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第2話.疼き
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コートの袖からぬるぬると伸びてくるそれは明らかに人間の腕ではなくーーー軟体動物を思わせる、不気味に滑らかな長い触手が、生温かく腕を伝ってくる。それも一本ではない。コートの袖から、細く枝分かれした触手が、次々に顔を出す。力も強い。抵抗できない。
「っ......けて......!」
悲鳴と呼ぶにはあまりに弱々しい声は、誰にも届かなかった。
「ぃっ...何でっ......?何でっ......」
全力で逃げたはずなのに容易く捕まってしまった絶望感と、歪な恐怖。混乱する頭につられて、視界までぐるぐる回るような感覚、恐怖に促される吐き気。
触手は既に両手の指の一本一本にきつく絡みつき、太い一本が二の腕までのぼってきていた。
「いや、嫌だ...!!誰か......」
化け物の胴体を思い切り蹴ってみても、ゴムの塊のような感覚でまるで手応えがない。怯むことなく、触手が夏服の半袖から中に滑り込んでくる。粘性の液体で湿った触手が肌を撫でる気持ち悪さに、身体が反射的に反り返る。
気付くと身体が触手に持ち上げられていて、もう逃げ道は絶たれていた。
化け物の口元を隠していたマスクがするすると下りていき、蛸の吸盤のようなグロテスクな口が現れる。その中から、ずるずると長く、太い舌が首元に伸ばされる。
太い舌は、まず喉仏からうなじへ、首元をぐるりと舐めた。触手よりも熱気を帯びていて、舐める舌の動きがはっきりと伝わってくる。その間に触手が制服のシャツのボタンをするすると外し、診察みたいに胸元を晒させる。
舌は胸、腋、臍、背中......身体中を味見するように舐め回した。
そんな舌の動きが3度ほど繰り返されただろうか。突然、ぴたりと舌の動きが止まり、舌が引っ込んでいく。
「”.“~~~...”.“~~~...」
あ。死ぬ、殺されるーーー汗とともに、閉じた瞼の隙間から、涙がはらはらと頰を零れる。呼吸は何か覚悟したみたいで、自然と欠伸みたいに大きく開けた口から、はーっ、はーっ、と絶え間なく漏れた。
「”.“~~~...”.“~~~...!!」
...
...
...
は、と我にかえる。立っているのは家の玄関の前だ。身体に目をやる。別状はない。制服にも特にこれといった汚れはない。恐らく随分と長い間、呆然と突っ立っていたら、扉が開いた。
「......何してんのアンタ?」
親の声など聞く耳持たず風呂場に飛び込んだ。いつも夕飯が先だが、「後で」とだけ答えた。変に袖につっかえたり、ボタンに手間取ったり...焦りから来るぎこちなさが、心臓を加速させる。
裸の肌に残る異質なぬめりは、間違いなく汗ではない。シャワーの温度が変わるのを待たずに浴びた水が冷たくて、身震いする。水が頭から足へ滴るのを感じながら、しばらく放心に身を任せてじっとしていた。
......夢?幻覚?気のせい?...いや、そんなはずはなかった。体にこびりつく、変に甘い匂いの液体は.....。.体を洗うスポンジに力が入る、体が削げるほどに。何度、ボディソープのノズルを押したか覚えていない。不思議と今はただ、気持ち悪い、それだけが頭を埋めている。
結局、夕食は喉を通らなかったので、寝室に転がり込んだ。親に何か言われたが、やはり頭に入ってこなかった。
(忘れよう......)
何もなかった、と口うるさく脳裏で繰り返していたせいか、すぐには寝付けなかった。
...
...
...
深夜2時を回ったころ、身体の異変に叩き起こされる。
全身が熱湯に浸かるような熱さで火照っている。
「......ん、......ん。......あ、ふっ......」
寝ぼけた耳に響くいやらしい声を、自分が発していると気づくのには時間がかかった。
「う......んぅ...ふぅ......」
(え、どうしたの俺......?)
寝起きで感覚が鈍った身体が、徐々に目を覚ます。湧き上がる感覚に、意図せず意識が研ぎ澄まされていく。
(......は?......は?......やば、これ)
布団の中、反射的に身体を丸める。体内で沸騰し始めた感覚に備えて。
「......っく!?ぅ......あ、はっ......!?あぅ、ん......うあ......」
(ちょ、......これほんとに......やば......?)
全身がぶるぶると痙攣し、背筋を何とも言えない幸福感が突き抜ける。熱い。熱い......
「ふーっ......く、ふーっっ......」
枕を強く抱きしめながら、歯を食い縛る。そして、できる限りじっとする。少し動くだけで、パジャマの布地が肌を撫でて耐えられなくなる。未成熟で多感な身体の感覚がさらに促進されていて、あらゆる刺激が幸福感に変わる。
(ウザいっ......これ、......ウザいっ......)
何か感情を迸らせる全身の感覚を、どうにも表現できない。
......しばらく必死に耐えて、あることに気付いた。
首。汗の流れさえ愛撫の感覚に変わり、くすぐったくて口を閉じていられなくなる。
うなじ。髪が肌をつつくたびに全身の力が抜けるようで、熱い吐息が漏れる。
胸。震える肌に身体を包むナイロンが擦れて切なさが破裂する。
腋。丸まった姿勢で自然と無防備になり、クーラーの風にさえくすぐられる。
臍。普段は意識していないのに、服が擦れるたびに強い脱力感が走る。
背中。脊髄を通って幸福感が脳を支配する。
(あいつのせいだ......!)
間違いなかった。化け物に舐められた部分が異常に敏感になっているのだ。あれはやはり現実だった。
そんな事がわかっても、今は、身体を呑む熱さが逃がしてくれない。
「......ぅ、うざ、いっ......」
...
...
...
「ちょっと、目!また夜起きてたでしょ!」
朝、リビングで親に突っ込まれて洗面台に立つと、我ながら見事な隈ができていた。あの後、いつの間にか意識を失うまで(人ってすごい)全く眠れなかった......。
幸い、身体の感覚はーーーまだちょっとくすぐったいけれどーーー元に戻っていた。
ただ、特に入念に舐められた胸だけは、危うく親の前で変な声を上げるところだった。練習に向けてやや緩い体操着を着ると、擦れて仕方がない。最終的に下した決断は、絆創膏を貼ることだったが......
「......ダサい......」
鏡に映るその姿の滑稽さに若干ブルーになる。体操着の生地が薄く透けてしまうと非常にマズいので、猛暑日にも関わらず、ジャージを持っていくことにした。
準備を終えて、家を出るときだった。
「”.“~~~...”.“~~~...」
ビクッとして辺りを見渡すが、何も見えない。気のせいだろうか。
しかし、休日の練習はそう遅くならないので、帰りに遭遇することもない...はず。
それに、学校の敷地内にはあいつは来れない。
あの事は早く忘れよう。自分に言い聞かせて、自宅を後にした。
「っ......けて......!」
悲鳴と呼ぶにはあまりに弱々しい声は、誰にも届かなかった。
「ぃっ...何でっ......?何でっ......」
全力で逃げたはずなのに容易く捕まってしまった絶望感と、歪な恐怖。混乱する頭につられて、視界までぐるぐる回るような感覚、恐怖に促される吐き気。
触手は既に両手の指の一本一本にきつく絡みつき、太い一本が二の腕までのぼってきていた。
「いや、嫌だ...!!誰か......」
化け物の胴体を思い切り蹴ってみても、ゴムの塊のような感覚でまるで手応えがない。怯むことなく、触手が夏服の半袖から中に滑り込んでくる。粘性の液体で湿った触手が肌を撫でる気持ち悪さに、身体が反射的に反り返る。
気付くと身体が触手に持ち上げられていて、もう逃げ道は絶たれていた。
化け物の口元を隠していたマスクがするすると下りていき、蛸の吸盤のようなグロテスクな口が現れる。その中から、ずるずると長く、太い舌が首元に伸ばされる。
太い舌は、まず喉仏からうなじへ、首元をぐるりと舐めた。触手よりも熱気を帯びていて、舐める舌の動きがはっきりと伝わってくる。その間に触手が制服のシャツのボタンをするすると外し、診察みたいに胸元を晒させる。
舌は胸、腋、臍、背中......身体中を味見するように舐め回した。
そんな舌の動きが3度ほど繰り返されただろうか。突然、ぴたりと舌の動きが止まり、舌が引っ込んでいく。
「”.“~~~...”.“~~~...」
あ。死ぬ、殺されるーーー汗とともに、閉じた瞼の隙間から、涙がはらはらと頰を零れる。呼吸は何か覚悟したみたいで、自然と欠伸みたいに大きく開けた口から、はーっ、はーっ、と絶え間なく漏れた。
「”.“~~~...”.“~~~...!!」
...
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は、と我にかえる。立っているのは家の玄関の前だ。身体に目をやる。別状はない。制服にも特にこれといった汚れはない。恐らく随分と長い間、呆然と突っ立っていたら、扉が開いた。
「......何してんのアンタ?」
親の声など聞く耳持たず風呂場に飛び込んだ。いつも夕飯が先だが、「後で」とだけ答えた。変に袖につっかえたり、ボタンに手間取ったり...焦りから来るぎこちなさが、心臓を加速させる。
裸の肌に残る異質なぬめりは、間違いなく汗ではない。シャワーの温度が変わるのを待たずに浴びた水が冷たくて、身震いする。水が頭から足へ滴るのを感じながら、しばらく放心に身を任せてじっとしていた。
......夢?幻覚?気のせい?...いや、そんなはずはなかった。体にこびりつく、変に甘い匂いの液体は.....。.体を洗うスポンジに力が入る、体が削げるほどに。何度、ボディソープのノズルを押したか覚えていない。不思議と今はただ、気持ち悪い、それだけが頭を埋めている。
結局、夕食は喉を通らなかったので、寝室に転がり込んだ。親に何か言われたが、やはり頭に入ってこなかった。
(忘れよう......)
何もなかった、と口うるさく脳裏で繰り返していたせいか、すぐには寝付けなかった。
...
...
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深夜2時を回ったころ、身体の異変に叩き起こされる。
全身が熱湯に浸かるような熱さで火照っている。
「......ん、......ん。......あ、ふっ......」
寝ぼけた耳に響くいやらしい声を、自分が発していると気づくのには時間がかかった。
「う......んぅ...ふぅ......」
(え、どうしたの俺......?)
寝起きで感覚が鈍った身体が、徐々に目を覚ます。湧き上がる感覚に、意図せず意識が研ぎ澄まされていく。
(......は?......は?......やば、これ)
布団の中、反射的に身体を丸める。体内で沸騰し始めた感覚に備えて。
「......っく!?ぅ......あ、はっ......!?あぅ、ん......うあ......」
(ちょ、......これほんとに......やば......?)
全身がぶるぶると痙攣し、背筋を何とも言えない幸福感が突き抜ける。熱い。熱い......
「ふーっ......く、ふーっっ......」
枕を強く抱きしめながら、歯を食い縛る。そして、できる限りじっとする。少し動くだけで、パジャマの布地が肌を撫でて耐えられなくなる。未成熟で多感な身体の感覚がさらに促進されていて、あらゆる刺激が幸福感に変わる。
(ウザいっ......これ、......ウザいっ......)
何か感情を迸らせる全身の感覚を、どうにも表現できない。
......しばらく必死に耐えて、あることに気付いた。
首。汗の流れさえ愛撫の感覚に変わり、くすぐったくて口を閉じていられなくなる。
うなじ。髪が肌をつつくたびに全身の力が抜けるようで、熱い吐息が漏れる。
胸。震える肌に身体を包むナイロンが擦れて切なさが破裂する。
腋。丸まった姿勢で自然と無防備になり、クーラーの風にさえくすぐられる。
臍。普段は意識していないのに、服が擦れるたびに強い脱力感が走る。
背中。脊髄を通って幸福感が脳を支配する。
(あいつのせいだ......!)
間違いなかった。化け物に舐められた部分が異常に敏感になっているのだ。あれはやはり現実だった。
そんな事がわかっても、今は、身体を呑む熱さが逃がしてくれない。
「......ぅ、うざ、いっ......」
...
...
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「ちょっと、目!また夜起きてたでしょ!」
朝、リビングで親に突っ込まれて洗面台に立つと、我ながら見事な隈ができていた。あの後、いつの間にか意識を失うまで(人ってすごい)全く眠れなかった......。
幸い、身体の感覚はーーーまだちょっとくすぐったいけれどーーー元に戻っていた。
ただ、特に入念に舐められた胸だけは、危うく親の前で変な声を上げるところだった。練習に向けてやや緩い体操着を着ると、擦れて仕方がない。最終的に下した決断は、絆創膏を貼ることだったが......
「......ダサい......」
鏡に映るその姿の滑稽さに若干ブルーになる。体操着の生地が薄く透けてしまうと非常にマズいので、猛暑日にも関わらず、ジャージを持っていくことにした。
準備を終えて、家を出るときだった。
「”.“~~~...”.“~~~...」
ビクッとして辺りを見渡すが、何も見えない。気のせいだろうか。
しかし、休日の練習はそう遅くならないので、帰りに遭遇することもない...はず。
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