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15.食通宣言
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誰でも作られそうで、誰も真似のできない、正体のわからない、誰もが大好きな普段着の洋食。それが小さなレストランに人が釣られてやってくる秘密である。
「兄ちゃん、父さんが手振ってる」
カウンターに目をやると、母さんと同じ格好をした父さんがカウンターからこっちに向かってひらひらと小さく手を振っている。他に返しようがなくて、二回手を左右に振って返してみたが、とたんに恥ずかしくなって周りを見回した。
「恥ずかしいよな、父さん。久しぶりに来たから嬉しいんじゃないかな」
弟が水を注がれたコップを持って、ぼそっと言った。本人はそのようにしゃべっているつもりはないが、声変わりの途中で、歯切れが悪く、履き捨てたように聞こえる。
「ああ、最近は家で適当に食ってたもんな」
朝ごはんの残り物を温めたり、レトルトを利用したり。たまにぼくが冷蔵庫にある材料で、あり合わせの物を作ったり。
久しぶりの『シューベルト』は特に変わったところはなく、初めは緊張したが、店内に漂うゆったりとした雰囲気に包まれているうちに、次第に気分もほぐれていった。
あんまりお腹は空いていなかったが、他のテーブルから、父さんと母さんの料理をおいしそうに食べているのが見えると、無性に空腹を覚えた。
テーブルの横に立てかけられているメニューを取ろうとしたら、いつの間にか弟に先を越されていた。
ペラ…ペラ……。弟は写真のない文字だけのメニューに釘付けになりながら、ゆっくりとページを捲っている。
「どうしたんだ?いつも三秒で、カレーかサンドイッチかパスタに決めてしまうのに」
食にこだわらない弟は定番を好む。同じものでも、好きなものなら何度でも喜んで食べる。
「目覚めたんだ」
「なにに?」
わずかに顔を上げた弟の瞳の奥から、バチバチと輝きが見えた。
「食通」
「しょくつううう!?」
まさか洋介の口からそんな言葉が出るとは。
「なんでまた」
熱く語る弟の理由は単純明快だった。授業中に回ってきた漫画『中華一難』を読んで、はまったそうなのである。
「それだけ? 食えりゃ、なんでも良いんじゃなかったの?」
「わかってないな、料理とは血と涙の結晶だぞ」
「おお…」
他に言葉が出なかった。正直、驚きに対応しきれなかった。小さなきっかけ一つで、ここまで興味の対象となりえるものなのか。単純なだけに、染まるときの浸透は、早いのかもしれない。
「兄ちゃん、父さんが手振ってる」
カウンターに目をやると、母さんと同じ格好をした父さんがカウンターからこっちに向かってひらひらと小さく手を振っている。他に返しようがなくて、二回手を左右に振って返してみたが、とたんに恥ずかしくなって周りを見回した。
「恥ずかしいよな、父さん。久しぶりに来たから嬉しいんじゃないかな」
弟が水を注がれたコップを持って、ぼそっと言った。本人はそのようにしゃべっているつもりはないが、声変わりの途中で、歯切れが悪く、履き捨てたように聞こえる。
「ああ、最近は家で適当に食ってたもんな」
朝ごはんの残り物を温めたり、レトルトを利用したり。たまにぼくが冷蔵庫にある材料で、あり合わせの物を作ったり。
久しぶりの『シューベルト』は特に変わったところはなく、初めは緊張したが、店内に漂うゆったりとした雰囲気に包まれているうちに、次第に気分もほぐれていった。
あんまりお腹は空いていなかったが、他のテーブルから、父さんと母さんの料理をおいしそうに食べているのが見えると、無性に空腹を覚えた。
テーブルの横に立てかけられているメニューを取ろうとしたら、いつの間にか弟に先を越されていた。
ペラ…ペラ……。弟は写真のない文字だけのメニューに釘付けになりながら、ゆっくりとページを捲っている。
「どうしたんだ?いつも三秒で、カレーかサンドイッチかパスタに決めてしまうのに」
食にこだわらない弟は定番を好む。同じものでも、好きなものなら何度でも喜んで食べる。
「目覚めたんだ」
「なにに?」
わずかに顔を上げた弟の瞳の奥から、バチバチと輝きが見えた。
「食通」
「しょくつううう!?」
まさか洋介の口からそんな言葉が出るとは。
「なんでまた」
熱く語る弟の理由は単純明快だった。授業中に回ってきた漫画『中華一難』を読んで、はまったそうなのである。
「それだけ? 食えりゃ、なんでも良いんじゃなかったの?」
「わかってないな、料理とは血と涙の結晶だぞ」
「おお…」
他に言葉が出なかった。正直、驚きに対応しきれなかった。小さなきっかけ一つで、ここまで興味の対象となりえるものなのか。単純なだけに、染まるときの浸透は、早いのかもしれない。
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