仮の猫

闇雲の風

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 父から、母が実は向島に住んでいて、危篤なのだと知らされた。
 なぜ父が今まで、母が向島にいることを言わなかったのかわからないが、わたしは数十年ぶりに、母に会いに行った。
 母はほとんど起きることもできなくなっていたのに、だれに頼ることもなく、古い家に一人で寝ていた。その家はあの日記に登場していた、わたしからすると五世の祖が住んでいたぼろ家だった。
 何十匹の猫が母のまわりを取り囲んでいた。
「お母さん、入院しなきゃ」
 幼い頃に見た母の面影は消え、母というよりもむしろ老婆が横たわっていた。
「すうちゃん、来てくれたん」
「こんなになるまでほうっておいて。早く入院して、お医者さんに見てもらわなきゃ」
「入院するわけにゃいけんのよ。猫たちはわたしが面倒みんといけんけえね。せっかくきてくれたのに、なんにもできんで悪いねえ」 
 長い空白のときを経てした会話は猫の心配だった。
 自分の体力も考えずに、こんなに山ほどの猫の世話をかかえるから、こんなことになるんだ。
「わたしが代わりに猫のお世話するから、母さんは安心して入院してよ。このままじゃ死ぬよ」
「すうちゃんに迷惑かけられんよ。それにどうしても猫と離れるわけにはいけんけえ」
「いいから、いうこと聞いて。猫はわたしに任せて。離れたくないっていうけど、今ちゃんと治療しとかないと、死んでからじゃ二度と猫に会えなくなるよ」
 どう説得しても納得しない母を、半ば強引に病院に連れていき入院させた。
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