たまり場に湯気

闇雲の風

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77.暗い森

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 そういう世の中に、白井が一人きりで腹を空かせて、テーブルにへたり込んでいるのを見て、おかしかった。限界まで空腹でいたのに、あいつは誰にも何も求めない。助けてくれと言わない。しかし、それのどこがいけない。彼女が時間を無駄にしているだろうか。のらりくらりと途方もない無駄な時間を過ごしている俺とは違う。
 三本目の橋まで来たとき、空の彼方で雷が鳴った。晴天はあっという間に姿を変え、群褐色の空が広がる。それは地上にまで伸びてきそうなほどの暗雲だった。
 はたして、この褐色に絡め捕らわれてしまわない奴がいるだろうか。正しさがなにかわかるだろうか。黒い雲のあいだには、いっさいの光すら、差し込まないかもしれないというのに。
 白井が自由を手に入れた代わりに、見失ったものを届けることができるだろうか。見つけてあげることができるだろうか。こっちを見てくれるだろうか。
 あのとき隠されていた日記からあふれ出たのは、人間への憤りと幻滅。圧倒的な憎しみ、嫌悪。それらが彼女の胸の中にある暗い森で、渦巻いているのだとしたら。日記に記されていた”若林さんが好き”という言葉に、恐怖した。その文字を追った瞬間、悪寒が背筋を走り、その感覚は今も棲みついたままだ。人間を呪いながら、一体どんな感情で、好意を寄せているのか、理解できなかった。
 男が料理をするのは格好悪いと、偏見を撒き散らした綿谷のことを煩わしく感じた。それまで周りに合わせて、自分の気持ちは押し殺してきたけど、そうしなくてもいいのなら、別に男がやるべきもの、女がやるべきものなど、決まっていないと思う。性別によって、適性を割り振りされることが多いだけだ。
 もしかすると、人は人格を否定されることが一番辛いのかもしれない。今まで友人たちに、好んで料理をすることを認めてもらえなかった。話したことがないので、実際のところはわからないが、日常の細かな場面で、女が得意とするものの対象が男になると、それは女々しいという風潮になっていた。
 料理をするのは女々しいと、認めてもらえないのは悲しいこと。そもそも女々しいという言葉にも、偏見を感じる。そのような表現を平気でひけらかす綿谷を鬱陶しいと思う一方で、周囲からのけ者にされている奴も引っ張ってきて、仲間に加えるような、あいつの優しさは好きなのだ。
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