【本編完結】溺愛してくる敵国兵士から逃げたのに、数年後、××になった彼に捕まりそうです

王宮での再会２

　エミーユはその夜、王宮の楽長室のベッドで、なかなか寝付かれなかった。

（マリウスにまた会えた。元気そうだった……！）

　エミーユは王都の町家に部屋を借りて、リベルと故郷から呼び寄せた母親の三人で暮らしていたが、王宮に客が滞在している間は、王宮の楽長室で寝泊まりしていた。
　楽団が何かと駆り出されることが多いために、楽団員もそれぞれ王宮で寝泊まりしている。

（マリウスが近くにいる）

　皇帝に側近らは王宮の客殿にいる。

（行ってみようか。行って、私がエミーユだと言ってみようか）

　けれどもどうせ途中で兵士に止められるだけだろう。

（以前よりも遠い人になってしまった。グレン皇帝の側近だなんて。もう話しかけることもできない）

　リベルが頭に浮かんだ。３歳の可愛い盛りだ。
　一丁前におしゃべりが上手になった。

（リベルに会わせてやりたい。あなたの父親はこんなに立派な人なんだと見せてあげたい）

　でも、今更、マリウスの人生の足を引っ張りたくはない。そのために、離れたというのに。

（マリウス。元気な姿を見せてくれてありがとう。私なしでもあなたは十分にやっていけた。やはり、あのときに小屋に置き去りにしたのは正解だった）

　エミーユは自分がマリウスの人生に少しでも関わることができたことを誇りに感じていた。

　翌朝、楽長室の窓の外から、メイドらのおしゃべりが聞こえてきた。楽長室は井戸がある裏庭に面しているために、使用人のおしゃべりがしょっちゅう聞こえてくる。

「アウグスト帝って近寄りがたいけど美男子よね！」
「ちょっと怖そうじゃない？」
「そりゃあ皇帝だもの、怖く見えたほうがいいに決まってるわ」
「赤毛のリージュ公も素敵よねえ！　あの方、いつもにこやかに声をかけてくださるのよ。軍務大臣ですって」

（へえ、マリウスは公爵なのか。軍務大臣とは出世したものだなあ）

　エミーユは嬉しくなる。

「残念ながらリージュ公には奥方もお子さんもいるらしいわよ。エルラントのお土産をご家族にたくさん買い込んでたって冷やかされていたわ」

（ああ、マリウスは結婚したんだ）

　エミーユは、それを聞いて、本当にマリウスが手の届かないところに行ってしまったのを感じた。
　エミーユは自分が傲慢な望みを微かにでも抱いていたことを自覚した。
　窓からの声が続く。

「どこが残念なのよ。私たちなんて眼中にないわよ。少しでも期待したほうが馬鹿なのよ」

（ああ、私も期待してたんだ。私も馬鹿だ）

　あの日、マリウスは泣いてすがってきた、エミーユと一緒にいたいと、そばにいたいと。
　もしかしたら、と思っていた。もしかしたら、自分がエミーユだと名乗り出れば、もう一度そばにいたいと言ってくれるのではないかと、そんな淡い期待を心のどこかに抱いてしまっていた。
　しかし、そんな期待は打ち砕かれた。

（でもそれでいい、それでいいんだ、マリウス。マリウスが私を忘れて幸せになっているなら、そのほうがいいに決まってる）

「私たちに期待できるのはせいぜい一夜の過ちってとこ」

（あの夜は、まさしく一夜の過ちだったのだ）

　過ちを今更マリウスに押し付けるわけにはいかない。
　リベルは過ちの産物ではなく、エミーユにとっては愛の証でしかないが、そもそもエミーユが発情しなければなかったものだ。
　メイドたちのおしゃべりが続いている。

「眼中にも入ってないのに、それも無理ねえ！」
「視界に入るだけで光栄よね！」
「あら、私は皇帝と目が合ったわよ」
「私なんか、リージュ公と目が合った上に微笑み返されたんだから！」
「どうせ思い過ごしよ」

（ああ、リージュ公をマリウスだと思うのも、私の思い過ごしかもしれないな。マリウスがあんなに立派になっているはずがない）

　エミーユは苦く笑った。