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路上のバイオリン弾き

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 小屋を出たエミーユは、路銀が尽きるまで乗り合い馬車を乗り継いだ。少しでも遠い場所でなければ、マリウスのもとに戻ってしまいそうだった。
 やがて、鉄道駅のある大きな町に行き着いた。
 駅前は故郷エルラントの港町のように人が行き交っていた。駅前広場には浮浪者や乞食が住み着いていた。
 エミーユは夕方までぼんやりとベンチに座って、行き交う人々を眺めていた。物売りやら大道芸人も視界に入った。
 エミーユの格好からして乞食にしか見えないのか、荷物をかっぱらおうとする人も寄ってこなかった。
 日が暮れて広場の木陰に寝床を得た。鞄を枕に草の上に横になる。思い浮かぶのはマリウスのことばかりだった。

(マリウス、もう、小屋を出たかな)

 テーブルに並べておいた剣や軍袋や食料が、マリウスの出発を促すはずだ。
 それでも心配ばかりが募る。

(泣いていたらどうしよう。いや、あの子は大泣きしているに違いない)

 エミーユの胸が痛んでどうしようもなくなる。
 その夜は一向に寝付けない。

(でも、あの子は大泣きしてもちゃんと涙を拭いて前を向くはずだ)

 マリウスは、いろいろと優れていた。目が見えなくても驚くほどに動けていたし、手先も器用だった。
 それにマリウスの乗馬姿は力強さにあふれていた。

(あの馬がマリウスを助けるだろう)

 馬はマリウスに懐いていた。そもそも、あの馬がエミーユにマリウスを助けさせた。非常に賢い馬だった、

(だから、マリウスは大丈夫だ)

 そう思うも、思考は堂々巡りをする。

(でも、やっぱり泣いているだろうな。大泣きするんだろうな)

 その夜は一睡もできずにまんじりと過ごす。

 人々が目覚めて活動し始めた頃、エミーユはバイオリンを取り出した。
 思えばバイオリンに触れるのは久しぶりのことだった。マリウスが起き上がれるようになってからは、バイオリンを弾く気分にはならなかった。
 寂しいときの友だちだったバイオリン。毎日弾いていたバイオリンなのに、マリウスのおかげで必要としなかった。
 邪魔にならないよう、音色が雑踏に紛れそうな場所で、弾き始めた。
 その旋律はもの悲しいものだったが、不思議と心を落ち着かせる透き通った音色で、道行く人はときおり足を止めて耳を澄ませる。

(可愛いマリウス。マリウスに幸あらんことを…………!)

 エミーユは一心不乱にバイオリンを弾き続けた。
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