【本編完結】溺愛してくる敵国兵士から逃げたのに、数年後、××になった彼に捕まりそうです

萌於カク

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皇帝の血

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 皇帝に女王らが港湾視察をしている頃、エミーユは、楽団室にいた。
 楽団室の真ん中に居座って話の中心にいるのはリージュ公だ。
 床に座り込んだリージュ公を、同じく床に座り込んだ楽団員が、取り囲んでいる。
 グレン帝国の軍務大臣など雲の上の人だ。そんな人と話せるなんてこんな光栄なことはない。リージュ公の側近のグレン兵士らも加わり、ちょっとした交流会のようになっている。

(やれやれ、これでは練習にならないな)

 リージュ公は如才ない人だった。皇帝と自分たちがどうやってクーデターを起こしたのか、などをいかにも情緒的に語り、楽団員の喜怒哀楽を誘う。そうやって心を開かせておいて、楽団員一人一人に自己を語らせる。エミーユも自分のことを話さなければならなくなってしまった。

(私のことなど完全に忘れているようだから、隠すこともないか)

 息子と母親と暮らしていることを話せば、古い楽団員が口をはさんだ。

「楽長は、グレンの兵士を助けて、その兵士との間に息子さんができたんですよね。耳にした当初は、敵兵士を助けたことが腑に落ちませんでしたが、今となってはわかります。憎むべきは兵士ではなく、戦争を起こしている人たちなんだと」
「悪いのは、国家元首ってことか」
「グレンがいい例です。新政権になってグレンは大転換した。人民のことを思う人がトップに立てば、国民はこれほど幸せなことはない。もちろん周辺国にとっても幸運です」

 リージュ公はそこで口を開いた。

「今の皇帝は別に人民を思っているわけじゃないぞ。あいつはただ一人の人を思っているだけだからな。ただ一人のために前皇帝を殺し、戦争を終わらせた」
「ただ一人の人?」
「あいつには想い人がいるんだ」
「へえ、皇帝って意外に情熱的なんですね」
「皇帝だけじゃねえぞ、俺たちはみんなそうだ。人民のためなんかじゃない」
「では、リージュ公も愛する人のために?」
「俺の場合は恨みだ。俺の母は妖人だった。俺の父である先代リージュ公の、何人もいる愛人のうちの一人だった。父は、気前よく母を戦場に差し出し、母は死んだ。それどころか、父が妖人を傷のゴミ入れにすることを皇帝に提案した人物だった。父の兄である前皇帝は、それをすんなり受け入れて、妖人狩りを始めた。それを知って、ためらいはなかったね。俺たちは容赦なく父も伯父も殺した。前体制側の人間は親だろうと師だろうとことごとく葬り去った」

 そう言うリージュ公には軽薄さはなかった。苦しみと悲しみが漂っていた。

「グレン軍の苦しい自浄のおかげで、大陸の平和があるんですね」
「リージュ公らのおかげで、俺たち、今こんなに穏やかに過ごせてる」

 そう言いだした皆に、リージュ公は慌てて言った。

「持ち上げるのはやめてくれ。俺たちは好き勝手やっただけだ。気に入らねえ親父たちをぶっ殺しただけだ。クーデターなんか屁でもなかったさ。そのあとの平定はきつかったけどな。俺も禿げたし、皇帝なんか白髪になっちまった。俺の禿げは治ったけど、あいつは白髪のままだ」
「皇帝とリージュ公はご兄弟なんですよね? よく似てらっしゃいます」
「それを言ってくれるな。あいつが赤毛じゃなくなってやっと間違われなくなったんだからよ。12歳までおねしょしてたやつと一緒にされちゃ困るっつの」
「皇帝ってば、12歳まで?!」

 他国の楽団員にまで、皇帝のおねしょ歴が知れ渡った瞬間だった。
 リージュ公はまだまだ皇帝をこき下ろす。

「あいつ、泣き虫だしな。ああそう、昨晩も泣いてた。あいつごまかしたけど絶対泣いてた。あいつ怖そうに見えて中身は弱っちいのよ。暗がりも雷もいまだに怖がるしな。強ぶってるけど、すんごい怖がり」

 リージュ公の口ぶりには親愛の情がこもっている。楽団員にはそれがよくわかり、ほほ笑ましい目でリージュ公を眺めている。
 ただ一人、エミーユだけが顔色を変えていた。
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