たまり場に湯気

闇雲の風

文字の大きさ
上 下
11 / 90

11.利害一致

しおりを挟む
 彼女は呆れたような目つきでぼくを見た。
「なあんだ、すっかりやる気じゃん」
 そうだけど。理性が少しだけ引っ掛かっている。
「女一人暮らしの家に、ぼくが転がり込んでも良いものだろうか。それも今日会ったばかりでさ、あんたのことなんにも知らないし、名前さえ知らない」
 彼女は間髪入れずにこう答えた。
「白井脩子しゅうこ。名前なんてすぐだよ。あんたは?」
 躊躇することなく彼女は自己紹介し、ぼくにも勢いを止めさせないことを期待している。
 彼女の目にこれからのことに対する不安はなく、取引を成立させ、お互いの利益に順ずることだけを願っているように見えた。
 突然見知らぬ訪問者が現れ、食事を作り食べさせてくれたという予測不可能な成り行きに、今更警戒しても仕方ないということだろうか。
「若林です。本当にいいの?」
「いいよ。私が困ることはないし、お互いにとって良いことよ」
 なんだか気になるような様子でこちらを見ている。
「なんですか?」
「下の名前はなんていうの?」
 白井さんはこっちを焦らすように急き立てた。名前。それこそ一番の苦手とするものだ。最も避けて通りたいことであり、できればぼくの名前が「若林」という苗字だけだったらどんなにいいかと思う。名前によってどれだけの難関が不必要に迫ってきたことか。いつも背後霊のように付きまとう、避けられない苦悶の名前だ。
宙他ちゅうた
 ほんのわずか沈黙がつづいた。白井さんが表情を崩すことはなかった。
「宙他、宙他っていうの…?」
 首を縦にこっくりと振る。これ以上の返答を心得てはいない。
「ネズミを呼んでるみたいね」
 白井は顔を右に傾け、手を口元に添えながら、絞るような声を上げて、愉快そうに笑った。こう素直に笑われてしまうと気が楽ではあるが、むっともしたくなる。
「ほっといてくれ。好きでこんな名前になったんじゃない」
「ごめん。宙他君なんて可愛い名前じゃない。似合ってて良いと思うよ」
 似合ってるだと。どうしたら今出会ったばかりなのに、こんな名前が似合っているという言葉が出てくるのだ。
 白井が右手を差し出した。
「これからよろしく、宙他くん。あ、いや若林さん」
 失礼な爆笑にむかつきはしたものの、
「ああ、よろしく白井さん」と、ぼくは差し出された手を握った。
 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おかたづけこびとのミサちゃん

みのる
児童書・童話
とあるお片付けの大好きなこびとさんのお話です。

イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~

友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。 全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。

なんでおれとあそんでくれないの?

みのる
児童書・童話
斗真くんにはお兄ちゃんと、お兄ちゃんと同い年のいとこが2人おりました。 ひとりだけ歳の違う斗真くんは、お兄ちゃん達から何故か何をするにも『おじゃまむし扱い』。

とあるぬいぐるみのいきかた

みのる
児童書・童話
どっかで聞いたような(?)ぬいぐるみのあゆみです。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

ヴァンパイアハーフにまもられて

クナリ
児童書・童話
中学二年の凛は、文芸部に所属している。 ある日、夜道を歩いていた凛は、この世ならぬ領域に踏み込んでしまい、化け物に襲われてしまう。 そこを助けてくれたのは、ツクヨミと名乗る少年だった。 ツクヨミに従うカラス、ツクヨミの「妹」だという幽霊、そして凛たちに危害を加えようとする敵の怪異たち。 ある日突然少女が非日常の世界に入り込んだ、ホラーファンタジーです。

化け猫ミッケと黒い天使

ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。 そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。 彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。 次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。 そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。

魔法のポケットにしあわせ

有箱
児童書・童話
弟のネリネと兄のライラは、二人きりで貧しい生活をしている。 体が弱いネリネの分も、ライラは朝から働きに出て、暮らしを支えてくれていた。 お荷物にかなれていないことを辛く思うネリネ。 ある日、お金を稼ぐ方法を思い出し、兄のために役立とうと出掛けていくが、上手くいかなくて。

処理中です...