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戦争終結と平和の到来3
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「きゃははっ、きゃはぁっ」
「まあ、真っ赤な髪に紫の目、お相手の方譲りなのね?」
リベルの目は紫水晶の色だった。きっとマリウスの目の色を受け継いだのだろう。
「ええ、多分」
「たぶん?」
「髪は彼そっくりですが、私は彼の目を見たことがないので」
母親が顔を曇らせた。性被害に遭った上にできた子だとでも思ったのかもしれない。
「ち、ちがいます。私は彼のことをちゃんと愛していました。彼も私のことを想ってくれていました」
もの問いたげな母親に、エミーユは説明する。
「彼は目を怪我をしていました。私がその世話をしていたのです。マリウスは強くて立派な人でした」
グレンの兵士であることと、わざと目に包帯を巻いていたことは、説明しなかった。
母親は今はその相手はいなくなってしまったことを悟ったようだった。
「マリウスさんはもうエミーユのそばにはいないのね?」
「はい」
エミーユは目を伏せた。
「マリウスはおそらく貴族の子で、私とは到底釣り合わず、私が彼を置いて逃げたのです」
「そんな、どうして……? あなたのお父さんだって、グレンの貴族の生まれなのに……!」
「彼は立派で、あのころの私はあまりにみすぼらしくて、私は彼にふさわしくないように思えて」
「そんなこと! あなただって立派です! 立派に見えます!」
母親はエミーユを上から下まで眺めて言った。
今のエミーユは宮廷楽長としてそれなりの生活をしている。服装にもそれが現れていた。
襟のついたシャツにジャケットを羽織り、革靴を履いている。
しかし、あの頃は掘っ立て小屋に住んで、ボロ布を纏っていたのだ。履き物は草で編んだものだった。
今思えば、戦火から逃げのびた人々の生活など、どれもひどかった。エミーユも戦争のしわ寄せを被っていたにすぎない。
今となってはときおり、マリウスのもとをあれほど強引に去ってしまわずともよかったのではないかと思うこともある。マリウスはエミーユのそばにいたがっていた。エミーユだってマリウスを愛していた。
しかし、それも平和になった今だから思えることであって、グレン兵の略奪を目の当たりにして、父親を殺されて母親を連れて行かれる、という恐怖を心に植え付けられたエミーユには、自分が妖人であることが不安でしようがなかった。自分といたらマリウスも殺されてしまう。そういう恐怖があった。
「もう終わったことです、お母さん」
所詮、考えても仕方のないことだ。
それに今はマリウスとのことは日々の忙しい生活に埋もれて良い思い出となっている。
ただ一つ、リベルから父親を奪うことになってしまったことが申し訳ないことだった。しかし、戦争で父親を失った子どもなんてごまんといる。
それにいつか会えるのではないか。あのマリウスのことだ、いろんな人に甘えて助けてもらって、きっと生き延びているはずだ。生きていればまた会えるかもしれない。
(この子の赤毛が良い目印になってくれる)
リベルの赤毛を撫でるエミーユを、母親はいたわるような目つきで見る。
「えみーう、しゅき。だぃしゅき」
エミーユに移ってきたリベルが言った。
「私もだよ、リベルが大好きだ」
エミーユがリベルの腹に顔を当てて頬をこすると、くすぐったいのか可愛い声を上げた。
「きゃはぁっ、きゃははあっ」
「まあ、リベルちゃん、元気だこと。こっちにいらっしゃいな」
母親は目に涙を浮かべながらも、澄んだ笑みを浮かべた。
息子が帰ってきてくれたのだ、しかも可愛い子どもを腕に抱いて。こんなに嬉しいことはない。
「きっきゃあ、うふぅっ」
リベルは笑い声をあげて、広げられた祖母の腕に移って行った。
「まあ、真っ赤な髪に紫の目、お相手の方譲りなのね?」
リベルの目は紫水晶の色だった。きっとマリウスの目の色を受け継いだのだろう。
「ええ、多分」
「たぶん?」
「髪は彼そっくりですが、私は彼の目を見たことがないので」
母親が顔を曇らせた。性被害に遭った上にできた子だとでも思ったのかもしれない。
「ち、ちがいます。私は彼のことをちゃんと愛していました。彼も私のことを想ってくれていました」
もの問いたげな母親に、エミーユは説明する。
「彼は目を怪我をしていました。私がその世話をしていたのです。マリウスは強くて立派な人でした」
グレンの兵士であることと、わざと目に包帯を巻いていたことは、説明しなかった。
母親は今はその相手はいなくなってしまったことを悟ったようだった。
「マリウスさんはもうエミーユのそばにはいないのね?」
「はい」
エミーユは目を伏せた。
「マリウスはおそらく貴族の子で、私とは到底釣り合わず、私が彼を置いて逃げたのです」
「そんな、どうして……? あなたのお父さんだって、グレンの貴族の生まれなのに……!」
「彼は立派で、あのころの私はあまりにみすぼらしくて、私は彼にふさわしくないように思えて」
「そんなこと! あなただって立派です! 立派に見えます!」
母親はエミーユを上から下まで眺めて言った。
今のエミーユは宮廷楽長としてそれなりの生活をしている。服装にもそれが現れていた。
襟のついたシャツにジャケットを羽織り、革靴を履いている。
しかし、あの頃は掘っ立て小屋に住んで、ボロ布を纏っていたのだ。履き物は草で編んだものだった。
今思えば、戦火から逃げのびた人々の生活など、どれもひどかった。エミーユも戦争のしわ寄せを被っていたにすぎない。
今となってはときおり、マリウスのもとをあれほど強引に去ってしまわずともよかったのではないかと思うこともある。マリウスはエミーユのそばにいたがっていた。エミーユだってマリウスを愛していた。
しかし、それも平和になった今だから思えることであって、グレン兵の略奪を目の当たりにして、父親を殺されて母親を連れて行かれる、という恐怖を心に植え付けられたエミーユには、自分が妖人であることが不安でしようがなかった。自分といたらマリウスも殺されてしまう。そういう恐怖があった。
「もう終わったことです、お母さん」
所詮、考えても仕方のないことだ。
それに今はマリウスとのことは日々の忙しい生活に埋もれて良い思い出となっている。
ただ一つ、リベルから父親を奪うことになってしまったことが申し訳ないことだった。しかし、戦争で父親を失った子どもなんてごまんといる。
それにいつか会えるのではないか。あのマリウスのことだ、いろんな人に甘えて助けてもらって、きっと生き延びているはずだ。生きていればまた会えるかもしれない。
(この子の赤毛が良い目印になってくれる)
リベルの赤毛を撫でるエミーユを、母親はいたわるような目つきで見る。
「えみーう、しゅき。だぃしゅき」
エミーユに移ってきたリベルが言った。
「私もだよ、リベルが大好きだ」
エミーユがリベルの腹に顔を当てて頬をこすると、くすぐったいのか可愛い声を上げた。
「きゃはぁっ、きゃははあっ」
「まあ、リベルちゃん、元気だこと。こっちにいらっしゃいな」
母親は目に涙を浮かべながらも、澄んだ笑みを浮かべた。
息子が帰ってきてくれたのだ、しかも可愛い子どもを腕に抱いて。こんなに嬉しいことはない。
「きっきゃあ、うふぅっ」
リベルは笑い声をあげて、広げられた祖母の腕に移って行った。
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