たまり場に湯気

闇雲の風

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60.なぜ神宮百貨店のレストラン街に?

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 充分煮込んだので、あとは生クリームとトマトを入れて仕上だ。
 洋間へ戻ってみると、さっきまでカリカリと小説を書き起こしていた白井が、ふらふらふらと倒れこんでいた。
「おいおいおいおい。ここで力尽きるな。昼飯ができたぞ」
 睫が今にもテーブルにくっつきそうになりながら、うつぶせになっている彼女は、精根尽きたみたいだ。
「すっごくいい匂い」
 どうやら夢中になっている自分の世界から、香りが彼女を連れ出したようだ。世捨て人だとて、エネルギーは補給しなければいけないのだから、コック冥利に尽きるってもんだ。
「そういえば洋介に聞いたんだけど、以前、なんで神宮百貨店のレストラン街にいたの?」
「小説の資料のために必要だったから。どうして? 見たの? 私のこと」意表を突かれたのか、白井の目が白黒している。
なんだ、そういうことか。
この前、家族で食事に行ったときに、洋介が白井を見かけたことを話した。白井は、どこで見られてるか、わかんないもんだね、と言って、頬杖をついた。
「今日は、冬キャベツが手に入ったんだ。寒いときにうってつけの……」
 早く食べてもらいたくて、リビングを振り返ると、目の前に信じたくない奴が立っていた。そいつは制服のブレザーの前ボタンを開けている。奴は勝手に、鍋の中にぼちゃんとおたまをつけると、スープをすくって、舌へ滑らした。
「うまい」 
 さらにつややかに仕上がったロールキャベツを、箸で切り込みを入れ、湯気をものともせず、大口に放り込んだ。
「すごい肉汁。何だ、これ」
「こら、俺と白井の飯だぞ。勝手に食べるんじゃない」
 片手鍋と菜箸を取り返すも、洋介はまだ口の中を、もごもごとしていた。
「いつの間にきてたんだ、声くらいかけろよ」
「あんまり静かだったからさ、誰もいないのかと思って」
 確かに俺は鍋につきっきりで、白井はデスクにしがみついていた。会話はなく、鍋の煮える小さな音しか聞こえなかった。
「まだ? お腹と背中がくっつく。できたんなら、お皿によそおうか? あ、いらっしゃい」 
 いつのまにか白井が、キッチンに立っていた。  
 洋介は「お、こんにちは」と、ぎこちなく、あいさつを返した。
 急かす白井にお皿を取ってきてもらい、ロールキャベツを皿に盛り付けた。なかなかいい出来栄えだ。
「これに見合うサラダ、作ろうかな」
 獲物を見つけた野生動物かのように、洋介はロールキャベツを見ながら、つぶやいた。
「作らなくていい」
 思わずよそった皿を、なかば乱暴にキッチン台に置いた。
「何で? もう一品あってもいいんじゃない?」
 洋介は拒否され、腑に落ちない様子だ。
 引き出しを開けて箸を探している白井が、ちらちらとこちらを気にしている。
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