たまり場に湯気

闇雲の風

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36.パジャマかチンピラかセーターか

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 母さんがめずらしく、次の休みに、家族みんなで夕ごはんを食べに行こうと誘った。父さん、母さんと同じ調理学校に通っていた人が勤めている、百貨店に入っている中華料理店に招待されたのだ。
 シューベルトは毎週木曜日が定休日なので、次の木曜日に出かけることになった。家族はいつも洋風か、または家庭料理ばかり食べてきたので、本格中華が食べられるということで、内心楽しみだった。


「お父さんっ。そんなチンピラみたいな格好しないで」
 パジャマの柄のような配色の暗いセーターを着て鏡の前に立っている父さんが、家の中を歩き回っている母さんに駄目出しをされた。
「なにをいうんだ、これこのまえ買ったやつだぞ」
 母さんが困った人でも見るように、鏡の中の父さんを覗き込む。
「だからこのまえ、また変なの買ってきて、っていったでしょ。ねえ、宙兄」
「どうしても着たかったらいいと思うけど」
 父さんは味方を得たと思ったのか、ぱっと明るい笑顔がともった。
「そうだぞ、せっかく買ったんだから着ないと服も報われん」
「お父さん、それいくらでしたかしら」
 なんとかして着替えさせたい母さんが、父さんの喉下に詰め寄る。
「三百円だが。安いだろう、失敗しても最小限の損ですむと思って、思い切って買ったんだ」
 父さんが自分で服を買ってくることはまずない。慣れないことをしてみたが、服装の趣味はいっこうに磨かれていなかった。
「なにも三百円の服を、家族久しぶりのお出かけに着ていくことはないでしょう。ほら、それはいつかゴルフに行くときにでも着ていって」
 母さんのなだめにたいして、心外だといわんばかりに、今度は父さんがくってかかった。
「ばか。こんな柄のものをゴルフに着ていったら、笑われるのが目に見えてるだろ」
 このひとことには、さすがの母さんも、ほとほとあきれてしまったようだ。
「お父さん、自分がなにいってるかわかってるの」
 結局実の詰まった論争の結果、父さんはそのまま着替えずに、チンピラのような三百円のセーターを着ていくことになった。二人の最良の考え方として、あらゆる意味で非常事態じゃない限り、本人の意思を尊重しようというルールがあるからだ。
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