たまり場に湯気

闇雲の風

文字の大きさ
上 下
58 / 90

58.部屋とする

しおりを挟む
 白井の話によると、日曜日、彼女はいつものように、朝日が射すと同時に、猫の公園へ散歩にでかけた。寮に帰りたくなくて、帰り道は遠回りしようと坂道を登っていたら、屋敷が見えてきた。
 ちょうど新聞配達の時間だったらしく、見ると配達員はこの屋敷だけを飛ばして、新聞をポストに投函していった。汚らしいが立派な家。ここだけ新聞を配られないことが、気になった。そして、ある勘が働いた。
「御免ください」
 どっしりと重たい扉を引いて、白井は屋敷内に身を滑り込ませた。家具はすべてそろっていたが、埃が雪のように降り積もり、部屋全体が白っぽく霞んでいる。住人だけがごっそり消えたかのようだ。
 念のためもう一度呼びかけてみたが、どこからも返答はなかった。躊躇することなく、さらに足を踏み出すと、ところどころ床がみしみしと鳴った。そのまま歩いていくと、家の中央に位置するであろうリビングに踊り出た。
 リビングは天気が悪いときの雲の中みたいに、薄暗く、しんなりと閉まったカーテンの隙間から、わずかに太陽の光が漏れ出ているだけだった。喧騒に支配された日常とは、まるで別世界で、完璧な静寂に包まれていた。
 ちょうどいい。学校の子と同室になる寮ではプライバシーというものがない。この屋敷をまるごと自分の部屋にすることに決めた。
 事実を何も知らない若林が、突然屋敷に現れたときは、薄い氷で張った嘘が、いつ鋭いエッジで割られてしまうんじゃないかと、内心ヒヤヒヤしていた。
「ちょっと待て、何で最初に言わなかったんだよ。教えてくれたらいいじゃないか」
 わざわざ隠さなければいけない理由が見当たらない。日が落ちてからは気温が下がり、白井は寒さから体を縮めている。
「聞かなかったから」
 それはこの世の反応とは思えないほど、しれっとしていた。
「聞かなかったからって……。白井がまるで自分ちみたいに寛いでいるのに、この家空き家なんですか、って聞くもんかよ」
「聞かないのが悪いんだよ。分からないことがあったら、何でも聞かなきゃ」   
 今度は悪魔のような不敵な笑みで、勝ち誇られた。
 白井は授業が終わると、一度寮に戻り、鞄を置いて、すぐ空き家に向かった。
 そこで一日の大半すごし、夜遅くなってから、こっそり寮の部屋へ戻った。門限を過ぎても、同室の生徒からも、ほかの寮生からも、何も言われなかった。
 なぜなら、彼女が少しでも、寮にいないほうがいいからだった。いじめを通りこして、嫌われた存在であった彼女は、規則違反を告げ口されるようなことはなかった。できるだけ寮に寄り付かないなら、その方が良かったから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~

友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。 全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。

椀貸しの河童

関シラズ
児童書・童話
 須川の河童・沼尾丸は近くの村の人々に頼まれては膳椀を貸し出す椀貸しの河童である。ある時、沼尾丸は他所からやって来た旅の女に声をかけられるが……     ※  群馬県の中之条町にあった旧六合村(クニムラ)をモチーフに構想した物語です。

ピカピカとわたし

kjji
児童書・童話
ピカピカのお話

児童絵本館のオオカミ

火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

マサオの三輪車

よん
児童書・童話
Angel meets Boy. ゾゾとマサオと……もう一人の物語。

ちびりゅうの ひみつきち

関谷俊博
児童書・童話
ともくんと ちびりゅうの ひみつきち づくりが はじまりました。 カエデの いちばん したの きのえだに にほんの ひもと わりばしで ちびりゅうの ブランコを つくりました。 ちびりゅうは ともくんの かたから とびたつと さっそく ブランコを こぎはじめました。 「がお がお」 ちびりゅうは とても たのしそうです。

鎌倉西小学校ミステリー倶楽部

澤田慎梧
児童書・童話
【「鎌倉猫ヶ丘小ミステリー倶楽部」に改題して、アルファポリスきずな文庫より好評発売中!】 https://kizuna.alphapolis.co.jp/book/11230 【「第1回きずな児童書大賞」にて、「謎解きユニーク探偵賞」を受賞】 市立「鎌倉西小学校」には不思議な部活がある。その名も「ミステリー倶楽部」。なんでも、「学校の怪談」の正体を、鮮やかに解明してくれるのだとか……。 学校の中で怪奇現象を目撃したら、ぜひとも「ミステリー倶楽部」に相談することをオススメする。 案外、つまらない勘違いが原因かもしれないから。 ……本物の「お化け」や「妖怪」が出てくる前に、相談しに行こう。 ※本作品は小学校高学年以上を想定しています。作中の漢字には、ふりがなが多く振ってあります。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。 ※本作品は、三人の主人公を描いた連作短編です。誰を主軸にするかで、ジャンルが少し変化します。 ※カクヨムさんにも投稿しています(初出:2020年8月1日)

処理中です...