5 / 78
星空の出会い5
しおりを挟む
マリウスを椅子に座らせると、エミーユはスープと煮物を皿に注いだ。
マリウスに左手で皿を触らせて、スープの皿の位置を伝える。
スープをすくってスプーンに唇につけたマリウスは飛び上がった。
「あっつ、あっつ」
マリウスは、かなりひどい猫舌のようだった。
(まだまだ子どもだな)
大きな背中を丸めて「あっつ」とやっている姿に、エミーユはどことなく可笑しみを覚えた。しかしながら可哀そうになって、すぐに冷めるように煮物の根菜をスプーンで小さく割った。
息を吹きかけて冷ましたものを、マリウスの口に近づける。
「マリウス、口を開けてください。根菜のミルク煮です。いつもは塩だけですが、今日は特別にハチミツを入れましたので、多分おいしいです」
従順に口を開けるマリウスにスプーンを挿し入れてやる。
「おいしい!」
マリウスは飲み込むと、また、甘えるように口を開けた。
大きいのに幼い子のようなマリウスが可笑しくなって、エミーユは、ふふっ、と声を上げて笑ってしまった。
マリウスが自分のことを笑われたのだとわかって、真っ赤になる。
「じ、自分で、食べる」
エミーユは根菜の煮物の皿をマリウスの左手に触らせた。
マリウスは目が見えないのに器用にスプーンに根菜を乗せて口元へと運ぶ。
あっという間に平らげてしまった。
エミーユは足りなくなることを心配して、自分のものを半分、鍋に戻しておいた。
マリウスは「おいしい!」と声を上げながら、あっという間に皿を空にした。
皿が空になったことに気づくと、しょんぼりと項垂れている。
「お代わり、ありますよ」
そう言えば、尻尾を振る犬のように嬉しそうな顔をする。
エミーユはマリウスの皿が空になるたびにお代わりを注いでやった。マリウスは鍋をからっぽにした。
(まだ足らなかったらどうしよう)
エミーユの心配は杞憂で終わった。マリウスもさすがに鍋を二つとも空にすれば満足そうに腹を撫でている。
「あーうまかった!」
マリウスは無邪気な声を上げたが、すぐに世話になっている自分の状況を思い出したのか、顔を赤らめた。
「あ、あの、おいしかった。ありがとう、ごちそうさま」
エミーユは、「ごちそうさま」を久しぶりに聞いた。
最後に聞いたのはたぶん、両親がいなくなった夜だ。最後に三人で食べたテーブルの席でのこと。
もう6年も前のことになる。
6年前、エミーユの父親を殺し、母親を連れ去っていったのは、故郷の町に攻め込んだグレンの兵団だった。
エミーユにとってグレン兵は親の仇。もっとも憎い相手。なのに、その兵士と向き合って、和んでいるだなんて。
エミーユは浮ついたような気分でいたことを恥じた。
(相手は親の仇だぞ。気を許すな)
どことなく楽しかった気持ちは水を浴びたように冷めた。
(早く、このグレン兵を追い出さなければ)
「マリウス」
エミーユの口からは思いのほか低い声が出ていた。
マリウスのどこかはにかんだ顔がハッと強張った。マリウスはエミーユの声のする方に顔を向けると身構えた。
「エミーユ……、な、に?」
「あなたはグレンの兵士だ。グレンは今どこまで攻め込んでいるのです?」
それはエミーユが確かめておかねばならないことだった。この地でグレン兵士を見たのはマリウスが初めてだった。グレンがここ、ノルラントまで攻め込んできたのか。もしも近くまで侵攻しているのならば、すぐにここを出て北上しなければならない。
「グ、グレンは、ノルラントに攻め込んだけど、押し返されて敗走した。今はエルラントに戻っている、と思う」
エミーユは内心で胸を撫でおろした。であれば、しばらくの間、ここは安全だ。
エミーユはマリウスを見つめた。
(どうして、あなたは自分の怪我をゴミ入れに捨てなかったのか)
マリウスは背を伸ばし緊張したような顔をエミーユに向けていた。
自分が歓迎されるべき客ではないことを知っている顔だ。
マリウスに左手で皿を触らせて、スープの皿の位置を伝える。
スープをすくってスプーンに唇につけたマリウスは飛び上がった。
「あっつ、あっつ」
マリウスは、かなりひどい猫舌のようだった。
(まだまだ子どもだな)
大きな背中を丸めて「あっつ」とやっている姿に、エミーユはどことなく可笑しみを覚えた。しかしながら可哀そうになって、すぐに冷めるように煮物の根菜をスプーンで小さく割った。
息を吹きかけて冷ましたものを、マリウスの口に近づける。
「マリウス、口を開けてください。根菜のミルク煮です。いつもは塩だけですが、今日は特別にハチミツを入れましたので、多分おいしいです」
従順に口を開けるマリウスにスプーンを挿し入れてやる。
「おいしい!」
マリウスは飲み込むと、また、甘えるように口を開けた。
大きいのに幼い子のようなマリウスが可笑しくなって、エミーユは、ふふっ、と声を上げて笑ってしまった。
マリウスが自分のことを笑われたのだとわかって、真っ赤になる。
「じ、自分で、食べる」
エミーユは根菜の煮物の皿をマリウスの左手に触らせた。
マリウスは目が見えないのに器用にスプーンに根菜を乗せて口元へと運ぶ。
あっという間に平らげてしまった。
エミーユは足りなくなることを心配して、自分のものを半分、鍋に戻しておいた。
マリウスは「おいしい!」と声を上げながら、あっという間に皿を空にした。
皿が空になったことに気づくと、しょんぼりと項垂れている。
「お代わり、ありますよ」
そう言えば、尻尾を振る犬のように嬉しそうな顔をする。
エミーユはマリウスの皿が空になるたびにお代わりを注いでやった。マリウスは鍋をからっぽにした。
(まだ足らなかったらどうしよう)
エミーユの心配は杞憂で終わった。マリウスもさすがに鍋を二つとも空にすれば満足そうに腹を撫でている。
「あーうまかった!」
マリウスは無邪気な声を上げたが、すぐに世話になっている自分の状況を思い出したのか、顔を赤らめた。
「あ、あの、おいしかった。ありがとう、ごちそうさま」
エミーユは、「ごちそうさま」を久しぶりに聞いた。
最後に聞いたのはたぶん、両親がいなくなった夜だ。最後に三人で食べたテーブルの席でのこと。
もう6年も前のことになる。
6年前、エミーユの父親を殺し、母親を連れ去っていったのは、故郷の町に攻め込んだグレンの兵団だった。
エミーユにとってグレン兵は親の仇。もっとも憎い相手。なのに、その兵士と向き合って、和んでいるだなんて。
エミーユは浮ついたような気分でいたことを恥じた。
(相手は親の仇だぞ。気を許すな)
どことなく楽しかった気持ちは水を浴びたように冷めた。
(早く、このグレン兵を追い出さなければ)
「マリウス」
エミーユの口からは思いのほか低い声が出ていた。
マリウスのどこかはにかんだ顔がハッと強張った。マリウスはエミーユの声のする方に顔を向けると身構えた。
「エミーユ……、な、に?」
「あなたはグレンの兵士だ。グレンは今どこまで攻め込んでいるのです?」
それはエミーユが確かめておかねばならないことだった。この地でグレン兵士を見たのはマリウスが初めてだった。グレンがここ、ノルラントまで攻め込んできたのか。もしも近くまで侵攻しているのならば、すぐにここを出て北上しなければならない。
「グ、グレンは、ノルラントに攻め込んだけど、押し返されて敗走した。今はエルラントに戻っている、と思う」
エミーユは内心で胸を撫でおろした。であれば、しばらくの間、ここは安全だ。
エミーユはマリウスを見つめた。
(どうして、あなたは自分の怪我をゴミ入れに捨てなかったのか)
マリウスは背を伸ばし緊張したような顔をエミーユに向けていた。
自分が歓迎されるべき客ではないことを知っている顔だ。
61
お気に入りに追加
1,017
あなたにおすすめの小説

【完結】おじさんはΩである
藤吉とわ
BL
隠れ執着嫉妬激強年下α×αと誤診を受けていたおじさんΩ
門村雄大(かどむらゆうだい)34歳。とある朝母親から「小学生の頃バース検査をした病院があんたと連絡を取りたがっている」という電話を貰う。
何の用件か分からぬまま、折り返しの連絡をしてみると「至急お知らせしたいことがある。自宅に伺いたい」と言われ、招いたところ三人の男がやってきて部屋の中で突然土下座をされた。よくよく話を聞けば23年前のバース検査で告知ミスをしていたと告げられる。
今更Ωと言われても――と戸惑うものの、αだと思い込んでいた期間も自分のバース性にしっくり来ていなかった雄大は悩みながらも正しいバース性を受け入れていく。
治療のため、まずはΩ性の発情期であるヒートを起こさなければならず、謝罪に来た三人の男の内の一人・研修医でαの戸賀井 圭(とがいけい)と同居を開始することにーー。

白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

【完結】恋愛経験ゼロ、モテ要素もないので恋愛はあきらめていたオメガ男性が運命の番に出会う話
十海 碧
BL
桐生蓮、オメガ男性は桜華学園というオメガのみの中高一貫に通っていたので恋愛経験ゼロ。好きなのは男性なのだけど、周囲のオメガ美少女には勝てないのはわかってる。高校卒業して、漫画家になり自立しようと頑張っている。蓮の父、桐生柊里、ベータ男性はイケメン恋愛小説家として活躍している。母はいないが、何か理由があるらしい。蓮が20歳になったら母のことを教えてくれる約束になっている。
ある日、沢渡優斗というアルファ男性に出会い、お互い運命の番ということに気付く。しかし、優斗は既に伊集院美月という恋人がいた。美月はIQ200の天才で美人なアルファ女性、大手出版社である伊集社の跡取り娘。かなわない恋なのかとあきらめたが……ハッピーエンドになります。
失恋した美月も運命の番に出会って幸せになります。
蓮の母は誰なのか、20歳の誕生日に柊里が説明します。柊里の過去の話をします。
初めての小説です。オメガバース、運命の番が好きで作品を書きました。業界話は取材せず空想で書いておりますので、現実とは異なることが多いと思います。空想の世界の話と許して下さい。

孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
運命の息吹
梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。
美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。
兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。
ルシアの運命のアルファとは……。
西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

さよならの向こう側
よんど
BL
''Ωのまま死ぬくらいなら自由に生きようと思った''
僕の人生が変わったのは高校生の時。
たまたまαと密室で二人きりになり、自分の予期せぬ発情に当てられた相手がうなじを噛んだのが事の始まりだった。相手はクラスメイトで特に話した事もない顔の整った寡黙な青年だった。
時は流れて大学生になったが、僕達は相も変わらず一緒にいた。番になった際に特に解消する理由がなかった為放置していたが、ある日自身が病に掛かってしまい事は一変する。
死のカウントダウンを知らされ、どうせ死ぬならΩである事に縛られず自由に生きたいと思うようになり、ようやくこのタイミングで番の解消を提案するが...
運命で結ばれた訳じゃない二人が、不器用ながらに関係を重ねて少しずつ寄り添っていく溺愛ラブストーリー。
(※) 過激表現のある章に付けています。
*** 攻め視点
※当作品がフィクションである事を理解して頂いた上で何でもOKな方のみ拝読お願いします。
※2026年春庭にて本編の書き下ろし番外編を無配で配る予定です。BOOTHで販売(予定)の際にも付けます。
扉絵
YOHJI@yohji_fanart様
事故つがいの夫は僕を愛さない ~15歳で番になった、オメガとアルファのすれちがい婚~【本編完結】
カミヤルイ
BL
2023.9.19~完結一日目までBL1位、全ジャンル内でも20位以内継続、ありがとうございました!
美形アルファと平凡オメガのすれ違い結婚生活
(登場人物)
高梨天音:オメガ性の20歳。15歳の時、電車内で初めてのヒートを起こした。
高梨理人:アルファ性の20歳。天音の憧れの同級生だったが、天音のヒートに抗えずに番となってしまい、罪悪感と責任感から結婚を申し出た。
(あらすじ)*自己設定ありオメガバース
「事故番を対象とした番解消の投与薬がいよいよ完成しました」
ある朝流れたニュースに、オメガの天音の番で、夫でもあるアルファの理人は釘付けになった。
天音は理人が薬を欲しいのではと不安になる。二人は五年前、天音の突発的なヒートにより番となった事故番だからだ。
理人は夫として誠実で優しいが、番になってからの五年間、一度も愛を囁いてくれたこともなければ、発情期以外の性交は無く寝室も別。さらにはキスも、顔を見ながらの性交もしてくれたことがない。
天音は理人が罪悪感だけで結婚してくれたと思っており、嫌われたくないと苦手な家事も頑張ってきた。どうか理人が薬のことを考えないでいてくれるようにと願う。最近は理人の帰りが遅く、ますます距離ができているからなおさらだった。
しかしその夜、別のオメガの匂いを纏わりつけて帰宅した理人に乱暴に抱かれ、翌日には理人が他のオメガと抱き合ってキスする場面を見てしまう。天音ははっきりと感じた、彼は理人の「運命の番」だと。
ショックを受けた天音だが、理人の為には別れるしかないと考え、番解消薬について調べることにするが……。
表紙は天宮叶さん@amamiyakyo0217
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる