【本編完結】溺愛してくる敵国兵士から逃げたのに、数年後、××になった彼に捕まりそうです

萌於カク

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甘えん坊の泣き虫マリウス

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 マリウスは順調に快復した。次の日には一人で小川にも行けるようになっていた。耳も鼻も利くらしく、せせらぎの音を頼りに小川に一人で行って用を足し、煮炊きの匂いを頼りに小屋まで戻ってくる。
 そうなれば、エミーユの手伝いをしたがるようになった。

「あ、あの、何かやることないかな、力仕事でも何でもやるけど……」

 おずおずと訊いてくる。
 ことさら力仕事を強調するのは、マリウスの介助するエミーユの体が華奢であることに気づいたせいだろう。

(これでも私は力持ちだ)

 エミーユは内心でムッとする。
 それに、力仕事などさせてまた傷口が開けば大変だ。

(早く追い出せる程度に治ってもらわなければ)

 マリウスの怪我が快復すれば、町に連れて行って、そこに置き去りにするつもりだった。
 あとはマリウス一人でも何とかなるだろう。馬に剣があれば当面の生活には困らない。用心棒にでも雇ってもらえるし、グレンに戻れば兵士に復員できるだろう。
 目に包帯を巻いたままで町に連れて行くつもりだった。それなら、小屋の場所もわからない。
 グレンの獣人兵士に住処を知られたくはない。

 マリウスが始終エミーユに付きまとって、「何かすることはないか」とうるさいので、豆の皮むきや粉引き仕事をしてもらうことにした。
 マリウスは皮のついた豆にも、粉引き道具にも、珍しそうに触れている。

「俺、こんなのに触ったことがない」

 子どもがおもちゃを喜ぶようにいじり始めた。
 マリウスの手先はとても器用だった。きちんと説明を聞くし、手を動かせば手早く仕事をこなす。

「豆の皮って柔らかいな。うまそう! 食ってみよう!」

 そう言って豆の皮を口に含んだのには驚いた。マリウスは、しかし、すぐに後悔したような顔になる。その豆の皮はどんな煎じ薬よりも苦い。

「うっ………」

 苦しそうな顔をする。しかし、外には出さずに、思い切ったようにごくんと飲み込んだ。
 その顔つきに、エミーユは、ふふっ、と笑い声を上げた。
 マリウスは自分のことを笑われたとわかったのか、真っ赤な顔になる。

(またリンゴになった。まるで百面相だな)

 エミーユはこらえきれずにまた笑い声をあげた。
 マリウスは唇を突き出しながらも、エミーユの笑い声に耳を澄ませている。
 やがてマリウスは、エミーユに釣られたように笑いはじめた。白い歯がきれいに並んでいた。
 エミーユはふとマリウスのことが知りたくなった。

「あなたはいったい何歳なんです?」
「え? お、おれ? えっと、17、いや、18になったところだけど」

 エミーユは呆気に取られて眺めた。
 エミーユには、マリウスがまだほんの子どもにしか見えなかった。体は大きいが、15、6歳かと思っていた。

「え、ほんとに? そんなに大きいのですか?」

 マリウスはまた唇を突き出す。

「うん、そうだよ。もう大人だ」

 そういって頬を膨らませる。そんな顔をすればますます子どもっぽい。

「エミーユは?」

 マリウスはエミーユに訊き返してきた。

「え?」
「あなたの年だ」
「私も18です」
「え、同い年? あ、そうなんだあ。ふうん、なんかもっと大人の人だと思ってた」

 マリウスは恥ずかしそうにはにかんだ。

(あなたが子どもっぽいだけだ)

 エミーユは内心でつぶやいた。

(いったい、この子はどんな育ち方をしたのだろう。さやのついた豆も粉引き道具も知らないなんて。育ちがいいのだろうか。この子どもっぽさは、周囲に甘やかされて育ったことは間違いがない。なのに、可哀そうに戦争に駆り出されて)

 マリウスがグレン兵であることを思い出してエミーユの胸がざわついた。
 胸のざわつきを抑えようとしても、難しかった。
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