51 / 76
おとうしゃん
しおりを挟む
皇帝に、子どもたちが一斉に挨拶をした。
「こうていへいか! わがまちにようこそ!」
子どもたちの元気の良い挨拶に、皇帝が片手を上げて相好を崩すと、辺りはどっと歓声が沸いた。
エミーユのさして広くもない二階住居の居間は、皇帝に護衛兵士に、近隣の親子連れとで、あふれ返った。
ソファに座る皇帝を誰もが畏敬の目で見つめている。
ここにも戦争から帰ってきた人、家族を取り戻した人たちがいる。平和の立役者のアウグスト帝は、そうした市民にいつでも熱い感謝の目を向けられている。
中には目を潤ませて皇帝を拝むものまでいた。
しかしながら子どもは常に子どもらしさを発揮するもので、「へいか! えらいんでしょ! じゃあ、虫、さわれる?」などと虫かごを差し出したり、自分の作った工作を見せたりしている。
敬愛する皇帝に自分の宝物を見せたいのだ。
皇帝は皇帝で、通訳を介しながらも、気安く相手をしていた。
子どもたちに混じってリベルが皇帝に近寄っても、皇帝の注目を引いた様子もなく、エミーユは胸を撫で下ろした。
(このまま、終わってくれますように)
そう願うエミーユに、皇帝の膝に上り始めた子の後ろから皇帝ににじりよろうとするリベルが、ふと「おと、おとうしゃん」と口にしたのが聞こえた。ハッとしてエミーユはリベルを見た。
(リベル……、何を言ったんだ?)
すると、リベルに釣られたのか、「おとうしゃん、おとうしゃぁん……!」と言って、皇帝に抱き着く子どもが現われた。父親を戦争で奪われた子らだ。
皇帝は、その子らのうち一人を抱き上げると膝に抱えた。
『我が子よ、我が宝よ』
大人たちがその光景に涙ぐむ。
市井の粗末な住居にあって、子を抱いた皇帝と、それを心酔した顔で見守る市民らの情景は、宗教画のような静謐な空気をまとっていた。
「おとうしゃん」
リベルもそう言いながら皇帝ににじりよろうとする。その光景に感動のあまり鼻をすする音が上がる中、空気をぶち壊す声が上がった。
「お、おじさんでしょ! このひとはただのおじさん!」
その声はエミーユから発せられたものだった。エミーユはあまりも気が動転しすぎていた。
エミーユの声を聞きつけた皇帝が、エミーユを見た。
「お、おじさ? お、おじ……?」
皇帝の目には心なしか涙の膜が張り始めたように見える。エミーユは青ざめた。
(ああ、大失言だ!)
「も、申し訳ありません、陛下……! ただのおじさんなどと」
通訳を介して二人の会話を理解した子どもたちが一斉にエミーユを非難する。
「エミーユ、へいかはただのおじさんじゃない、特別なおじさんだぞ!」
「とくべつにすごいおじさんだよな! へいか!」
「えらいおじさんだもんね!」
皇帝はますます目を白黒するばかりだった。
「お、おじさ? お、おじ……?」
エミーユはひたすら謝った。
「陛下、本当に申し訳ありません、ただのおじさんなどと」
皇帝は、何か言いたげに口をもごもごさせて、肩を落とした。
『いや、いいんだ。おじさんでいいんだ』
そして、膝の子を下ろして、『よし、特別なおじさんに何人捕まれるか、捕まってみろ』と仁王立ちした。子どもらが皇帝に群がり始める。
(どうして、リベルは皇帝をお父さんなどと……)
あとでリベルに訊けば、首を傾げて答えられなかったので、血の知らせかもしれなかったし、大いなる皇帝に父親のようなものを感じただけなのかもしれなかった。
「では、陛下、そろそろ時間です」
「うむ」
「とくべつなおじさん、またね!」
「う、うむ」
「こうていへいか! わがまちにようこそ!」
子どもたちの元気の良い挨拶に、皇帝が片手を上げて相好を崩すと、辺りはどっと歓声が沸いた。
エミーユのさして広くもない二階住居の居間は、皇帝に護衛兵士に、近隣の親子連れとで、あふれ返った。
ソファに座る皇帝を誰もが畏敬の目で見つめている。
ここにも戦争から帰ってきた人、家族を取り戻した人たちがいる。平和の立役者のアウグスト帝は、そうした市民にいつでも熱い感謝の目を向けられている。
中には目を潤ませて皇帝を拝むものまでいた。
しかしながら子どもは常に子どもらしさを発揮するもので、「へいか! えらいんでしょ! じゃあ、虫、さわれる?」などと虫かごを差し出したり、自分の作った工作を見せたりしている。
敬愛する皇帝に自分の宝物を見せたいのだ。
皇帝は皇帝で、通訳を介しながらも、気安く相手をしていた。
子どもたちに混じってリベルが皇帝に近寄っても、皇帝の注目を引いた様子もなく、エミーユは胸を撫で下ろした。
(このまま、終わってくれますように)
そう願うエミーユに、皇帝の膝に上り始めた子の後ろから皇帝ににじりよろうとするリベルが、ふと「おと、おとうしゃん」と口にしたのが聞こえた。ハッとしてエミーユはリベルを見た。
(リベル……、何を言ったんだ?)
すると、リベルに釣られたのか、「おとうしゃん、おとうしゃぁん……!」と言って、皇帝に抱き着く子どもが現われた。父親を戦争で奪われた子らだ。
皇帝は、その子らのうち一人を抱き上げると膝に抱えた。
『我が子よ、我が宝よ』
大人たちがその光景に涙ぐむ。
市井の粗末な住居にあって、子を抱いた皇帝と、それを心酔した顔で見守る市民らの情景は、宗教画のような静謐な空気をまとっていた。
「おとうしゃん」
リベルもそう言いながら皇帝ににじりよろうとする。その光景に感動のあまり鼻をすする音が上がる中、空気をぶち壊す声が上がった。
「お、おじさんでしょ! このひとはただのおじさん!」
その声はエミーユから発せられたものだった。エミーユはあまりも気が動転しすぎていた。
エミーユの声を聞きつけた皇帝が、エミーユを見た。
「お、おじさ? お、おじ……?」
皇帝の目には心なしか涙の膜が張り始めたように見える。エミーユは青ざめた。
(ああ、大失言だ!)
「も、申し訳ありません、陛下……! ただのおじさんなどと」
通訳を介して二人の会話を理解した子どもたちが一斉にエミーユを非難する。
「エミーユ、へいかはただのおじさんじゃない、特別なおじさんだぞ!」
「とくべつにすごいおじさんだよな! へいか!」
「えらいおじさんだもんね!」
皇帝はますます目を白黒するばかりだった。
「お、おじさ? お、おじ……?」
エミーユはひたすら謝った。
「陛下、本当に申し訳ありません、ただのおじさんなどと」
皇帝は、何か言いたげに口をもごもごさせて、肩を落とした。
『いや、いいんだ。おじさんでいいんだ』
そして、膝の子を下ろして、『よし、特別なおじさんに何人捕まれるか、捕まってみろ』と仁王立ちした。子どもらが皇帝に群がり始める。
(どうして、リベルは皇帝をお父さんなどと……)
あとでリベルに訊けば、首を傾げて答えられなかったので、血の知らせかもしれなかったし、大いなる皇帝に父親のようなものを感じただけなのかもしれなかった。
「では、陛下、そろそろ時間です」
「うむ」
「とくべつなおじさん、またね!」
「う、うむ」
63
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。
オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。
昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する
子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき
「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。
そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。
背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。
結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。
「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」
誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。
叶わない恋だってわかってる。
それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。
君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
うそつきΩのとりかえ話譚
沖弉 えぬ
BL
療養を終えた王子が都に帰還するのに合わせて開催される「番候補戦」。王子は国の将来を担うのに相応しいアルファであり番といえば当然オメガであるが、貧乏一家の財政難を救うべく、18歳のトキはアルファでありながらオメガのフリをして王子の「番候補戦」に参加する事を決める。一方王子にはとある秘密があって……。雪の積もった日に出会った紅梅色の髪の青年と都で再会を果たしたトキは、彼の助けもあってオメガたちによる候補戦に身を投じる。
舞台は和風×中華風の国セイシンで織りなす、同い年の青年たちによる旅と恋の話です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
「出来損ない」オメガと幼馴染の王弟アルファの、発情初夜
鳥羽ミワ
BL
ウィリアムは王族の傍系に当たる貴族の長男で、オメガ。発情期が二十歳を過ぎても来ないことから、家族からは「欠陥品」の烙印を押されている。
そんなウィリアムは、政略結婚の駒として国内の有力貴族へ嫁ぐことが決まっていた。しかしその予定が一転し、幼馴染で王弟であるセドリックとの結婚が決まる。
あれよあれよと結婚式当日になり、戸惑いながらも結婚を誓うウィリアムに、セドリックは優しいキスをして……。
そして迎えた初夜。わけもわからず悲しくなって泣くウィリアムを、セドリックはたくましい力で抱きしめる。
「お前がずっと、好きだ」
甘い言葉に、これまで熱を知らなかったウィリアムの身体が潤み、火照りはじめる。
※ムーンライトノベルズ、アルファポリス、pixivへ掲載しています
αが離してくれない
雪兎
BL
運命の番じゃないのに、αの彼は僕を離さない――。
Ωとして生まれた僕は、発情期を抑える薬を使いながら、普通の生活を目指していた。
でもある日、隣の席の無口なαが、僕の香りに気づいてしまって……。
これは、番じゃないふたりの、近すぎる距離で始まる、運命から少しはずれた恋の話。
さかなのみるゆめ
ruki
BL
発情期時の事故で子供を産むことが出来なくなったオメガの佐奈はその時のアルファの相手、智明と一緒に暮らすことになった。常に優しくて穏やかな智明のことを好きになってしまった佐奈は、その時初めて智明が自分を好きではないことに気づく。佐奈の身体を傷つけてしまった責任を取るために一緒にいる智明の優しさに佐奈はいつしか苦しみを覚えていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる