30 / 78
王宮での再会
しおりを挟む
エルラント王宮のホールに紳士淑女が集っていた。
戦争終結から二年、夜会もつつがなく開催されるようになった。
きらびやかなシャンデリアの揺らめきに、戦争の影がすっかり取り払われていた。
エレナ女王のもと、エミーユは宮廷楽長として忙しい日々を送っていた。楽団員を集め、曲を作り、式典や夜会やお茶会での演奏の指揮に、サロンでの音楽会ではたまにバイオリンも弾く。
燃えるような赤毛の客を見れば演奏の合間についついその客に目が向かった。
(ふふ、マリウスのような見事な赤毛だ。でっぷりとしたお腹をしてるけど、もしかしたらマリウスだったりして)
目を凝らして見れば、マリウスとは似ても似つかない中年の紳士だったりする。
(いや、案外、急に老けて、あんな感じになってるかもな)
その日は、グレン帝国の新皇帝を迎えるとあって、王宮じゅうが浮足立っていた。
アウグスト新皇帝は大陸に平和をもたらした中心人物だ。
新皇帝はその後も新しい風を吹かせ続け、庶民や妖人をも高官に重用し、人身売買の禁止など、次々とこれまでのグレンの悪行を正す法律を打ち立てているらしい。
大国であるグレン帝国の変化は各地にも影響し、人々の間で、古い価値観が取り払われ、より公正で偏見のない社会が作られている。
これらはエレナ女王からの受け売りで、それだけエレナ女王はアウグスト帝に一目を置いているということだが、みなが敬愛するエレナ女王の影響もあって、王宮じゅう、いや、国じゅうの誰もがアウグスト帝に肯定的な印象を抱き、その一団の訪問を楽しみにしていた。
エミーユも一度だけアウグスト帝を見たことがあった。
二年前、アウグスト帝の一団が和平条約を結ぶために国境沿いの町にやってきたときだった。
帝国内に残る旧皇帝派の残党を平定する途上であったために、アウグスト帝の一行は軍装を解かないままだった。
アウグスト帝ら一団は、勇壮というよりも、荒くれの集まりにしか見えなかった。
遠目に、アウグスト帝の銀髪が風になびいていた。
そのすぐ後ろに揺れる赤毛。
アウグスト帝の側近に燃えるような赤毛の人物がいた。
(マリウス? まさか、ね。あの泣き虫がグレンの新皇帝の側近のはずがない)
目を凝らして見たが、よくわからなかった。
(赤毛の側近も皇帝と一緒に来るのかな)
それを思えば、エミーユも浮足立つ。
エルラント王都にやってきたアウグスト帝の兵団は、人々に熱狂的に出迎えられた。
王宮前広場で、エレナ女王の出迎えがあった。エミーユも宮廷楽団を指揮しながら出迎えた。
馬上の皇帝らは、甲冑を被ったままだった。
夜会が、皇帝らの姿を間近で見る初めての機会だった。
(落ち着け、落ち着け。夜会で失敗でもしたらエレナ陛下に恥をかかせることになる)
皇帝ら一団がまもなくホールに入来する旨の合図があった。ホールが急に静まり返る。
出迎えるエルラントの貴族たちも、皇帝の入場を前に緊張しているらしい。
ホールの入り口のドアが厳かに開く。エミーユは指揮棒を振り上げた。
入来に合わせて曲が始まる。
皇帝が女王の前で止まったところで曲を終える。
エミーユは、指揮棒を下げて、皇帝ら一団を振り返った。側近の中に赤毛が、燃えるような赤毛があった。
(マリウス………?!)
赤毛は体格が良く、見栄えがする。
(マリウスに似ている……!)
グレンの軍服を颯爽と着込んで悠然と立っている。
(あれはマリウスではない。マリウスは、兵士に戻りたくないと泣いていた。だから軍に戻るはずがないんだ。他人の空似だ)
エミーユは気を取り直して楽団を振り返った。
しかし、演奏の合間に赤毛に目をやることを抑えられなかった。
何度見ても、マリウスにしか見えない。
(マリウスなのか……?)
あんまり赤毛を見すぎたせいか、楽団の付近に居合わせた赤毛と目が合った。赤毛は、人越しにきれいな微笑を寄越してきた。
(マリウス! そんな作り笑いを私に浮かべるだなんて。私のことをもう忘れてしまったのか?)
エミーユの目に涙が浮かんできた。
それから演奏を終えるたびに、マリウスを探した。燃えるような赤毛は随分と探しやすかった。
マリウスも何度も目を合わせてきた。一瞬、もの問いたげな顔をするも、きれいな微笑を寄越してきた。
(ああ、そうか。マリウスは私をわからないんだ。私の顔を見たことがないのだから)
戦争終結から二年、夜会もつつがなく開催されるようになった。
きらびやかなシャンデリアの揺らめきに、戦争の影がすっかり取り払われていた。
エレナ女王のもと、エミーユは宮廷楽長として忙しい日々を送っていた。楽団員を集め、曲を作り、式典や夜会やお茶会での演奏の指揮に、サロンでの音楽会ではたまにバイオリンも弾く。
燃えるような赤毛の客を見れば演奏の合間についついその客に目が向かった。
(ふふ、マリウスのような見事な赤毛だ。でっぷりとしたお腹をしてるけど、もしかしたらマリウスだったりして)
目を凝らして見れば、マリウスとは似ても似つかない中年の紳士だったりする。
(いや、案外、急に老けて、あんな感じになってるかもな)
その日は、グレン帝国の新皇帝を迎えるとあって、王宮じゅうが浮足立っていた。
アウグスト新皇帝は大陸に平和をもたらした中心人物だ。
新皇帝はその後も新しい風を吹かせ続け、庶民や妖人をも高官に重用し、人身売買の禁止など、次々とこれまでのグレンの悪行を正す法律を打ち立てているらしい。
大国であるグレン帝国の変化は各地にも影響し、人々の間で、古い価値観が取り払われ、より公正で偏見のない社会が作られている。
これらはエレナ女王からの受け売りで、それだけエレナ女王はアウグスト帝に一目を置いているということだが、みなが敬愛するエレナ女王の影響もあって、王宮じゅう、いや、国じゅうの誰もがアウグスト帝に肯定的な印象を抱き、その一団の訪問を楽しみにしていた。
エミーユも一度だけアウグスト帝を見たことがあった。
二年前、アウグスト帝の一団が和平条約を結ぶために国境沿いの町にやってきたときだった。
帝国内に残る旧皇帝派の残党を平定する途上であったために、アウグスト帝の一行は軍装を解かないままだった。
アウグスト帝ら一団は、勇壮というよりも、荒くれの集まりにしか見えなかった。
遠目に、アウグスト帝の銀髪が風になびいていた。
そのすぐ後ろに揺れる赤毛。
アウグスト帝の側近に燃えるような赤毛の人物がいた。
(マリウス? まさか、ね。あの泣き虫がグレンの新皇帝の側近のはずがない)
目を凝らして見たが、よくわからなかった。
(赤毛の側近も皇帝と一緒に来るのかな)
それを思えば、エミーユも浮足立つ。
エルラント王都にやってきたアウグスト帝の兵団は、人々に熱狂的に出迎えられた。
王宮前広場で、エレナ女王の出迎えがあった。エミーユも宮廷楽団を指揮しながら出迎えた。
馬上の皇帝らは、甲冑を被ったままだった。
夜会が、皇帝らの姿を間近で見る初めての機会だった。
(落ち着け、落ち着け。夜会で失敗でもしたらエレナ陛下に恥をかかせることになる)
皇帝ら一団がまもなくホールに入来する旨の合図があった。ホールが急に静まり返る。
出迎えるエルラントの貴族たちも、皇帝の入場を前に緊張しているらしい。
ホールの入り口のドアが厳かに開く。エミーユは指揮棒を振り上げた。
入来に合わせて曲が始まる。
皇帝が女王の前で止まったところで曲を終える。
エミーユは、指揮棒を下げて、皇帝ら一団を振り返った。側近の中に赤毛が、燃えるような赤毛があった。
(マリウス………?!)
赤毛は体格が良く、見栄えがする。
(マリウスに似ている……!)
グレンの軍服を颯爽と着込んで悠然と立っている。
(あれはマリウスではない。マリウスは、兵士に戻りたくないと泣いていた。だから軍に戻るはずがないんだ。他人の空似だ)
エミーユは気を取り直して楽団を振り返った。
しかし、演奏の合間に赤毛に目をやることを抑えられなかった。
何度見ても、マリウスにしか見えない。
(マリウスなのか……?)
あんまり赤毛を見すぎたせいか、楽団の付近に居合わせた赤毛と目が合った。赤毛は、人越しにきれいな微笑を寄越してきた。
(マリウス! そんな作り笑いを私に浮かべるだなんて。私のことをもう忘れてしまったのか?)
エミーユの目に涙が浮かんできた。
それから演奏を終えるたびに、マリウスを探した。燃えるような赤毛は随分と探しやすかった。
マリウスも何度も目を合わせてきた。一瞬、もの問いたげな顔をするも、きれいな微笑を寄越してきた。
(ああ、そうか。マリウスは私をわからないんだ。私の顔を見たことがないのだから)
61
お気に入りに追加
1,017
あなたにおすすめの小説

【完結】おじさんはΩである
藤吉とわ
BL
隠れ執着嫉妬激強年下α×αと誤診を受けていたおじさんΩ
門村雄大(かどむらゆうだい)34歳。とある朝母親から「小学生の頃バース検査をした病院があんたと連絡を取りたがっている」という電話を貰う。
何の用件か分からぬまま、折り返しの連絡をしてみると「至急お知らせしたいことがある。自宅に伺いたい」と言われ、招いたところ三人の男がやってきて部屋の中で突然土下座をされた。よくよく話を聞けば23年前のバース検査で告知ミスをしていたと告げられる。
今更Ωと言われても――と戸惑うものの、αだと思い込んでいた期間も自分のバース性にしっくり来ていなかった雄大は悩みながらも正しいバース性を受け入れていく。
治療のため、まずはΩ性の発情期であるヒートを起こさなければならず、謝罪に来た三人の男の内の一人・研修医でαの戸賀井 圭(とがいけい)と同居を開始することにーー。

白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

【完結】恋愛経験ゼロ、モテ要素もないので恋愛はあきらめていたオメガ男性が運命の番に出会う話
十海 碧
BL
桐生蓮、オメガ男性は桜華学園というオメガのみの中高一貫に通っていたので恋愛経験ゼロ。好きなのは男性なのだけど、周囲のオメガ美少女には勝てないのはわかってる。高校卒業して、漫画家になり自立しようと頑張っている。蓮の父、桐生柊里、ベータ男性はイケメン恋愛小説家として活躍している。母はいないが、何か理由があるらしい。蓮が20歳になったら母のことを教えてくれる約束になっている。
ある日、沢渡優斗というアルファ男性に出会い、お互い運命の番ということに気付く。しかし、優斗は既に伊集院美月という恋人がいた。美月はIQ200の天才で美人なアルファ女性、大手出版社である伊集社の跡取り娘。かなわない恋なのかとあきらめたが……ハッピーエンドになります。
失恋した美月も運命の番に出会って幸せになります。
蓮の母は誰なのか、20歳の誕生日に柊里が説明します。柊里の過去の話をします。
初めての小説です。オメガバース、運命の番が好きで作品を書きました。業界話は取材せず空想で書いておりますので、現実とは異なることが多いと思います。空想の世界の話と許して下さい。

孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
運命の息吹
梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。
美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。
兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。
ルシアの運命のアルファとは……。
西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

さよならの向こう側
よんど
BL
''Ωのまま死ぬくらいなら自由に生きようと思った''
僕の人生が変わったのは高校生の時。
たまたまαと密室で二人きりになり、自分の予期せぬ発情に当てられた相手がうなじを噛んだのが事の始まりだった。相手はクラスメイトで特に話した事もない顔の整った寡黙な青年だった。
時は流れて大学生になったが、僕達は相も変わらず一緒にいた。番になった際に特に解消する理由がなかった為放置していたが、ある日自身が病に掛かってしまい事は一変する。
死のカウントダウンを知らされ、どうせ死ぬならΩである事に縛られず自由に生きたいと思うようになり、ようやくこのタイミングで番の解消を提案するが...
運命で結ばれた訳じゃない二人が、不器用ながらに関係を重ねて少しずつ寄り添っていく溺愛ラブストーリー。
(※) 過激表現のある章に付けています。
*** 攻め視点
※当作品がフィクションである事を理解して頂いた上で何でもOKな方のみ拝読お願いします。
※2026年春庭にて本編の書き下ろし番外編を無配で配る予定です。BOOTHで販売(予定)の際にも付けます。
扉絵
YOHJI@yohji_fanart様
事故つがいの夫は僕を愛さない ~15歳で番になった、オメガとアルファのすれちがい婚~【本編完結】
カミヤルイ
BL
2023.9.19~完結一日目までBL1位、全ジャンル内でも20位以内継続、ありがとうございました!
美形アルファと平凡オメガのすれ違い結婚生活
(登場人物)
高梨天音:オメガ性の20歳。15歳の時、電車内で初めてのヒートを起こした。
高梨理人:アルファ性の20歳。天音の憧れの同級生だったが、天音のヒートに抗えずに番となってしまい、罪悪感と責任感から結婚を申し出た。
(あらすじ)*自己設定ありオメガバース
「事故番を対象とした番解消の投与薬がいよいよ完成しました」
ある朝流れたニュースに、オメガの天音の番で、夫でもあるアルファの理人は釘付けになった。
天音は理人が薬を欲しいのではと不安になる。二人は五年前、天音の突発的なヒートにより番となった事故番だからだ。
理人は夫として誠実で優しいが、番になってからの五年間、一度も愛を囁いてくれたこともなければ、発情期以外の性交は無く寝室も別。さらにはキスも、顔を見ながらの性交もしてくれたことがない。
天音は理人が罪悪感だけで結婚してくれたと思っており、嫌われたくないと苦手な家事も頑張ってきた。どうか理人が薬のことを考えないでいてくれるようにと願う。最近は理人の帰りが遅く、ますます距離ができているからなおさらだった。
しかしその夜、別のオメガの匂いを纏わりつけて帰宅した理人に乱暴に抱かれ、翌日には理人が他のオメガと抱き合ってキスする場面を見てしまう。天音ははっきりと感じた、彼は理人の「運命の番」だと。
ショックを受けた天音だが、理人の為には別れるしかないと考え、番解消薬について調べることにするが……。
表紙は天宮叶さん@amamiyakyo0217
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる