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草原の別れ2

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 マリウスが目覚めたのは日が高くなってからだった。起きるなり、隣に手を伸ばした。
 隣は空だった。
 マリウスは飛び起きた。
 エミーユがいない。
 小屋の中の空気が変わっているのを感じ取った。

「エミーユ?」

 マリウスは視界が戻っているのに気付いた。

(目が見える?!)

 初めて見る光景だが、よく知っている場所。そんな場所を目にする。ひと目で見渡せる狭さ。
 ひどくわびしいが、温かい場所だった。
 しかし、その温かさの源がいない。

「エミーユ! どこ? エミーユ!」

 マリウスにはエミーユがいないことがとても不安だった。

「エミーユ、お願い、出てきて。どこ?」

 戸口に向かう。戸口には軍靴以外なかった。
 小屋の外に出ても姿が見えなかった。

(エミーユはどこかに出かけたのか? 水汲みに行った?)

「エミーユーーーーッ!!」

 感覚を頼りに岩場まで走った。裸足に全裸であることなど気にならなかった。
 岩場には黄色い花がたくさん咲いていた。
 見たかった光景だが、そのときのマリウスには何の情動も起きなかった。
 ただ、エミーユがいない、それだけに気を取られている。
 小屋に戻ると、ブラックベリー号が近寄ってきた。

「ブラックベリー、エミ、エミーユは、どこ?」

 もちろん、馬に答えることなどできない。
 エミーユが用意したのか、ブラックベリー号の飲み水が桶にたくさん張っていた。

(エミーユ、どこに行ったんだ……?)

 ヤギが一匹いたはずだが、それもいない。繋いでいただろう杭だけが残っている。
 マリウスに嫌な考えが過る。

(まさか、俺を捨てた……?)

 小屋に戻ると、テーブルの上にマリウスの衣服が置いてあった。きれいにたたんでいる。剣も軍袋もきちんと並べられていた。
 これみよがしに、パンと干し肉が用意されていた。一食分ではない。用意できる分がありったけ用意されているようにしか見えなかった。
 マリウスが考えるまでもなかった。これは出発の用意だ。エミーユはマリウスの旅の用意をして、そして、自分も出て行ったのだ。

(エミーユ、うそだ、どうして……)

 マリウスは床に膝をついた。

(エミーユ、おれをすてたの……?)

 ふらふらと立ち上がると、パンを割った。中まで冷めている。おそらく出て行ったのは随分前だ。
 マリウスは衣服を着込むとブラックベリー号に飛び乗った。

(町はどっちだ?)

 丘を下った先に、建物の寄った集落が見えた。宿場町だ。
 徒歩ならば一刻はかかりそうだが、馬なら四半刻で着きそうだ。

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