61 / 90
61.風の流れが変わったらしい
しおりを挟む
「作ってもいいけど、洋介。今日は『シューベルト』に手伝いに行かなくてもいいのか。サラダ作るのにも、結構時間かかるだろ」
当たり前のように、洋介がこの屋敷でくつろぐのが面白くなかったし、サラダを作るとしたら、それを待つのも避けたかった。
不自然な物言いになってしまったのではないかと心配したが、洋介はひとこと「まずい」とつぶやくと、あっというまに鞄を手にして、リビングの先に立っていた。
「また来る。そのときは、なんか作るから」
最後の言葉は、白井に言い残したようだった。目が合ったのか、白井はひらひらと洋介に手を振った。洋介も戸惑いながら、ぎこちなく手を振り返していた。
忍のようにやってきて、また風のように去って行く彼を、呆然と見送りながら、俺たちは腹を空かしていた。
「最近、洋介君いっつも、あんなだよね。せっかく来ても、ちょっとだけ顔を出して、すぐ帰る」
「何しに来てるか、分からないよな」
「もう少し、ちゃんといられたらいいのにね」
ごろごろロールキャベツが盛られた皿を白井に渡した。コップを出すため、すりガラスの巨大な食器棚を開ける。
「そうか? あいつがいたってうるさいだけだぞ。わがままだし、まだまだ料理だって独りよがりの域を出てない」
薄い皿が熱かったのか、白井はリビングのテーブルに向かって走っていった。よほど熱かったのか、ゴトンと皿が着地する音が、キッチンまで聞こえてきた。
「でも、このあいだ洋介君が作ってくれたクレープおいしかったよ。溶かした板チョコレートと、完熟バナナを包んで食べたの」
熱かった指を押さえながら、白井がキッチンを振り返った。ベランダから、風が吹き込んで、白井の髪を揺らした。風の流れが変わったらしい。
「俺がいないとき、洋介が来たのか」
「来たよ。キッチンにこもって何かしてるなあって思ってたら、三時のおやつにってクレープ焼いてるんだもん。あのときはびっくりしたな」
コップに、ペットボトルの水をどぼどぼと注ぐ。毎日、学校や寮で汲んできた水をペットボトルに移して保管している。
「あいつ、お菓子なんか作るんだ。おいしかった?」
コップの水面に、硬い表情の自分が映った。
「形はがたがただったけど、すごくおいしかった」
白井は思い出しているかのように、うっとりとし溜息を吐いていた。
当たり前のように、洋介がこの屋敷でくつろぐのが面白くなかったし、サラダを作るとしたら、それを待つのも避けたかった。
不自然な物言いになってしまったのではないかと心配したが、洋介はひとこと「まずい」とつぶやくと、あっというまに鞄を手にして、リビングの先に立っていた。
「また来る。そのときは、なんか作るから」
最後の言葉は、白井に言い残したようだった。目が合ったのか、白井はひらひらと洋介に手を振った。洋介も戸惑いながら、ぎこちなく手を振り返していた。
忍のようにやってきて、また風のように去って行く彼を、呆然と見送りながら、俺たちは腹を空かしていた。
「最近、洋介君いっつも、あんなだよね。せっかく来ても、ちょっとだけ顔を出して、すぐ帰る」
「何しに来てるか、分からないよな」
「もう少し、ちゃんといられたらいいのにね」
ごろごろロールキャベツが盛られた皿を白井に渡した。コップを出すため、すりガラスの巨大な食器棚を開ける。
「そうか? あいつがいたってうるさいだけだぞ。わがままだし、まだまだ料理だって独りよがりの域を出てない」
薄い皿が熱かったのか、白井はリビングのテーブルに向かって走っていった。よほど熱かったのか、ゴトンと皿が着地する音が、キッチンまで聞こえてきた。
「でも、このあいだ洋介君が作ってくれたクレープおいしかったよ。溶かした板チョコレートと、完熟バナナを包んで食べたの」
熱かった指を押さえながら、白井がキッチンを振り返った。ベランダから、風が吹き込んで、白井の髪を揺らした。風の流れが変わったらしい。
「俺がいないとき、洋介が来たのか」
「来たよ。キッチンにこもって何かしてるなあって思ってたら、三時のおやつにってクレープ焼いてるんだもん。あのときはびっくりしたな」
コップに、ペットボトルの水をどぼどぼと注ぐ。毎日、学校や寮で汲んできた水をペットボトルに移して保管している。
「あいつ、お菓子なんか作るんだ。おいしかった?」
コップの水面に、硬い表情の自分が映った。
「形はがたがただったけど、すごくおいしかった」
白井は思い出しているかのように、うっとりとし溜息を吐いていた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~
友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。
全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。
なんでおれとあそんでくれないの?
みのる
児童書・童話
斗真くんにはお兄ちゃんと、お兄ちゃんと同い年のいとこが2人おりました。
ひとりだけ歳の違う斗真くんは、お兄ちゃん達から何故か何をするにも『おじゃまむし扱い』。
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
ヴァンパイアハーフにまもられて
クナリ
児童書・童話
中学二年の凛は、文芸部に所属している。
ある日、夜道を歩いていた凛は、この世ならぬ領域に踏み込んでしまい、化け物に襲われてしまう。
そこを助けてくれたのは、ツクヨミと名乗る少年だった。
ツクヨミに従うカラス、ツクヨミの「妹」だという幽霊、そして凛たちに危害を加えようとする敵の怪異たち。
ある日突然少女が非日常の世界に入り込んだ、ホラーファンタジーです。
【完結】またたく星空の下
mazecco
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 君とのきずな児童書賞 受賞作】
※こちらはweb版(改稿前)です※
※書籍版は『初恋×星空シンバル』と改題し、web版を大幅に改稿したものです※
◇◇◇冴えない中学一年生の女の子の、部活×恋愛の青春物語◇◇◇
主人公、海茅は、フルート志望で吹奏楽部に入部したのに、オーディションに落ちてパーカッションになってしまった。しかもコンクールでは地味なシンバルを担当することに。
クラスには馴染めないし、中学生活が全然楽しくない。
そんな中、海茅は一人の女性と一人の男の子と出会う。
シンバルと、絵が好きな男の子に恋に落ちる、小さなキュンとキュッが詰まった物語。
化け猫ミッケと黒い天使
ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。
そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。
彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。
次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。
そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる