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紫水晶の目
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音楽会を終えた後、西棟の楽長室に戻ろうとしているエミーユに、またもやリージュ公が声をかけてきた。
演奏中もチラチラとエミーユを見つめてきたが、エミーユは目線を避け続けていた。
リージュ公はグレン語で話しかけてくる。
「エミーユ、昨日は申し訳ないことをしてしまった。あんまりにも非礼な態度を取ってしまった。許して欲しい」
リージュ公はしおらしい声を出していた。
エミーユはエミーユで、リージュ公とのことが気が気ではなかった。
何しろ大国の軍務大臣の頬を引っぱたいたのだ。一介の使用人の立場でしかない自分が。
エレナ女王の面目をもつぶすことだ。
エミーユはリージュ公が詫びてくれたことにほっとして、緊張を解いた。
「私の方こそ非礼でした。申し訳ありません」
思えばエミーユの態度はリージュ公を誘っているように映るのもやむないことだった。
初対面のはずのエミーユがあからさまに熱のこもる眼差しを向けていたのだ。
リージュ公が既婚者にもかかわらず浮名を流しており、それを逆手に取っておおっぴらに遊びまくっていることは容易に推測が付く。そんな相手に秋波を送り続けたのだからリージュ公を一概には責められない。
「それなら、俺にエルラント語を教えてくれますね?」
エミーユは言葉に詰まった。
「実は私もエルラント語が上手ではないのです」
「エミーユ、あなたは楽団員と流暢なエルラント語で話している。俺にはもう下心はない。俺は純粋にエルラント人と親交を深めたいだけだ」
エミーユはそれを鵜呑みにすることはなかった。リージュ公はエミーユを獲物を見る目で見ているのを隠してはいない。
しかし、エミーユは愛想笑いを浮かべるしかない。何しろ相手は大国の軍務大臣だ。
「では、楽団室で、楽団員を交えてでよければ。楽団員にはどちらの言葉にも精通している者も多いですし」
リージュ公はその答えに満足しなかったようだが、それで手を打った。
「では、今日の午後はどうです?」
エミーユがしぶしぶうなずくと、リージュ公は笑みを浮かべた。
「じゃあ、海鮮料理、いや、港湾の視察を諦めて楽団室に行きます!」
そのとき、リージュ公の声が止まった。リージュ公の肩に後ろから手が置かれている。その手の持ち主はアウグスト帝だった。
皇帝は不思議なものを見るような目でエミーユを見つめている。じっとエミーユを見つめて、エミーユと目が合った。
怖いほどに見つめてくる。
皇帝の目にうっすらと水の膜が浮かんできたように見えた。
「陛下?」
リージュ公のいぶかしむ声に、皇帝はハッとした顔をした。どこか混乱したような表情だった。
「陛下、俺、港湾視察パスするわ。イテテ、なんかお腹痛くなっちゃってさ。ほら、女王陛下を待たせちゃ悪いだろう。陛下はさっさと行って来いよ」
そう言われた皇帝は、やむなく、といった顔つきで女王陛下らのもとに向かった。
エミーユは皇帝の目が紫色をしているのをはっきりと見た。
(リベルと同じ、紫水晶の色。グレンではありふれた色なのかもしれない)
エミーユはそう考えるほかなかった。
リージュ公をマリウスだと思い込んだエミーユが、まさかアウグスト帝がマリウスだと思う由もなかった。
演奏中もチラチラとエミーユを見つめてきたが、エミーユは目線を避け続けていた。
リージュ公はグレン語で話しかけてくる。
「エミーユ、昨日は申し訳ないことをしてしまった。あんまりにも非礼な態度を取ってしまった。許して欲しい」
リージュ公はしおらしい声を出していた。
エミーユはエミーユで、リージュ公とのことが気が気ではなかった。
何しろ大国の軍務大臣の頬を引っぱたいたのだ。一介の使用人の立場でしかない自分が。
エレナ女王の面目をもつぶすことだ。
エミーユはリージュ公が詫びてくれたことにほっとして、緊張を解いた。
「私の方こそ非礼でした。申し訳ありません」
思えばエミーユの態度はリージュ公を誘っているように映るのもやむないことだった。
初対面のはずのエミーユがあからさまに熱のこもる眼差しを向けていたのだ。
リージュ公が既婚者にもかかわらず浮名を流しており、それを逆手に取っておおっぴらに遊びまくっていることは容易に推測が付く。そんな相手に秋波を送り続けたのだからリージュ公を一概には責められない。
「それなら、俺にエルラント語を教えてくれますね?」
エミーユは言葉に詰まった。
「実は私もエルラント語が上手ではないのです」
「エミーユ、あなたは楽団員と流暢なエルラント語で話している。俺にはもう下心はない。俺は純粋にエルラント人と親交を深めたいだけだ」
エミーユはそれを鵜呑みにすることはなかった。リージュ公はエミーユを獲物を見る目で見ているのを隠してはいない。
しかし、エミーユは愛想笑いを浮かべるしかない。何しろ相手は大国の軍務大臣だ。
「では、楽団室で、楽団員を交えてでよければ。楽団員にはどちらの言葉にも精通している者も多いですし」
リージュ公はその答えに満足しなかったようだが、それで手を打った。
「では、今日の午後はどうです?」
エミーユがしぶしぶうなずくと、リージュ公は笑みを浮かべた。
「じゃあ、海鮮料理、いや、港湾の視察を諦めて楽団室に行きます!」
そのとき、リージュ公の声が止まった。リージュ公の肩に後ろから手が置かれている。その手の持ち主はアウグスト帝だった。
皇帝は不思議なものを見るような目でエミーユを見つめている。じっとエミーユを見つめて、エミーユと目が合った。
怖いほどに見つめてくる。
皇帝の目にうっすらと水の膜が浮かんできたように見えた。
「陛下?」
リージュ公のいぶかしむ声に、皇帝はハッとした顔をした。どこか混乱したような表情だった。
「陛下、俺、港湾視察パスするわ。イテテ、なんかお腹痛くなっちゃってさ。ほら、女王陛下を待たせちゃ悪いだろう。陛下はさっさと行って来いよ」
そう言われた皇帝は、やむなく、といった顔つきで女王陛下らのもとに向かった。
エミーユは皇帝の目が紫色をしているのをはっきりと見た。
(リベルと同じ、紫水晶の色。グレンではありふれた色なのかもしれない)
エミーユはそう考えるほかなかった。
リージュ公をマリウスだと思い込んだエミーユが、まさかアウグスト帝がマリウスだと思う由もなかった。
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