コホンと咳を鳴らす。
「私はリベルのばぁばですけど、あなたのばぁばになったつもりはありませんけど?」
しまった!と背中をちぢこめるマリウスに続けて言う。
「もちろん、ばぁばも、リベルもエミーユもマリウスさんも好きですよ」
するとリベルはあどけない目を、エミーユにも向ける。
「えみーゆは? えみーゆもしゅき?」
「私も、リベルも、お母さんも、マリウスのことも好きだよ」
「みんなしゅきだね!」
リベルは顔をパッと輝かせるが、その横でくたっと眉尻をさげて目には涙をにじませて、抱えきれない幸福にあえいでいるのがマリウスだ。
「べ、べびーびゅ、びべぶ、ばぁば……」
そんなマリウスの頭をリベルがよしよしと撫でて、ますます、マリウスは涙をどぼどぼと垂らす。
◇
マリウスとエミーユの結婚式は王都の教会でささやかに行われた。
マリウスが結婚式の衣装として引っ張り出してきたのは、草原の小屋でエミーユがマリウスの軍服を作り直したものだった。
「え、それを着るの?」
「うん」
ハレの日に少々みすぼらしいが、本人が着たいというのだから、エミーユは横やりを入れなかった。
18歳のときよりも体格の良くなったマリウスにはかなりきつく、脇を出して何とか着ることができたが肩はパンパンだった。
その横に立つエミーユは真っ白い上下だ。どこかが決定的に違うのだが、マリウスには何が違うのかわからない。
振り向いて後姿を見たときにその違いがわかって、あっ、と声を上げた。
いつもはうなじで髪を一つまとめにしているが、その日は編み込んで結い上げている。
おそらく、ヘレナがやったのだろう。ヘレナが作っていた髪飾りもついている。
地味なエミーユの印象は、その髪型で、とても可憐に感じられた。なのに、自分の証がついたそのうなじは、とてつもなくみだらに見えて、マリウスは落ち着かなかった。
「エ、エミーユ、俺、なんだか落ち着かない。緊張する。エミーユが、き、きれいで」
「マリウス、大丈夫だよ」
エミーユが言いかけるも、二人の間に入ってきたリベルが、マリウスとエミーユの手をぎゅっと握ってきた。
「まりうしゅ、しっかりしなしゃい。りべるが、ついててあげるから!」
「リベル……! おれ、がんばる……!」
三人で手を繋いでハレの日の主役となる。
異母兄として参加したリージュ公はことさら「リベルの目も髪も、マリウスそっくりの色だねえ」というも、マリウスには何のことやらピンとこなかった。マリウスはまだリベルが自分の子だと気づいていない。
血のつながりがあろうがなかろうが、身を犠牲にしてでも子どもを守ってくれる人なのだから、エミーユはあえて教えなくてもいいかと思って黙っている。
あるときエミーユは、リージュ公の言ったマリウスの「ただ一人の人」が、自分だったことに気づいた。
それならば、やはり、小屋でマリウスを置いてきたことは正解だったのだろう。
あの日の別れが大陸に平和をもたらし、今日につながっているのだから。
エミーユは、草原を思い出す。雨のあとの草の匂い、草を鳴らす風、ときおり鳴くヤギの声。
しんとした星の夜、ひとりぼっちでバイオリンを弾いていた。
ひときわ静かな夜、目の前に現れた甘えん坊の泣き虫。
ひとりぼっちの夜はもう遠く―――。
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