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【清掃日誌23】 大文豪

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カフェ·ギークは俺達オタクの聖地である。
幼稚な冒険絵巻を読もうが、モンスター模型を組み立てようが、裏通りで買った駄菓子を広げようが、軽蔑される事も怒られる事も無い。

理由は簡単。
オーナーも客もオタクだからである。
だから俺にとっては居心地が良いし、最近こうしている様にハンモックを借りて数日泊まる時すらある。

最近、書き物の依頼が少しずつ増えてきており、このカフェには各誌の編集者が頻繁に出入りするようになってきた。
その関係もあり、俺はここで堕落した売文生活を楽しんでいるのだ。



「ポール殿が帰らないから、妹君が怒り狂ってましたぞ?」


『余計に帰り辛くなったじゃないか。

…ポーラの奴には仕事だって言っておいてくれない?』


「何の仕事、と聞かれたら?」



『あ、いや。
経済誌のインタビューが重なっていて…

実家にはそう伝えているんだがな。』



「で、実際は?」



『子供向けの冒険小説書いてます。』



「うーん、どんな内容でゴザルか?」



『主人公は冴えないオタク少年なんだがな?
実は作ったモンスター模型と会話したり動かしたりする隠し能力があるんだ。』



「…。」



『それでな、それでな?
能力を使って人知れず街の平和を守ってるんだ!
クラスの女子にもモテモテなんだよ!』



「それ、単にポール殿の願望…
と言うより妄想を書き連ねただけなのでは?」



『ば、ばっか!
ちげーよ!
お、俺は少年達の目線に立ってだなぁ!』



ジミーは優しい目で俺の肩をポンと叩きながら言う。



「愚痴なら幾らでも聞いてあげるでゴザルからな?」



『か、可哀想な人間でも見るような目線はよせー!』




…何故あれが学生時代の妄想とバレた?
まあいい。


これが最近の俺の生活風景。
家業は手伝わないし、誰かさんの政治ごっこにも付き合わない。

オタク趣味にさえ集中出来れば俺は幸せなんだ。
問題は、俺の趣味が微妙にカネにならない点である。



「ん?
カネにならない?
それは無いでゴザロウ?
軍部が世論操作の為に文士達にカネをバラ撒いてると聞きましたぞ?」


『ああ、参戦プロパガンダ案件な。
話は来てたけどさ、断ったよ。』


現在、友好国である首長国が帝国からの攻撃を受けている。
我が国は表向き中立ではあるが、《平和維持軍》の名目で首長国に援軍を派遣している。
当初の国際公約は2個中隊のみの派遣。
だが実際は師団規模の兵員が首長国内に駐屯している。


「戦闘区域への派兵は無い」


と政府当局が繰り返しアナウンスしているという事は、実際は戦闘行為を行っている事を意味するのだ。
退役していた特殊部隊員の義弟が非常召集されるような戦況ではあるのだろう。
俺は例え意義や大義があったとしても…
戦争を煽るような真似をしたくない。


「冒険者ギルドも最近は文士の囲い込みに積極的だと聞いておりますぞ?」


『知ってる癖に。
俺はアイツらが大嫌いなんだよ。
だから俺の書く少年向け冒険小説では冒険者ギルドが大抵悪役なんだ。』



初等学校世代には評判良いんだぜ?
アイツらが俺を忘れないまま大人になったら、きっと大文豪になれる筈だ。


「うーーーん。
あっ、キーン不動産に頼めば不動産カタログのキャッチコピーくらいは任せて貰えるんじゃないでゴザロウか?」


『オマエは俺の嫌がる選択肢を見つける天才だな。』


「リゾートハーバーの一番奥にある空き邸宅あるでゴザロウ?
メイン通りから外れてる上に潮風が五月蠅いから売れない物件。
ポール殿なら、どうやって売るでゴザルか?」


『真実の愛を育む大人の隠れ家、自由の海に今… 抱かれて。』


「おおおっ!!!
愛人を囲ったりエロイベントを開くしか使い道がない事を上手く逆手に取ってるでゴザル!
ポール殿はコピーライトの天才でゴザルな!!」


『あの嘘つき野郎に子供の頃から鍛えられてるからな。』



「じゃ、じゃあ。
商業区のど真ん中にある精肉工房跡は?
臭いが染みついていて、入れる業種があまりに限られてるでゴザル!」



『食料ベンチャー拠点の最高峰!
世界のビジネスシーンの交差路で、新時代の食を魅せて下さい!』



「うおおおおお!!!!
物は言いようでゴザルな!!!
でも絶対、肉屋か解体屋以外は入らないと思うでゴザル。」



「では最後に!
キーン不動産が処分に苦しんでる富裕区と商業区の境目にある細長三角形の土地!」



『法人用看板設置エリア!
高さ30メートル以内で4枠募集!
毎月100万人以上が通るソドムタウン最大の告知スペース!』



「うおおおおお!!!!!
え、それ即興?  それ即興?」



『年中文章を書いてるからな。
お題があれば、割と何でもこじつけられる。』



ジミーは一通り騒いでから真顔に戻ると
「じゃあ、拙者。
今のポール殿のコピーをキーン不動産に提出してくるでゴザル。」



『あ! ちょ! 待っ! テメ!!』



「失敬!ドヒューンw」



それはいつもの俺とジミーのじゃれ合いだったし、色々忙しかったので遣り取りからして忘れていた。




==========================



数日してカフェから帰る。
父さんに呼び出されたので、てっきり怒られるのかと思って震えながら書斎をノックしたのだが、どうも様子がおかしい。
想像に反して、あまりに機嫌が良かったのである。
最初は保有銘柄が値上がりでもしたのかと思っていた。



「ポール。
私は信じていたぞ。
オマエが本気を出してくれる日をな。

いやあ、よくやってくれた。
それでこそ私の息子だ!

これでポールソン家の前途は約束されたも同然!」



『?
え、な、なにが?』



「ふふふ。
謙遜せんでいい。
やはりキーン社長の腹心の座はオマエで決まりだな。
モア家の息子も必死に売り込んでいるようだが、今回の件でオマエが見せつけてくれた。」



『????』



「まあ、飲め。
秘蔵のワインだ。
ふふふ、祝い酒よ。

いいか?
これで名実共にオマエがキーン派のナンバー2だ。
今のポジションは死守しろ!
モア家やエメリッヒ家なんかに負けるんじゃないぞ!!

もう家柄の時代じゃないんだからな!」



『え? あ、はい。』



「ふふふ。
どうやら最近はキーン不動産にちゃんと出仕しているようだな。
オマエもようやく欲が出て来たかw」



『あ、カ、カフェ…』



「わかっとるわかっとる。
政治的に微妙な時期だ。
探りを入れられたらそう答えておけ。
私もなあ、キーン家の先代とはそうやって火遊びを繰り返したものよ。

早速、礼状を書いた。
どうせ今から行くんだろ?」


『あ、ビ、ビリヤー…』


「キーン社長に宜しくな!」


『あ、はい。』



俺が父さんの言いつけを全く守らないように、父さんは俺の話を全く聞かない。
このディスコミュニケーションを目の当たりにした時、俺は父子の熱い絆を感じるのだ。



==========================



しばらく御無沙汰していたキーン不動産。
ドアを開けた瞬間、異変に気付く。
社員の皆さんが一堂に立ち上がり、口々にフレンドリーな抱擁を求めて来たからである。


「おお! ポールソン専務!
探しておりましたぞ!
ご実家にも中々戻って下さりませんでしたから。
我々は一刻も早くお目に掛かりたかったのに!」


『??』



「御安心下さい!
すぐに社長を…

あ、そうだ!
どうせなら食事をご一緒してはどうですか?
日頃から社長に、その様に指示されております。
今なら丁度奥様やハロルド様とも同席しております。」


『あ、いえ。
ハロルド君には最近挨拶が滞っておりますが。』



俺がアウアウ言っていると、社用馬車に乗せられ貴族区のレストランに連れて行かれた。
貴族区の最高級レストラン《アンシャン・レジーム》。
嘘だろ?
アイツが金持ちなのは知ってるが、いつもこんな所でメシを食ってるのか!?



「ポール!」



頭上からやけに快活な声が聞こえたので見上げると、ドナルド・キーンが満面の笑みを浮かべて手を振っている。
やけに機嫌がいいな。


「早く上がってこい!
オマエの顔をもっと近くで見たい!」



…元請けに言われたくない台詞ナンバーワンだな。

ドアボーイに案内され、階段を上る。
マジか?
アイツ、個室フロアで晩飯喰ってやがる。



俺が恐る恐る(だって高い店って怖いじゃん?)個室フロアに入ると、ドナルドがエルデフリダとハロルド君を従えて立っていた。


「どうした!
入ってこい!

飲み物は何がいい?
そうだ、シャンパンを開けよう!

ハロルド、ポールソン専務にお注ぎしなさい。」



「畏まりました、父上。

専務、お久しぶりです。
この度はお心遣いありがとうございました。」


『あ、うん。』



この度ってどの度だ?
全く話が見えなかったので、黙ってペコペコしておく。



「いやあ、コピーライトの有効性は知ってたよ?
私もプロだからね。
一通りの勉強はしてきたつもりだ。
だが、文章を書くプロでは無かったようだな。」



必死に聞き手に徹して、ようやく理解する。
先日、俺が即興で詠んだ3つのキャッチコピー。
どうやら3物件を即座に売ってしまったらしい。

キーン不動産の悩みの種であった3件の売れ残り物件。
それが広告を刷新した瞬間にほぼ同時に売れた。
この快挙が不動産業界を驚かせている


…いや俺はむしろ、あんな10億ウェン越えの物件が数日で売買成立してしまう不動産業界の規模に驚いているのだが。



「ジミー君から聞いたよ。
オマエがそこまで弊社を親身に思っていてくれたとはな。」



よく見るとドナルド・キーンの目頭は仄かに赤い。
ジミーよ。
オマエ、ドナルドに何を吹き込んだ?



「丁度、例の件の工作資金が足りずに頭を悩ませていた所でな。
オマエの手助けは100万の援軍より頼もしい。」



『あ、うん。
どの件かまでは知らないけど。
うん。』



「ポールソン清掃会社には仲介料に色を付けて支払っておいた。
どうか額面通り受け取って欲しい。」



『あ、ども。』



なるほど、父さんが上機嫌な訳だ。



「勿論、オマエ個人にも篤く報いる!」


ん?
おお、ひょっとしてカネをくれるのか?
ラッキー♪



「次の園遊会。
招待枠にオマエを捻じ込んだ!
いやいや礼など不要。
私とオマエの仲じゃないか。」


『…ん?』


「ふふふ。
ようやく友情に報いる日が来たよ。
いやあ、もう何年の付き合いになる?
30年? 40年?
すまんなぁ。
オマエにはもっと早く晴れ舞台を用意してやりたかったんだがな。」



『ん? ん? ん?』


「ポール…
これから忙しくなるぞお。

私の長年の夢だったんだ。
オマエと肩を並べて国際社会の表舞台を歩んで行く事がな!」



『え?  …カネは?』



珍しくエルデフリダの機嫌が良い。
この女は俺がドナルドに忠実であればあるほど幸福なのだ。

…いや、俺にとっては苦痛極まりないのだが。



==========================



帰宅してから気付いた事だが。
俺…  一口も料理を食べてない。
ってか、俺に注がれた筈のシャンパンもエルデフリダが何故か上機嫌でガブガブ飲んでいて、一滴も飲んでないぞ?



「そうか!!!
園遊会かぁ!!!

…いやあ、オマエもとうとうここまで上り詰めてくれたか。

いいか?
これからもキーン社長には忠勤を尽くすのだぞ!
この御恩を絶対に忘れてはならないからな!」



父さんも母さんもポーラもマーサもみんなボロボロと涙を流して俺を祝福してくれている。
そんなに公務公職が尊いのかね。

…世の中から猟官が無くならない訳だ。
公ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば公ならず。
いつか公徳心と孝行心が並立する時代が来ればいいね。



==========================



『なあ、ジミーよ。』


「あ、やっぱり怒ってるでゴザルか?」


『オマエ、ドナルドの奴に話を盛りに盛りまくっただろう。
どれだけ俺が苦労してると思ってるんだ。』


「悪かったでゴザルよ。
でも小遣いが欲しいと言っていたのはポール殿でゴザロウ。

みんなポール殿の手腕に舌を巻いていたでゴザルよ?」



『俺なんかが園遊会に出てどうするんだ。
国の恥だぞ?』



「まあまあ、音楽祭の実行委員を無事に務めた実績もあるではゴザラんか。」



『…それって自慢するような事か?』



「でも擦り寄って来る方は多いと思いますぞ。」



『なあ、欠席したいって言ったら…
みんな怒るかな?』



「少なくとも御母堂と妹君とエルデフリダ殿は発狂するでゴザロウな。」


一瞬、《ギャオーン×3》の幻聴が聞こえ、片頭痛を覚える。



「別に準備委員をやらされる訳ではないのでゴザロウ?
ならお客さんでゴザル。
迎賓館の隅っこで息を殺していれば、すぐに終わるでゴザルよ。」



『…まあ、そうだな。
1日だけの話だしな。』



「ふふふ。
納得してくれたようで何よりでゴザル。

じゃ、当日はヨロシク。」


…オマエも出るのかよ。



==========================



園遊会。


まあ、ただの上流パーティーだ。
迎賓館の庭園に各国を代表する貴賓が集い交遊する。

元は政財界の大物連中やら現役閣僚やらが、首長国の王族を歓待する恒例イベントだったのだが、神聖教団やら帝国やらが「ウチを呼ばないとはけしからん!」とクレームを付けて来たため、泣く泣く国際イベントに拡大した。

俺には何の関係ない事だが、カネと陰謀渦巻く政争の最前線だ。




貴賓と言ってもピンキリである。
ピンは国際的VIP。
帝国皇帝の娘婿とか神聖教団の大主教とかの雲の上の連中だ。
当たり前だが、俺は同席どころか姿を見る事すら出来ない。
(セキュリティ的にそりゃそうだろう。)
そもそも会場がパーテーションで小刻みに仕切られている。
どうやら主賓共は迎賓館の大ホールで歓談会を行っているらしい。


ピンがあるならキリもある。
土建屋とか田舎者とか、そこらへん。
俺の卓には商業区でアパート経営してる地主のオッサンと、北部地方州から遥々やって来た田舎弁丸出しの村長さんと、国有林の盗伐で財を成したとの黒い噂が絶えない元冒険者が座っており…
4人で顔を見合わせて《こんな連中と同席させられるなんて、思いっきり末席じゃねーか…》と互いに自嘲する。
周囲をこっそり見回すが、やはり俺達よりは格が低い連中は見当たらず、己の場違い感を痛感させられる。



「…吹き晒しやんけ。」


アパートがボヤくと田舎弁と盗伐もうんうん頷いて同意する。
そう、今日はやや肌寒いのに、俺達は庭園に無造作に置かれたテーブル(調度は悪くない)を囲まされているのだ。


他にやる事も無いので俺達4人は形式的に名刺を交換する。
田舎弁と盗伐がソドムタウンの市内で不動産を探していたので、アパートも含めて3人にドナルドを紹介する事を約束する。

俺が改めて驚いたのは、ドナルド・キーンが単なる成功した事業家というより、財界の若きスターとして尊敬されている点にである。
特に《キーン氏とは幼馴染であり、邸宅にも遊びに行かせて貰っている》とうっかり漏らした瞬間に周囲の態度が一変し、別の卓の者たちまでが列をなして握手を求めて来た時には戦慄した。

…いや、冷静に考えれば当然か。
こんな空虚なイベントに大金を叩いてまで参加する連中は、みな強烈な上昇志向を持っている。
そんな彼らから見れば、各国の富豪・要人と交流(我が国に移住させ)し、自身も帝室に連なる女を配偶者に娶っているあの男は憧れそのものだろう。


他にも昨年定年退職した政治局幹部や、王国から亡命してきた大物宝石商も人気で皆から囲まれていた。
キリはキリなりにそこそこ盛り上がり多少の熱気は生まれる。
と言っても吹き晒しである事には変わりなく、寒い。

俺や盗伐はまだ若いので我慢出来るのだが、アパートと田舎弁は歳の所為か結構辛そうだった。
しかも出された飲み物や前菜はどれも冷えている。

なーにが、園遊会だ。
楽しんでるのは権力者だけじゃねーか。



『大丈夫ですか?
風のない場所に移動しましょう。』


「ああ、ポールソン君。
すまんねぇ、歳の所為か辛抱足らんくなってねえ。」


『いや、これはどう考えても主催側の不備でしょう。
最近は冷える日が続いてましたし、この気温は予想出来てなきゃおかしいですよ。』



アパートとそんな話をしていた時だった。
突然、上座の方から歓声が挙がる。

進行係が満面の笑みで何事かを説明しているが、俺達のいる最下座(便所が近いのは助かるがな)までは声が届かない。


「な、なんじゃろか?」


田舎弁が不安そうに怯えるが、皆の喜びようを見ていると怒られる訳ではないだろう。



「ん?  何か貰えるみたいッスよ。
振舞酒かな?」


盗伐は流石に冒険者稼業が長かっただけに目が良い。


『へえ、身体が温まるならありがたいですね。』


まあ、何かが配られるとしても貰えるのは上座の連中(各省庁の局次長クラス・準大手企業経営者)だけで、流石にここまでは回って来ないだろう。
俺達は期待せずに卓に戻って頬杖をついていた。

不意に周囲がざわつく。
不審に思った俺がふと顔を上げると…



エプロン姿の少女が微笑を湛えていた。




メイド?
違う、それにしては衣服が上等過ぎる。
三角巾の隅間からは赤い髪…


首長こ…
間違いない、カロリーヌだ!
首長国王ルイ18世の第十一王女カロリーヌ。
以前、債券市場で圧倒的才覚を見せつけた女。

若いとは聞いていたが、まだ少女じゃないか。
中等学校とか高等学校とか、そういう年代だ。



「いやー、今日は寒いですねえ。」


カロリーヌは田舎弁に親し気に話しかける。


「え? 何か貰えるのん?」


「あははー。
アタシ菓子職人なんですよー。
今日は思ったより寒かったので、身体が温かくなるスイーツを作ってみましたー。」


周囲から歓声が挙がる。
何だ、この女は下座から配って行くのか…
いや、債券市場の時もそうだった。
確かボーイや料理人に先に菓子を配っていた。
彼女の戦略は極めて一貫しているのだ。


「じゃーん!
ジャリジャリジンジャーチョコでーす!!」


カロリーヌが両手を広げて子供っぽいポーズを取ると、カートを覆っていた白布が取り払われて大皿に盛られた菓子が姿を見せる。
湯気が仄かに立っているところを見ると作りたてなのだろう。


「食べ過ぎると血圧上がっちゃいますのでー。
1人2キレまで。
ゆっくりとやや時間を掛けて咀嚼して下さーい。
体温を上昇させる効用がありまーす。」


皆がわっと集まり菓子を貪っていく。
流石は下座のキリ席である。
絵面が汚い。



恐ろしいのは…
真に恐ろしいのはカロリーヌが引き連れているウェイトレスである。
明らかに非首長国人。
胸のプレートを見るとソドムタウンの菓子店の従業員である。

…間違いない。
この女は単騎で動いている。
非現実的だが、そうでないと説明が付かない。


ウェイトレスの1人がお盆を持って俺にも菓子を配ってくれる。


「どうぞー。」


…旨い、見た目こそ駄菓子だが味付・触感を上菓子のそれに調整してある。



『いやあ、美味しいですねぇ。』


「そうでしょう!
予想外の寒天候を見かねて姫さ…  
パティシエが即興で提案して実現したのですよ!」


成程。
身分の伏せ方の匙加減まで完璧じゃないか。


『それにしても、これだけの量のお菓子を即興で?』


「ええ、そうなんですよ。
朝にパティシエが当店に来られまして
協力を呼び掛けてくれたんです。

あの人、凄いんですよ。
お菓子の力で色々な事件を解決してるんです!」



…思わぬ収穫だな。
今日は顔を出して正解だった。


『御馳走様。
お心遣いに感謝します。』


カロリーヌ姫の恐ろしい所は、その場に居た全員に声を掛けて回った事だ。
死角で気配を殺していた俺にも目ざとく気づき大きく手を振って来る。
あの歳で、ここが最前線である事を誰よりも熟知し、完璧に場の雰囲気をコントロール出来ている。

…化け物だな。



==========================



その後、終わり際に教団の坊主がニコニコしながら挨拶に来る。
何かを貰えるのかと期待して皆が列を成したが、どうやら免罪符を売りつけにきたらしく、興覚めした一同は列を霧散させた。


  「お菓子の女性、首長国の姫君だって噂ですよ?」

  「まさか!? あ、でも一般の菓子屋じゃあんな真似はさせて貰えないか」

  「いずれにせよ、物をくれた首長国と売りつけに来た教団。」

  「見事に好対照ですなあ。」


俺が見るに、結局免罪符は売れなかったようだ。
そりゃあそうだろう。


  「皇帝の娘婿、愛想が良い好青年で評判になっていたらしいです。」

  「ああ、迎賓館から出て来たお歴々が仰ってましたな。」

  「まあ、私はお目に掛かっていないので何とも言えませんがね。」

  「貴族ならちゃんとお目に掛かれたじゃないですか。」

  「ふふふ、しかも若く朗らかな少女ですからな!」

  「来た甲斐がありましたな。」



帰り支度をする俺の耳に、各所で交わされているそんな会話が聞こえてきた。
アパートも田舎弁も盗伐も奇矯なりに面白い連中だったので、今後の誼を約束して笑顔で別れた。



==========================



さて、帰り際である。
ズルズル居座ろうとする連中もいたが、水が合わなかった俺は終了アナウンスが聞こえ始めた瞬間に真っ先に停車場に向かう。


よーし、帰りの馬車に一番乗りだ。
そう思いながら待合室に入ると何故か数名の先客が居る。



「流石、ポール殿。
拙者の予想を裏切らない電光石火っぷりですな。」



『オイオイ、何で待ち伏せされてるんだよ。』



「皆さん、この者が噂のポールソン氏です。」



  「おお、日頃キーン君が言っている通りだな。」
  「普通、終了時刻より先に停車場入りするかね。」
  「実在したんだなー。」
  「39歳? この見た目で?」



なーんか、後ろのオッサン共の会話で状況が読めてしまう。



「ポール。
私が産団連で普段お世話になっている先輩方だ。」



『あ、ども。』



  「うおお、噂通りだな。」
  「この場面で《あ、ども》とか言うかね。」
  「ある意味逆に青年部長向きの人材だわ。」
  「逆にプッシュする価値はあるな。」
  「逆に来て良かったよ。」



…いや、評価は《順》でいいからね。



「ではジミー君。
ここから頼む。」


「畏まりました、キーン社長。

さて、皆様。
彼こそが以前から話題に挙がっておりました鬼才・ポールソン氏です。」



ジミーが俺の右腕を拳闘士試合の勝者か何かのように高く掲げながら、そう言うと。
「おおおお!」
と歓声が沸く。



「き、キミが大喜利名人のポールソン君かね?
うむ、確かに。
逆に風格があるねえ。」



それって貧相って意味か?
ってか、俺はエッセイストだよ! 未来の大文豪だよ! 大喜利って何だよ!



「お歴々がどうしてもポール殿に逢いたいと言うから
強引にこの場を作ったでゴザル。」


『そ、そうか。
ムカつくけど我慢するよ。
ってか大喜利名人って何だよ?』


「自覚無かったでゴザルか?
ポール殿は年中1人で大喜利してるでゴザルよ?」


…マジか。


「では皆さま、挨拶代わりにお題! 
お題をお願いします。
但し彼は児童文学界の大文豪!
一句詠むのに10万ウェンの費用が掛かります!」


ジジー共は余程カネが余っているのだろう。
ニコニコしながら俺が脱いだ帽子に白金貨を投げ入れてくる。
…大道芸人じゃねーっつーの。



「じゃ、じゃあポールソン君。
この園遊会の盛況ぶりを一句!」


舐めてんのかテメーら。
まあ10万貰っちまったし、仕事はするか。


『寒空や 世界の貴賓は 温々と!』


俺は義憤をぶつけたつもりだったのだが、一種の高尚な笑いと解釈されたのか、皆が上品に笑い始める。


  「あははは。」
  「噂通り社会風刺が効いてますな。」
  「逆に推したい人材ですな。」
  「彼みたいな逸材は逆に政界入りするべきでしょう。」
  「逆に娘婿にはこういう青年が好ましい。」


「あ、次ワシ次ワシ。
帝国寄りのプロパガンダ文を作って。
弊社、向こうの工場誘致プロジェクトに乗ったんだけど
全然撤退させてくれなくて、途方に暮れてるのよ。
何とか彼らの機嫌を取っておきたくてね。」


『宮廷の 中では誰もが 好青年!』


  「ははは!」
  「ひねくれてますなーww」
  「逆に外交現場で使い道あるかもですよ。」
  「下の句! 下の句!」


ジジー共がノリノリで下の句コールを連呼する。
オイオイ、それが大文豪様への態度か?



『取り巻く犬の 小屋こそ温し!』



「「「…。」」」



ジミーだけが1人で爆笑している。
コイツも大概サイコパスだよな。



==========================



許可を出した記憶は無いのだが
『宮廷の 中では誰もが 好青年!』
のキャッチコピーが反帝国皇帝のプロパガンダ標語としてバズった。
帝国宮廷はちょっと洒落にならない状況に陥ってるらしい。


あの中に居た誰かが無断で拝借したのだろう。
個人的にはドナルド・キーンが怪しいのだが、問い詰めても微笑を湛えたまま無言で小遣いを握らせてくるだけである。
いや、オマエだろ絶対。
下の句もちゃんと広めろよ、卑怯者。



「青年部長の話、見事に消滅したでゴザルな。」


『妥当な判断だろ。』


「推薦された人間の就任が帳消しになったのは
わー国の長きに渡る財界史でも初の快挙でゴザルよ。」


『やったぜ。』


「あ、ちなみにポール殿の代わりに拙者が横滑り指名されました。」


『マジ?
オマエ、まだ30だろ?』


「余程、ポール殿が危険視されたのでしょうなあ。
当てつけの様にあの場に居た全員が推薦状を書いてくれました。」


『まあ、組織の若返りはいい事だよ。』


「みな、キーン不動産の顔色を伺っておりますからな。
表立ってポール殿を批判出来ないのでゴザルよ。
反動で拙者がプッシュされる構造でゴザル。」


『アイツ、かなり力を持っていたんだな。』


「…今更何を。」


『それと俺、かなり駄目な奴だったんだな。』


「…今更何を。」


たまには公的な場に顔を出すのも悪くはないね。
自分の立ち位置が嫌でも見えてくる。


「それではポール殿!
締めの一句をお願いするでゴザル!」


『えー、コホン。

異世界子供部屋おじさんはチートスキル【清掃】でこっそり世界を救っちゃってます。 
~家業を継ぎたくないから皆には内緒だよ~』



「…字余り、駄作。
圧倒的に没でゴザル。」


やれやれ。
どうやら大文豪への道はまだまだ遠いらしい。
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感想 23

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アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

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太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

おっさんの神器はハズレではない

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 どこにでもいる普通のサラリーマンだった深海玲司は仕事帰りに雷に打たれて命を落とし、異世界に転生してしまう。  秀でた能力もなく前世と同じ平凡な男、「レイ」としてのんびり生きるつもりが、彼には一つだけ我慢ならないことがあった。  ——パンである。  異世界のパンは固くて味気のない、スープに浸さなければ食べられないものばかりで、それを主食として食べなければならない生活にうんざりしていた。  というのも、レイの前世は平凡ながら無類のパン好きだったのである。パン好きと言っても高級なパンを買って食べるわけではなく、さまざまな「菓子パン」や「惣菜パン」を自ら作り上げ、一人ひっそりとそれを食べることが至上の喜びだったのである。  そんな前世を持つレイが固くて味気ないパンしかない世界に耐えられるはずもなく、美味しいパンを求めて生まれ育った村から旅立つことに——。

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

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この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

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 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

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