【本編完結】溺愛してくる敵国兵士から逃げたのに、数年後、××になった彼に捕まりそうです

萌於カク

文字の大きさ
上 下
60 / 78

懊悩4

しおりを挟む
 分厚いカーテンの隙間から差し込む朝陽が、室内に光の筋を投げかけていた。
 エミーユは胸に抱いた温もりに頬を摺り寄せた。柔らかな毛髪が頬をくすぐる。
 エミーユにこの上ない満足感があった。

(愛おしい人……。このうえなく可愛くて愛おしい……)

 その髪に手を差し入れて、柔らかな感触を味わう。
 目を開けて、銀髪にビクッと手を止めた。

(風になびく皇帝の銀髪、アウグスト帝……)

 目の前にいるのはマリウスだが、皇帝その人でもあった。
 エミーユは恐れおののいた。
 うなじに触れる。

(つ、がいっ……、と言った。でも、マリウスは嫌がる私を無理に番にしたりはしない。単なるヒート事故で終わるはずだ)

 エミーユは何とか気を落ち着かせながらベッドを降りた。


◇ 


 静かな室内、ベッドの上で、頑丈そうな武人の腕がシーツの上を往復する。往復する場所が広がり、広いベッドの隅に届いたとき、ベッドの上でガバッと起き上がる姿があった。

「エ、エミ………。エミーユ、どこ?」

 マリウスは情けない声を出していた。

「エミーユ? エミーユ?」
 
(せっかくこの手に掴んだのに)

 エミーユの存在が感じられないことが、マリウスには不安だった。
 重厚なしつらえの調度品の置かれた室内は誰もいなかった。

(また、逃げたの………?)

 マリウスは扉を開けて居間に出た。そして、ほっと胸を撫で下ろす。
 エミーユはソファに座って縫い物をしていた。
 エミーユにもマリウスを置いて退出することの非礼さをわからないはずがない。皇帝がエミーユをそこに望むのだ、やすやすと逃げられるはずもない。
 それに護衛兵士にエミーユを出すなと伝えてもいる。
 エミーユはマリウスを見ると、一瞬、その目に情愛が浮かんだ気がしたが、それは急によそよそしいものに色を変え、手にしたものをテーブルに置いて立ち上がった。

「陛下」

 畏まってこうべをさげる。
 マリウスは唇を噛んでエミーユを見た。

(どうして、そんな他人行儀なの……?)

 マリウスはエミーユに近寄り、引き寄せようとした。
 しかし、するりと交わされて、エミーユは廊下に通じるドアに向かう。

「エミーユ……!」

 エミーユはマリウスが呼んでも振り向かずに、ドアを開いた。

(逃げないで)

 マリウスは慌ててその背中にすがりついた。両膝を床についてエミーユの腰にしがみつく。

「待って、逃げないで。俺を捨てないで、エミーユッ……!」
「逃げるわけでは。ただ、陛下が目覚めたら教えて欲しいと兵士の方が言っておりましたので」

 廊下から顔をのぞかせた護衛隊長が、ギクリとした顔でマリウスとエミーユとを交互に見た。

「陛下、あんた………」
 
 エミーユは服をきちんと着込んでいるが、マリウスは全裸だ。全裸の皇帝が情けない顔で一使用人にすがりついている。
 護衛隊長は申し訳なさそうな顔をエミーユに向けた。

「楽長さん、俺たちの皇帝がなんかすまねえな。いろいろとこじらせちまったみてえでよ。面倒かけてるけど、許してやってくれよ、悪いやつじゃねえからよ」

 マリウスはスンッと、立ち上がった。皇帝然とした顔つきになる。

「護衛隊長、兵団は今どこだ?」

 マリウスは長身に筋肉を蓄えており、傷痕も相まって威風堂々たる体躯だが、全裸で、しかも、逆立った銀髪はふぁさっと揺れており、澄ました顔をしたところで格好はつかない。
 護衛隊長は笑いをこらえた顔を皇帝に向けた。

「兵団は国境沿いの平原で野営している。リージュ公がいるから安心だが、訪問先はあんたがいなきゃ収まらんだろうな。相手国には皇帝が行くって言ってんだからよ」
「今日の日暮れまでには追い付くと伝えてくれ」
「了解」

 扉が閉まるとマリウスは、エミーユに告げた。

「そのときにはあなたも一緒だ。あなたも俺とともに行くんだ」

 エミーユは目を見開いた。何を言っているのかわからないといった顔つきだった。

「エミーユ、俺はあなたを俺のつがいにする」

 エミーユを手に入れると決めた以上は、何があっても手に入れる。エミーユを番にする。
 しかし、一方的に番にすることは、マリウスにはどうしてもできなかった。昨夜、何度もうなじを噛みたくなったが、かろうじてこらえた。
 一緒に過ごすうちにエミーユもいつか許してくれるのではないか。許してくれないのならばそれはそれで構わない。だが逃さない。
 エミーユに怯えが浮かんだ。マリウスから後ずさる。

「わ、私の発情に巻き込んだことなら謝ります。でも、私はあなたとは一緒にはいけません」

 エミーユはエミーユで、皇帝を発情に巻き込んだと思い込んでいる。

「あなたの事情など関係ない」

 マリウスは傲然と言い放つ。エミーユに一歩進んだ。
 エミーユは後ずさる。マリウスは前に迫り、エミーユを壁際に追い詰めた。両手を壁についてエミーユを囲う。
 もうエミーユはかごの中の鳥も同然だった。

「あなたがこの部屋から出るのは、俺の番になってからだ」

 エミーユをひっくり返して背中から抱きしめると、マリウスはうなじに歯を当てた。

「無理矢理、番にしてもいいんだ」
「い、いやっ、マリウス……!」

 自分の名で呼ばれて、マリウスはビクッとする。マリウスは途端に皇帝ではなく、ただのマリウスになる。
 泣き虫マリウスになる。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

【完結】おじさんはΩである

藤吉とわ
BL
隠れ執着嫉妬激強年下α×αと誤診を受けていたおじさんΩ 門村雄大(かどむらゆうだい)34歳。とある朝母親から「小学生の頃バース検査をした病院があんたと連絡を取りたがっている」という電話を貰う。 何の用件か分からぬまま、折り返しの連絡をしてみると「至急お知らせしたいことがある。自宅に伺いたい」と言われ、招いたところ三人の男がやってきて部屋の中で突然土下座をされた。よくよく話を聞けば23年前のバース検査で告知ミスをしていたと告げられる。 今更Ωと言われても――と戸惑うものの、αだと思い込んでいた期間も自分のバース性にしっくり来ていなかった雄大は悩みながらも正しいバース性を受け入れていく。 治療のため、まずはΩ性の発情期であるヒートを起こさなければならず、謝罪に来た三人の男の内の一人・研修医でαの戸賀井 圭(とがいけい)と同居を開始することにーー。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

【完結】恋愛経験ゼロ、モテ要素もないので恋愛はあきらめていたオメガ男性が運命の番に出会う話

十海 碧
BL
桐生蓮、オメガ男性は桜華学園というオメガのみの中高一貫に通っていたので恋愛経験ゼロ。好きなのは男性なのだけど、周囲のオメガ美少女には勝てないのはわかってる。高校卒業して、漫画家になり自立しようと頑張っている。蓮の父、桐生柊里、ベータ男性はイケメン恋愛小説家として活躍している。母はいないが、何か理由があるらしい。蓮が20歳になったら母のことを教えてくれる約束になっている。 ある日、沢渡優斗というアルファ男性に出会い、お互い運命の番ということに気付く。しかし、優斗は既に伊集院美月という恋人がいた。美月はIQ200の天才で美人なアルファ女性、大手出版社である伊集社の跡取り娘。かなわない恋なのかとあきらめたが……ハッピーエンドになります。 失恋した美月も運命の番に出会って幸せになります。 蓮の母は誰なのか、20歳の誕生日に柊里が説明します。柊里の過去の話をします。 初めての小説です。オメガバース、運命の番が好きで作品を書きました。業界話は取材せず空想で書いておりますので、現実とは異なることが多いと思います。空想の世界の話と許して下さい。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

α嫌いのΩ、運命の番に出会う。

むむむめ
BL
目が合ったその瞬間から何かが変わっていく。 α嫌いのΩと、一目惚れしたαの話。 ほぼ初投稿です。

さよならの向こう側

よんど
BL
''Ωのまま死ぬくらいなら自由に生きようと思った'' 僕の人生が変わったのは高校生の時。 たまたまαと密室で二人きりになり、自分の予期せぬ発情に当てられた相手がうなじを噛んだのが事の始まりだった。相手はクラスメイトで特に話した事もない顔の整った寡黙な青年だった。 時は流れて大学生になったが、僕達は相も変わらず一緒にいた。番になった際に特に解消する理由がなかった為放置していたが、ある日自身が病に掛かってしまい事は一変する。 死のカウントダウンを知らされ、どうせ死ぬならΩである事に縛られず自由に生きたいと思うようになり、ようやくこのタイミングで番の解消を提案するが... 運命で結ばれた訳じゃない二人が、不器用ながらに関係を重ねて少しずつ寄り添っていく溺愛ラブストーリー。 (※) 過激表現のある章に付けています。 *** 攻め視点 ※当作品がフィクションである事を理解して頂いた上で何でもOKな方のみ拝読お願いします。 ※2026年春庭にて本編の書き下ろし番外編を無配で配る予定です。BOOTHで販売(予定)の際にも付けます。 扉絵  YOHJI@yohji_fanart様

事故つがいの夫は僕を愛さない  ~15歳で番になった、オメガとアルファのすれちがい婚~【本編完結】

カミヤルイ
BL
2023.9.19~完結一日目までBL1位、全ジャンル内でも20位以内継続、ありがとうございました! 美形アルファと平凡オメガのすれ違い結婚生活 (登場人物) 高梨天音:オメガ性の20歳。15歳の時、電車内で初めてのヒートを起こした。  高梨理人:アルファ性の20歳。天音の憧れの同級生だったが、天音のヒートに抗えずに番となってしまい、罪悪感と責任感から結婚を申し出た。 (あらすじ)*自己設定ありオメガバース 「事故番を対象とした番解消の投与薬がいよいよ完成しました」 ある朝流れたニュースに、オメガの天音の番で、夫でもあるアルファの理人は釘付けになった。 天音は理人が薬を欲しいのではと不安になる。二人は五年前、天音の突発的なヒートにより番となった事故番だからだ。 理人は夫として誠実で優しいが、番になってからの五年間、一度も愛を囁いてくれたこともなければ、発情期以外の性交は無く寝室も別。さらにはキスも、顔を見ながらの性交もしてくれたことがない。 天音は理人が罪悪感だけで結婚してくれたと思っており、嫌われたくないと苦手な家事も頑張ってきた。どうか理人が薬のことを考えないでいてくれるようにと願う。最近は理人の帰りが遅く、ますます距離ができているからなおさらだった。 しかしその夜、別のオメガの匂いを纏わりつけて帰宅した理人に乱暴に抱かれ、翌日には理人が他のオメガと抱き合ってキスする場面を見てしまう。天音ははっきりと感じた、彼は理人の「運命の番」だと。 ショックを受けた天音だが、理人の為には別れるしかないと考え、番解消薬について調べることにするが……。 表紙は天宮叶さん@amamiyakyo0217

処理中です...