【本編完結】溺愛してくる敵国兵士から逃げたのに、数年後、××になった彼に捕まりそうです

萌於カク

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両親を奪われた夜のこと

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 この大陸には、100人に5人ずつの割合で獣人と妖人ようじんがいる。
 それは男女の性とは別の第二性を持つ者たちのことだ。
 獣人は精を出して妖人を孕ませることができ、妖人は子宮があり獣人の子を宿すことができる。そのどちらでもない者を純人じゅんじんと呼んでいる。

 獣人の傾向として、逞しい体つきに尖った犬歯、それに優れた身体能力を持ち、支配者層に多い。
 一方、妖人は華奢な体つきで社会の底辺層に多い。

 妖人が社会でまともな地位につけないのには理由があった。妖人にはひと月に一度の発情期があり、発情中は臭気を発して獣人を誘ってしまう。
 獣人は妖人の発情を前に、性衝動を抑えられなくなる。そのために、支配者層に多い獣人の社会活動を妨げるものとして、妖人は忌避されている。

 獣人と妖人にはもう一つ大きな特性がある。妖人は獣人の怪我や痛みを癒すことができるのだ。怪我をそのまま引き受けることもできるし、痛みだけを癒すこともできる。
 この特性のために、妖人は獣人に人身売買されることも多い。富裕層の獣人が妖人を買い集めてストックしているのはよく耳にする話だった。もっとも、非人道的なそれはおおっぴらにはならない。

 エミーユの父親は獣人で、母親は妖人だった。しかし、世間一般と違って、父親は母親を一人の人間として、そして配偶者として、とても大切にしていた。
 二人はともにグレンの生まれで、父親はグレンの宮廷付きのバイオリン職人で、母親は娼館に生れついた。二人は身分違いの恋に落ちて、周囲の反対を押し切って一緒になった。

 前グレン皇帝が死んで、現皇帝になってから、グレンの国内情勢が一変した。現皇帝は周辺国への侵攻を始めた。その一環として、妖人を狩りはじめた。
 グレンは獣人と妖人の特性を戦争に利用し始めたのだ。身体能力の高い獣人を兵士に集めて前線に立たせ、怪我を受ければ妖人に引き受けさせる。

 あってはならない非人道なことだったが、もともとグレンでは妖人は人として扱われていないほど、その地位は低かった。妖人をそうやって国の役に立てるのは良いとする向きもグレン内では見られた。
 兵士の怪我をすべて引き受けるわけではない。多少でも引き受ければ、死にかけた兵士の命を救うことだってできる。
 そう喧伝 けんでんされれば、人道的な方法に見えた。兵士を死なせずに済む。
 グレン帝国内の妖人は狩られるようになった。グレンの領土拡大の過程では、侵攻先に妖人を見つければ容赦なく連れ去られた。

 エミーユの両親はグレンの情勢が見て取ると、グレンを出た。末端貴族の三男坊とはいえ宮廷に仕える職人としての裕福な暮らしぶりを捨て、居着いた先が北方のエルラント王国だった。
 北方諸国ほど、妖人への差別意識は低く、そのために、エミーユの両親はエルラントでは過ごしやすかったようだ。

 エミーユは両親の居着いた先である、エルラントの港町で生まれた。
 エルラントでの生活は決して裕福なものではなかったが、エミーユには温かいものだった。
 父親は昼じゅう地下の工房にこもってバイオリンを作ったり修理したりする。母親は娼館にいた頃に覚えた薬草の知識を生かして、煎じ薬を作り、客に届ける。
 二人は夕方には仕事を終えて、二人で台所に立つ。父親は料理が、母親はお菓子作りが得意だった。

 エミーユが教会学校から戻れば、いつも二人が温かく出迎えてくれた。平日の夜には三人でご飯を食べて、休日には父親がバイオリンを奏でるのを聞いたり、母親の作ったお菓子を食べたりして過ごす。思えば何の不安も恐れもない、のんきで楽しい日々だった。
 エルラントでの平和な暮らしもある日、突然に終わりを告げた。グレンがエルラントにまで侵攻したのだ。
 今から6年前、エミーユが12歳のときのことだった。
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