仮の猫

闇雲の風

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おわり

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 予想外なことに、最後に私の元を訪れて数年後に、達彦はこの世を去った。 
 まだ若かったのに、癌だったらしい。
 知らせを持ってきたのは、ひかりだった。
 しばらく、父、達彦の話をしたあと、ひかりは意を決したように、口を開いた。
「おばちゃん、わたしのお母さん、なんだってね」
 決心はすでに腹に据えているといった娘とは対照的に、わたしはおろおろとするしかなかった。打ち明ける心がまえなど、しているはずもなかった。いいや、それはうそだ。打ち明ける光景を何度も想像しながら、ついに決心できたことは一度もなかった。
「お父さんがそういったの?」と尋ねると、
 ひかりはこくんと頷いた。
「お母さんは、おばちゃんと別れてから再婚した人だって教えてくれた。そのお母さんとも、お父さんはとっくに離婚しちゃったけどね。おばさん、おばさんはわたしのこと捨てたんだね。それで猫を選んだんだね」
 射るような目に見つめられ、わたしはなにも言い返すことができなかった。
 捨てたんじゃない。娘を無理矢理、化け猫の道にひきずりこむようなことをしたくなかったから、達彦に託したのだ。でもそれをひかりにわかってもらえるはずがなかった。わたしが自分の母のことをわかってあげることができなかったように。
 いつのまにか無数の猫が、ひかりの周りを取り巻いていた。この家に、ここまでの猫の数がいただろうか? 無数の猫は部屋中を埋めつくし、ブラウン管のテレビの上、桐ダンスの引き出しの中、電球の笠の裏、窓の外、ひかりが描いた半妖の絵の額縁にもぶらさがり、あらゆるところにひしめきあっていた。
 わたしは思わず息をのんだ。あんなにかわいかったはずの猫の大群を前にし、身がすくんだ。
「お母さん、どうしてわたしを仲間にしてくれなかったの。仲間に入れてもらえなかったからわたし、猫にも、人間にもなれなかったんだよ」
 わたしの判断はまちがっていた。五世の祖の日記に書いてあったとおりだった。わたしたち一族は、猫に変化する道を、避けてとおれはしないのだ。あれを食さずにいたら、猫に変化せずに済むと、安易に考えたわたしが愚かだった。娘は猫に変化する道も、人間をつづける道も閉ざされてしまった。
 娘の目はいまや黄金に光り、顔と同じ大きさの耳がとがり、口は耳までさけよだれを垂らし、長い尻尾は天井まで届こうとしていた。
 もしかして達彦が死んだのは、癌なんかじゃなくて、もしかして……、この子が……。
「わ…わかった……、い、いまから、猫まんまを作るから、すこし、まっ……あ……」
 最後までいうより先に、娘の命令がはなたれ、いっせいに猫の群れがわたしに襲いかかった。 
 
 
                                              
       
                                             (完)
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