end of souls

和泉直人

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二章9

離脱

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  屋根から飛び降りた先も住宅街で、表通りから外れている。
  このまま逃げ続けては街の出入り口から遠ざかる一方だ。
  街を囲む塀は、同じ領内とあって、そう高くない。
  飛び越える事は可能だろう。
  しかしその先に森がある。
  下がり続ける気温もある。
  そして何より、ここは帰還すべき首都から遠すぎる。
  どうしても防寒具や食料を積んできた馬が必要だ。
  馬を預けた場所は街の出入り口付近の厩舎。
  移動させられていなければ、という前提だが。
  その厩舎までは、来た際の記憶によればあと二ブロックといったところか。
  結局どこかで表通りに出る必要が出てくる。
  そこはあちらも承知の上で、網を張られているのは間違いない。
  家屋の影を縫い、表通りへ近づいて様子を伺う。
  案の定、松明を持った騎士が、見える範囲だけでも十数名、警戒態勢で見回っている。
  クリンが別の地点へ誘導したという騎士達もいつ戻ってくるか判らない。
  個々の戦力差は歴然としているが、数は向こうに利がある。
  問題は突破のタイミングだ。
  一人二人倒しても残る見張りが援軍を呼ぶだろう。
  と思案していると、表通りを挟んだ向こうから人影が躍り出た。
  クワイエト!?
  見廻りの騎士、うち一人の背後から、ジャマダハルを後頭部に打ち込む。

  「ぐげっ」

  短い断末魔がここまで届く。

  「居たぞ!」

  「こっちだ!」

  他の騎士達が即座に反応し、動く。

  「クアッ!」

  まるで鳥の様にクワイエトが吠える。
  そして近づく騎士に向かって跳びかかり、右手左手と突き刺して仕留める。
  鮮血が松明に照らされて、鈍く光った。
  今か。
  両手で左右各々、ショートソードを逆手で抜き、表通りへ走る。
  クワイエトへ向かう騎士の後頭部を、ガードの鈍器で殴りつける。
  悲鳴もなく倒れた。
  返り血はもう浴びたくない。
  ここからはなるべく鈍器で倒す。
  異常に気づいた一人のこめかみを打つ。

  びきっ

  骨が折れる音を聞く。
  その騎士は膝から崩れ落ちる。

  ぱぁん!

  突然破裂音が耳をつんざく。
  クワイエトの左手首から一本の紐が伸び、その先端が寄ってきた騎士の額に突き刺さった後、瞬時に引き戻された。
  先端に鋭い鋲を持つ鞭状の暗器だ。
  あいつはそれを自在に操り、鋲を相手に打ち込む。
  先ほどの音は、暗器の先端が最高速に達した証だ。
  騎士達は見切れていないだろう。
  派手な音に気を取られた騎士達を、俺は柄頭ポンメルの鈍器で突き上げ、あるいはガードで殴る。
  やっと剣を抜いた騎士へ、クワイエトがぬるりと滑る動きで間合いを詰める。
  両手の甲を擦り合わせる様な動きで、二本のジャマダハルの刃で騎士の剣を挟み、

  きぃん!

腕を振り抜いた。
  澄んだ音と共に剣がへし折れる、いや切断された、に近い。

  「ハッハァッ!」

  勝ち誇って大口開けて笑うクワイエト。
  そして呆気に取られる騎士にとどめを刺す。
  俺は俺で、派手に出血しない脇腹を突き裂き、前のめりになった顎に鈍器を叩きつける。
  ようやく俺の存在に気付き、振り向いて剣を抜きかける騎士。
  そのわずかに露出した剣身に、縦肘打ちの動きでショートソードをぶつける。

  ぎっ!

  鈍い金属音を立てる二本の剣。
  抜き出す動きを止められた騎士の顔面へ、左手のショートソードの鈍器の一撃を。
  しかしこの右手の手応えは……ショートソードが剣にものだ。
  この騎士達の剣は異様に質が悪い。
  本当に資源も技術も乏しい事が、こんなところからも読み取れる。

  「よぉ、グレイ! 生きてたか!」

  おい、大声で呼ぶ奴があるか。
  クワイエトは異常な上機嫌だ。
  ハイになってやがる。

  「黙れっ」

  おかげで俺にまで騎士達の注目が集まった。

  「もう一人いるぞ!」

  叫んだ騎士のみぞおちに左手のガード、顎にポンメルをねじこむ。
  この馬鹿野郎の戦闘狂が!

  「おい! こっちだ!」

  クワイエトへ声をかける。
  その間にも向かってくる騎士をいなし、殴る。

  「ああ!?」

  明らかに不満そうなクワイエトの返事を後ろに聞いて、俺は厩舎へ向かう。
  目の前には三人の騎士。
  囲みというほど多くはないが、確かな障害だ。
  三人とも剣を抜いた臨戦態勢。
  迎え討とうと、両脇の二人が突き、中央の一人が袈裟斬りの動きに入る。
  俺は走る勢いそのままに、中央の騎士に爪先蹴りを放つ。
  と同時に左右の突きを、ショートソードで外側へ滑らせる。

  ぎぃぃっ

  耳障りな金属音が横から背後へ抜けてゆく。
  その後、両方のショートソードを後方へ突き出す。
  肉を突き刺す手応え。

  「ぎっ!」

  「ぎゃ!」

  太ももを後ろから、太い血管を避けて突かれた二人は、苦悶の声をあげて倒れる。
  これなら追ってこれまい。
  爪先蹴りをみぞおちにまともに食らった中央の騎士は、声もなくもんどり打って昏倒した。
  それを飛び越えて、厩舎へひた走る。
  すぐ見えた目的地には、見張りとおぼしき二人の騎士。

  「どけ」

  大きくはないが、確実に聞こえる声で警告する。
  しかし、二人は剣を向けた。
  振りかぶったそれを左右の腕を突き出してリカッソもどきで受け、二人の動きを止める。
  右足で騎士の膝を、外側へ向かって蹴る。

  「うっ」

  めき、と関節が軋み、右側の騎士が倒れる。
  その右足を引き戻し、左側の騎士の足の甲を踵で踏みつける。

  「ぐあっ!」

  悲鳴をあげたそこへ、右手の鈍器がめり込む。
  崩れ落ちるのを見届けず、振り向く。
  片手で膝を押さえる騎士の顔面に踵蹴り。
  クワイエトが騒いだおかげか、厩舎の見張りはこれだけのようだ。
  厩舎を覗くと、

  「良かった」

思わず安堵の声が漏れた。
  預けたままの姿で、乗ってきた二頭の馬がそこに居た。
  手綱の結び目を解いた時、ふと目に入ったのは、複数の瓶が入った木箱。
  この領の唯一と言っていい特産品の、とびきり強い酒だ。
  これを他領に売って、この地では採れない食材を手に入れていると聞く。

  「悪いが少しもらうぞ」

  気は引けたが、三本抜いて馬の荷物に加えた。
  馬の逃走を防ぐ横木を外し、二頭を引き出す。
  クワイエトが逃げるつもりが無いなら、一頭は置いていくが、果たして。
  元来た道を戻ると、先ほど太ももを刺した二人の騎士が立ち塞がった。
  その目に、ぞくりと背中に寒気が走る。

  「よくも……」

  「クリン殿まで……」

  笛の合図が止まった事で察したのだろう。
  傷ついた脚を引きずりながら、剣を握ってじりじりと向かってくる。
  死兵の目だ。
  手足の一本や二本無くなっても構わない、という覚悟と殺気を宿した目。
  こうなればどうしようもない。
  殺さねばならない。
  馬の手綱から手を離す。
  ケルベロスで訓練された馬だ。
  逃げはしない。
  空いた右手で逆手にショートソードを抜く。
  そして身を低く、騎士達へ向かって踏み込む。
  大きな動きはできないだろうから、高確率で腕だけの突きが来るはずだ。
  予想は当たり、左側からの突きに対しては上半身を捻って直撃を避け、右側からの攻撃はポンメルの一撃で跳ね上げる。

  「顔面は硬い。絶対に拳で殴るな」

  長官の言葉が思い出される。
  俺は左手を大きく開き、その甲で左側の騎士の鼻面を叩く。

  「ぶっ!」

  衝撃で反射的に滲む涙が彼の視界を奪う。
  捻った上半身を戻しざま、右手のショートソードで、がら空きになった右側の騎士の右脇腹、肝臓を突き裂く。
  どぼ、と溢れる血は鈍い赤色。
  引き抜き、顔を押さえた左の騎士の膝裏を左足で軽く蹴る。
  跪く形になったところを、背後に回って喉を引き裂く。
  事切れて前へ倒れゆく。
  そこへ、

  「うがぁっ!」

獣の様に吠え、急所を突いたはずの右側の騎士が、剣を投げつけて来た。

  ぎゃん!

  俺がそれを叩き落とすのを、無念そうに見てから、彼も前方へ突っ伏した。
  なんという執念か。
  ショートソードを強く振り抜いて、血を飛ばしてから鞘へ収める。
  改めて馬の手綱を握り、表通りへ戻る。
  クワイエトがのっそりと近づいてくる。
  あの数を倒したのか……悔しいが、戦闘能力は俺の上を行く。
  しかし、異様だ。
  返り血にまみれ笑うその身から、湯気が立ち上っている。

  「退くぞ」

  俺は努めて冷静に、クワイエトの馬の手綱を差し出す。
  今度ばかりはクワイエトも素直に応じ、手綱を握って馬に飛び乗る。
  俺も倣い、馬にまたがる。
  そこからは不思議なほど順調だった。
  サイティエフ領の南へ下る街中は、人気が少なく、立ちはだかる騎士も居なかった。
  途中で、盗って来た酒に火をつけて暖を取った。
  薪と違って煙が出ないから、多少は目立たない。
  そうしてトムソン、ミラー、バウアー、三つの領を抜け、ようやく首都が見えてきた。
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