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75.喧騒の後
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他の客の食器を下げていると、ちょうど椅子から立ち上がった衣笠に、声をかけられた。
「若林、今度はあいつ連れてまた来るよ」
「あいつって?」
「元彼女」
衣笠は頬を緩ませ、歯の隙間をしいしい鳴らしながら、店を出ていった。次に、綿谷が靴をぺったんぺったん鳴らしながら、目の前に立った。
「よく食ってたじゃん?」
なにか言いたそうな顔をしているのに、何も言い出さないので、肘で綿谷の脇腹を小突いてやった。
「……お前も手伝ったのか」綿谷は気まずそうに聞いてきた。
「トマトの裏ごしくらいはやったよ」と答えると、綿谷はいきなり、がしっと俺の首に腕を回してきた。
「チキンライス、うまかったよ」
なぜか顔を赤くしてそれだけ言うと、綿谷もドアの向こうに消えていった。
つづいて後輩たちが次々と一礼しながら、店を出ていった。
最後に、いち段と小柄な男子がひとり残った。綿谷に意見をした、あの男子だった。
「何度か、家族と、この店に来たことがあるんです」
「へえ、そうだったんだ」
小柄ではあるが、筋肉の引き締まった彼の肩を見て、料理の代わりになる何かを見つけたくて、無理してサッカーに打ち込んでいたときのことを思い出した。
「俺が衣笠先輩にここを紹介したんです。安くて、ボリュームがあって、うまい店がありますよって」
安くて、ボリュームがあって、うまい……。確かに〈シューベルト〉は、そんな大衆的な条件にもピタリと当てはまる。なんだか、少しおかしくなった。
「この店、どこか懐かしい感じがして、大好きなんです。若林先輩。もっと、言いたいこと言ってもいいと思います」
そういうと、小柄な彼は、恥ずかしそうにしながらも、まっすぐな目でおれを見た。
喧騒は止み、最後の彼が店を出ていった後も、すぐには動く気になれなかった。
「若林、今度はあいつ連れてまた来るよ」
「あいつって?」
「元彼女」
衣笠は頬を緩ませ、歯の隙間をしいしい鳴らしながら、店を出ていった。次に、綿谷が靴をぺったんぺったん鳴らしながら、目の前に立った。
「よく食ってたじゃん?」
なにか言いたそうな顔をしているのに、何も言い出さないので、肘で綿谷の脇腹を小突いてやった。
「……お前も手伝ったのか」綿谷は気まずそうに聞いてきた。
「トマトの裏ごしくらいはやったよ」と答えると、綿谷はいきなり、がしっと俺の首に腕を回してきた。
「チキンライス、うまかったよ」
なぜか顔を赤くしてそれだけ言うと、綿谷もドアの向こうに消えていった。
つづいて後輩たちが次々と一礼しながら、店を出ていった。
最後に、いち段と小柄な男子がひとり残った。綿谷に意見をした、あの男子だった。
「何度か、家族と、この店に来たことがあるんです」
「へえ、そうだったんだ」
小柄ではあるが、筋肉の引き締まった彼の肩を見て、料理の代わりになる何かを見つけたくて、無理してサッカーに打ち込んでいたときのことを思い出した。
「俺が衣笠先輩にここを紹介したんです。安くて、ボリュームがあって、うまい店がありますよって」
安くて、ボリュームがあって、うまい……。確かに〈シューベルト〉は、そんな大衆的な条件にもピタリと当てはまる。なんだか、少しおかしくなった。
「この店、どこか懐かしい感じがして、大好きなんです。若林先輩。もっと、言いたいこと言ってもいいと思います」
そういうと、小柄な彼は、恥ずかしそうにしながらも、まっすぐな目でおれを見た。
喧騒は止み、最後の彼が店を出ていった後も、すぐには動く気になれなかった。
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