たまり場に湯気

闇雲の風

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1.鶏のささみと猫

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 生鮮食品が入ったスーパーのビニール袋と通学鞄を自転車のハンドルにかけ帰り道を急いだ。中間テストの最終日だったから、学校は午前で終わった。
 重いペダルを力の限り漕いで坂道を上ると、冷たい風が顔に突進してきた。ついこのあいだまで汗をだらだら流しながら、この坂を昇っていたのが嘘のようだ。蝉がジイジイ鳴く声を聞くこともなくなった。
 塀に一匹の猫がいた。こっちを見下ろしている。このあたりで見かけるのは飼い犬が多く、猫にはあまり遭遇したことがない。猫はこちらを見て「にゃああ」と鳴いた。
「猫、どうした?」
 猫は佇み、じっとこちらの様子をうかがっている。いかにも野良にいそうな、黒地にたくさんの色が混ざったまだら模様だ。あとから知ったのだが、一般的にこういう模様の猫をサビというそうだ。わからないこともないが、ぱっと見汚らしい模様に、さらに印象が悪くなりそうな名称をつけなくてもいいのに。サビなんて鉄が赤黒く変色し、腐臭が漂うイメージしかない。猫ははびよんと後ろ足を伸ばして、正座をするかのように座り直した。
 よく見ると汚い猫じゃなかった。ぴんと張った髭は誇らしく、眼はつり、ビー玉のように大きく、日を溜め輝いている。これまで猫を綺麗だと思ったことはなかったが、吸い込まれるようにそいつの背中へ手を伸ばした。突如、猫は塀から跳び下りると、自転車のサドルに提げていたスーパーのビニール袋から鶏肉のささみを咥え取り、そのまま一気に駆けていった。 
 あまりの瞬時な仕打ちに、何が起こったのかわからなかった。はるか彼方、ささみを咥えた猫がいる。近づいてもすぐに逃げなかったのは、鶏のささみを嗅ぎ付けていたから。ビー玉のように光り輝く眼に魅了されているうち、まんまと騙されてしまった。
「このやろう、いまどきサザエさんじゃねえんだ。猫に昼飯を掻っ払われてたまるか!」
 自転車は置き去りにし、すでに遠方でバッタほどのサイズになった猫を目指して走った。
 猫は止まる気配もなく、ますます速く駆けていく。見逃さないよう必死に追いかけているうちに、コンクリートの塀を越え、人様の庭を突き抜け、走り続けた。
 
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