仮の猫

闇雲の風

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 猫たちと遊ぶひかりを眺めながら、もうここにこないほうがいいとは、どうしてもいえなかった。
 わたしだけではない。猫たちもひかりを必要としていた。
 あるとき、ひかりが画用紙に猫の絵を描いていた。
 夏休みの自由研究にするらしい。
「自由研究に絵を出してもいいの?」と問いかけると、
「出せばなんでもいいんだよ」
 小学生にしては達観した回答だった。
 熱心に筆を走らせるうしろ姿から絵を覗いてみると、そこには猫ではなく、猫の耳を頭に尖らせ、尾をはやした、男とも女ともつかない中性的な人間が描かれていた。
「……ひかりには、猫がこんなふうに見えるの?」
「そうだよ。変かな?」
「ううん、変ではないよ。でもこれを、猫です、って自由研究で発表したら、みんなひかりの頭がおかしくなっちゃった、って思うんじゃないかな」
「そう?」ひかりは不思議そうに頭を傾げた。
「その絵は、おばちゃんにちょうだい? おばちゃんちの居間に飾りたいな。ひかりはいつでも見にきたらいいよ。だから自由研究は別のを出そう?」
 ひかりは、なんで? なにがだめなの? と納得がいかないようなので、わたしは猫の写真を持ってきて見せた。
「これ、なんに見える?」
「仮の猫」
 ひかりは間髪入れずに答えた。
「かりって、仮の姿の仮のこと?」
「そうだよ」
「ひかりが描いた絵も、この写真も、猫であることには変わりないの?」
 問いかけながら、怖さと喜びと、両方あった。
「どっちも、猫は猫だよ」
 ひかりの声を聞きながら、残酷とはなにか、という疑問が頭に浮かんだ。
「他の人には、こっちだけが猫に見えるんだよ。ひかりの描いている猫は、だれも猫だとは認めてくれないよ。おばちゃんもほんとはこんなこといいたくないんだけど、この絵を人前に出すのはやめよう?」
 ひかりは自分の描いた絵と、写真を何度も見比べたあと、「あああ、混乱する!」と、頭を掻きむしった。
 最終的に夏休みの自由研究には、昆虫の標本を作って提出したらしい。ひかりの描いた中性的な猫の絵は、この家の居間に飾られている。

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