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グレン語の声2

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 肩掛けをエレナ女王に託そうとしたマリウスは、急に渡すのが惜しくなった。

『女王、この肩掛けでちょっと用事を済ませてくるので、いったん、私に貸してくれないか』
『肩掛けで用事……?』

 肩掛けを受け取った女王は天啓のようにいやな予感が働いて、肩掛けを渡すのを戸惑った。

『陛下、用事って何ですの?』
『ちょっと使うだけだ。汚さないように気を付けるから』
『汚す……? いったい、何に使われるのです』

 マリウスは答えに詰まった。到底、女王には伝えられないことに使うつもりだった。
 数年ぶりに好きな人の匂いを嗅いだのだから許して欲しい、と思ったが、女王の胡乱げな目線に、マリウスは卑しい自分の欲望を責められた気がして、もう何も言い出せなくなった。
 マリウスは、そのまま肩掛けを女王に託すことにした。しかし、マリウスは希望に満ち満ちていた。

(エミーユはここにいるんだ……! もう捉えたも同然だ……! 今度こそ、俺はエミーユを逃さない!)

 あらためて誓うマリウスの視界の先に、赤毛が揺れ動くのが見えた。
 西棟の入り口で、リージュ公が誰かに話しかけていた。

(あいつ、また、ふらふらと好き勝手な行動を)

 リージュ公が話しかけているのは宮廷楽長だった。

(あいつ、楽長を狙っているんだっけか)

 それを思い出せば、不意に不愉快な気持ちがもたげてきた。何故かイライラする。
 マリウスはリージュ公に足を向けた。

「リージュ公を呼んでくる」

 替わりに呼んで来ようとする側近を片手で抑えて、マリウスは足を向けた。
 リージュ公は馴れ馴れしく楽長に話しかけている。楽長もまた応じているが、二人の間には何やらただならぬ風情が漂っているように見えた。

(昔の知り合いとか言ってたな。あいつが狙うってことは、楽長も妖人か)

 リージュ公に笑顔を向ける楽長を見れば、何故か腹がかき混ぜられるような落ち着かない心地に陥った。
 確かに二人の間には、何かがあったように見えてくる。あの楽長はリージュ公に対して特別な感情を抱いているように見える。それを思えば急にどす黒い塊が胸にせりあがってきた。

(楽長がリージュ公に気がある、とリージュ公が言っていたな)

 リージュ公に近づいたマリウスに、楽長の流暢なグレン語が聞こえてきた。

(ええっ?!)

 昨日、楽長がエルラント語を話したときには何も感じなかった。しかし、楽長のグレン語にマリウスの全身に震えが走った。
 その声に、その発音に、足元から頭頂まで衝撃が駆け上がった。

(エ、エミーユ?!)

 その声は確かに楽長から発せられていた。

(エミーユ………! ああ、エミーユの声だ………!)

 マリウスは息が止まりそうだった。心臓も何もかもが止まりそうだった。
 思わず、リージュ公の肩に手を置いて強く握ると、リージュ公が振り向き、楽長もマリウスを見た。

(エミーユ……?! しかし、どういうことだ? 茶目茶髪ではない?!)

 マリウスは混乱に陥った。
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