15 / 15
おわり
しおりを挟む
予想外なことに、最後に私の元を訪れて数年後に、達彦はこの世を去った。
まだ若かったのに、癌だったらしい。
知らせを持ってきたのは、ひかりだった。
しばらく、父、達彦の話をしたあと、ひかりは意を決したように、口を開いた。
「おばちゃん、わたしのお母さん、なんだってね」
決心はすでに腹に据えているといった娘とは対照的に、わたしはおろおろとするしかなかった。打ち明ける心がまえなど、しているはずもなかった。いいや、それはうそだ。打ち明ける光景を何度も想像しながら、ついに決心できたことは一度もなかった。
「お父さんがそういったの?」と尋ねると、
ひかりはこくんと頷いた。
「お母さんは、おばちゃんと別れてから再婚した人だって教えてくれた。そのお母さんとも、お父さんはとっくに離婚しちゃったけどね。おばさん、おばさんはわたしのこと捨てたんだね。それで猫を選んだんだね」
射るような目に見つめられ、わたしはなにも言い返すことができなかった。
捨てたんじゃない。娘を無理矢理、化け猫の道にひきずりこむようなことをしたくなかったから、達彦に託したのだ。でもそれをひかりにわかってもらえるはずがなかった。わたしが自分の母のことをわかってあげることができなかったように。
いつのまにか無数の猫が、ひかりの周りを取り巻いていた。この家に、ここまでの猫の数がいただろうか? 無数の猫は部屋中を埋めつくし、ブラウン管のテレビの上、桐ダンスの引き出しの中、電球の笠の裏、窓の外、ひかりが描いた半妖の絵の額縁にもぶらさがり、あらゆるところにひしめきあっていた。
わたしは思わず息をのんだ。あんなにかわいかったはずの猫の大群を前にし、身がすくんだ。
「お母さん、どうしてわたしを仲間にしてくれなかったの。仲間に入れてもらえなかったからわたし、猫にも、人間にもなれなかったんだよ」
わたしの判断はまちがっていた。五世の祖の日記に書いてあったとおりだった。わたしたち一族は、猫に変化する道を、避けてとおれはしないのだ。あれを食さずにいたら、猫に変化せずに済むと、安易に考えたわたしが愚かだった。娘は猫に変化する道も、人間をつづける道も閉ざされてしまった。
娘の目はいまや黄金に光り、顔と同じ大きさの耳がとがり、口は耳までさけよだれを垂らし、長い尻尾は天井まで届こうとしていた。
もしかして達彦が死んだのは、癌なんかじゃなくて、もしかして……、この子が……。
「わ…わかった……、い、いまから、猫まんまを作るから、すこし、まっ……あ……」
最後までいうより先に、娘の命令がはなたれ、いっせいに猫の群れがわたしに襲いかかった。
(完)
まだ若かったのに、癌だったらしい。
知らせを持ってきたのは、ひかりだった。
しばらく、父、達彦の話をしたあと、ひかりは意を決したように、口を開いた。
「おばちゃん、わたしのお母さん、なんだってね」
決心はすでに腹に据えているといった娘とは対照的に、わたしはおろおろとするしかなかった。打ち明ける心がまえなど、しているはずもなかった。いいや、それはうそだ。打ち明ける光景を何度も想像しながら、ついに決心できたことは一度もなかった。
「お父さんがそういったの?」と尋ねると、
ひかりはこくんと頷いた。
「お母さんは、おばちゃんと別れてから再婚した人だって教えてくれた。そのお母さんとも、お父さんはとっくに離婚しちゃったけどね。おばさん、おばさんはわたしのこと捨てたんだね。それで猫を選んだんだね」
射るような目に見つめられ、わたしはなにも言い返すことができなかった。
捨てたんじゃない。娘を無理矢理、化け猫の道にひきずりこむようなことをしたくなかったから、達彦に託したのだ。でもそれをひかりにわかってもらえるはずがなかった。わたしが自分の母のことをわかってあげることができなかったように。
いつのまにか無数の猫が、ひかりの周りを取り巻いていた。この家に、ここまでの猫の数がいただろうか? 無数の猫は部屋中を埋めつくし、ブラウン管のテレビの上、桐ダンスの引き出しの中、電球の笠の裏、窓の外、ひかりが描いた半妖の絵の額縁にもぶらさがり、あらゆるところにひしめきあっていた。
わたしは思わず息をのんだ。あんなにかわいかったはずの猫の大群を前にし、身がすくんだ。
「お母さん、どうしてわたしを仲間にしてくれなかったの。仲間に入れてもらえなかったからわたし、猫にも、人間にもなれなかったんだよ」
わたしの判断はまちがっていた。五世の祖の日記に書いてあったとおりだった。わたしたち一族は、猫に変化する道を、避けてとおれはしないのだ。あれを食さずにいたら、猫に変化せずに済むと、安易に考えたわたしが愚かだった。娘は猫に変化する道も、人間をつづける道も閉ざされてしまった。
娘の目はいまや黄金に光り、顔と同じ大きさの耳がとがり、口は耳までさけよだれを垂らし、長い尻尾は天井まで届こうとしていた。
もしかして達彦が死んだのは、癌なんかじゃなくて、もしかして……、この子が……。
「わ…わかった……、い、いまから、猫まんまを作るから、すこし、まっ……あ……」
最後までいうより先に、娘の命令がはなたれ、いっせいに猫の群れがわたしに襲いかかった。
(完)
0
お気に入りに追加
4
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
ローズお姉さまのドレス
有沢真尋
児童書・童話
最近のルイーゼは少しおかしい。
いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。
話し方もお姉さまそっくり。
わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。
表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成

こちら御神楽学園心霊部!
緒方あきら
児童書・童話
取りつかれ体質の主人公、月城灯里が霊に憑かれた事を切っ掛けに心霊部に入部する。そこに数々の心霊体験が舞い込んでくる。事件を解決するごとに部員との絆は深まっていく。けれど、彼らにやってくる心霊事件は身の毛がよだつ恐ろしいものばかりで――。
灯里は取りつかれ体質で、事あるごとに幽霊に取りつかれる。
それがきっかけで学校の心霊部に入部する事になったが、いくつもの事件がやってきて――。
。
部屋に異音がなり、主人公を怯えさせる【トッテさん】。
前世から続く呪いにより死に導かれる生徒を救うが、彼にあげたお札は一週間でボロボロになってしまう【前世の名前】。
通ってはいけない道を通り、自分の影を失い、荒れた祠を修復し祈りを捧げて解決を試みる【竹林の道】。
どこまでもついて来る影が、家まで辿り着いたと安心した主人公の耳元に突然囁きかけてさっていく【楽しかった?】。
封印されていたものを解き放つと、それは江戸時代に封じられた幽霊。彼は門吉と名乗り主人公たちは土地神にするべく扱う【首無し地蔵】。
決して話してはいけない怪談を話してしまい、クラスメイトの背中に危険な影が現れ、咄嗟にこの話は嘘だったと弁明し霊を払う【嘘つき先生】。
事故死してさ迷う亡霊と出くわしてしまう。気付かぬふりをしてやり過ごすがすれ違い様に「見えてるくせに」と囁かれ襲われる【交差点】。
ひたすら振返らせようとする霊、駅まで着いたがトンネルを走る窓が鏡のようになり憑りついた霊の禍々しい姿を見る事になる【うしろ】。
都市伝説の噂を元に、エレベーターで消えてしまった生徒。記憶からさえもその存在を消す神隠し。心霊部は総出で生徒の救出を行った【異世界エレベーター】。
延々と名前を問う不気味な声【名前】。
10の怪異譚からなる心霊ホラー。心霊部の活躍は続いていく。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる