【本編完結】溺愛してくる敵国兵士から逃げたのに、数年後、××になった彼に捕まりそうです

萌於カク

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宮廷楽長の家族Ⅱ

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 港湾から王宮に戻ると、マリウスはよろよろと馬車から降りてきた。体は健康そのものだが、心は満身創痍だ。指で押すどころか、息を吹きかけただけで倒れそうだった。
 マリウスが晩餐会に現れれば、さすがに側近中の側近だけあって、リージュ公はひと目で、マリウスの変調に気づいた。
 いつもは食欲旺盛なマリウスが晩餐会でもスプーン一杯ほどしか口にしていない。そして、演奏中の宮廷楽団に目を向けては、じんわりと涙を浮かべる。
 リージュ公はマリウスに尋ねた。

「おい、お前何かあったのかよ、港で変なものでも食って来たのか」

 リージュ公がそう訊けば、マリウスは鈍い目で見返してきた。

「お前は、エミ、レルシュ楽長に懸想しているようだが、無駄だぞ。楽長には妻子がいるぞ」
「妻子?」
「ああ、三人家族だ。スイートホームだ、パパとママとベビーだ」
「俺が仕入れた情報と違ってるな。レルシュ楽長は自分の母親と息子と三人で暮らしているらしい」
「どっちにしろ、子どもがいるんだ。奥さんもいるさ」
「相手はグレン兵士だってよ」
「へえ………、奥さんはグレンの女兵士だったのか」

 エミーユが妻を持ったと思い込んだマリウスには、その考えが覆らない。そんなマリウスにリージュ公は断言する。

「ともかく、エミーユは自分の母親と息子と住んでいる。本人の口から聞いたんだ、それは間違いない」

(では、帰ってきたのは奥さんではなく母親なのか? 奥さんとは一緒に住んでいないということは、奥さんはひょっとして戦死したのか……?)

 そう思えば、途端にエミーユを憐れに思う。

「エミ、レルシュ楽長は、グレン兵士の遺族には年金が出るって知ってるかな」
「知らないと思うし、知ってても関係ないとは思うけど」
「エレナ女王に、周知してもらえるように頼んでくれないか」
「自分でエミーユに言えばいいんじゃねえの?」
「そ、それは、皇帝として公平性に欠けてしまう」

 口ごもるマリウスをリージュ公は見た。
 リージュ公は、そのとき、エミーユとマリウスの間に横たわる事情をほぼ正確に見通していた。
 楽団室で、エミーユはただならぬ顔でマリウスの傷痕について訊いてきた。マリウスの胸の傷痕を知っているなんて、マリウスと深い関係になければありえないことだ。
 そこで、エミーユはリージュ公をマリウスだと勘違いして慕わしげに見てきたのだとピンときた。
 4年前、マリウスが戦場を離れて再び戻ってきたとき、マリウスの顔つきは変わっていた。まだ幼さの残っていた少年は、すっかり大人びて、そして、覚悟のある顔でクーデターを口にした。
 マリウスは多くを語らないながらも、想い人がおり、その人のために戦争を終わらせたいと願っていることは見て取れた。
 マリウスの「ただ一人の人」は、エミーユなのではないか。そう推測するのは容易だった。
 エミーユの助けたというグレン兵士がマリウスだったとすればつじつまが合う。となると、エミーユの子はマリウスとの間の子になる。 
 しかし、残念なことに、いや、面白いことに、当のマリウスはエミーユが妻との間に子を持ったと誤解をしているようだ。

「マリウス、どうして、エミーユにこだわっているんだ?」

 マリウスは下手にごまかしてきた。

「えっ? 俺? いや、俺は、エミ、楽長に、す、少しもこだわってないぞ? お前が、エミーユ呼びしているのも、全く気にならないしな、ははっ」
「気になるならエミーユに声をかければ?」

 リージュ公には恋のキューピットになるつもりなど微塵もなかった。そんな気味の悪いことはしたくはない。
 しかし、この一件、面白そうだ。

「俺がエミーユに?」
「部屋に来いって誘えばいいだろ。一介の使用人に皇帝さまの誘いを断れるはずないしな」
「俺は、そ、そんなのはしない」
「じゃあ、俺が頂いちまおう」
「お前はだめだ。お前だけはだめだ! エミーユは遊び人のお前が相手にしていいような人じゃない」
「言ってみただけだ。エミーユは俺にはなびかない。エミーユはグレン兵士のことをずっと思い続けてるみたいだからな」

 リージュ公は揶揄するような目つきで、マリウスの心臓を抉ってくる。

「そ、そうか。奥さんのことを今も思ってるのか……。はは……」

 マリウスは泣きだしたくなるのをぐっとこらえた。
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