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【転移76日目】 所持金51兆1139億1130万ウェン 「…いい歳こいてロクな助言一つ出来ないのかね、アンタは。」

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早朝から馬車に詰め込まれる。

教団の慰労パーティーの日。
神敵の俺にとっては何の関係も義理もない気がするのだが、キッチリとカネと人手を取られる。
当たり前だが俺達コリンズ一派は総本山に入れない。
妻女だけが給仕として彼らの元へ向かい、俺は馬車の中で寝転んで待機。
正直、無駄な時間だと思うのだが、周囲が五月蠅いのでおとなしくしている。


隠し窓からこっそり外を覗くと、キンキラの法衣を着た集団が談笑しながら門内に入って行くのが見えた。
何でも世界中(南洋植民地も含めて)から坊主が集結するらしい。


皆、楽し気に選挙予想の話題で盛り上がっている。
たまに馬車の側で大声で雑談する馬鹿もいて、大体の状況も察せてしまう。

予備選挙でトップ当選のロメオ・バルトロ(俺に免罪符を押し売りした男)は、総本山での影響力はそこまででも無いので、必死に他派閥に媚びている。
逆に予備選挙で苦戦気味だったフェリペ・フェルナンデス(俺を召喚即追放した男)は、家柄の力もあって総本山の諸先輩には可愛がられているので、ここからどう巻き返すかが注目されている、とのこと。
1週間後には、高位聖職者のみが投票権を持つ決選投票が行われる。
今日から全員が総本山に籠って最後の密室選挙戦を繰り広げるのだ。
彼らの握る莫大な利権を鑑みれば当然かも知れないが、ちょっと洒落にならない金額が動くらしい。
俺もカネは持ってる方だと思うが、過去の資料を見せられた時、何かの記載ミスでは無いかと何度も周囲に確認を申し出た。
やっぱり坊主は嘘みたいな額のカネを溜め込んでいる。
そりゃあ、王国を顎で使うのも納得出来るわ。
あんな斜陽国家がこんな金満勢力に逆らえる訳がない。

…認めたくは無いが。
世の中、結局はカネなのである。



==========================



少し小腹がすいたので、周囲に頼んで向かいのカフェでサンドイッチを買って来て貰う。
受け渡しの為に、何気なく座席の窓を開けると、たまたま通っていた法衣の集団と目が合ってしまう。


「おおお!!
コリンズ社長ではありませんか!!」


聞き覚えの銅鑼声。
その巨体は一度見たら忘れられない。
先日、俺のステータス欄から《ファウンダーズ・クラウン・エグゼクティブ・プラチナム・ダイアモンド・アンバサダー信徒》の文字列を削除してくれた大恩人のレオ・アントニオ司教である。
この男のおかげでステータス欄が随分見やすくなった。



「ふははははははは!!
少しは物わかりが良くなったようですな!!!」



『あ、こんちは。』



「ふははははは!!!
如何ですかな!?

ファウンダーズ・クラウン・エグゼクティブ・プラチナム・ダイアモンド・アンバサダー信徒の座を失った御気分は!?」


『あ、快適です。』



「そうでしょう、そうでしょう!
そうでしょうとも!!

さぞかし不安でしょうねぇ!
さざかし後悔してますよねえ!!

思い知りましたか!?
これが拙僧の力なのですよーーーーっ!!!!!」


『いえ、別に。』



「コリンズ社長!
貴方は神の敵!!!
故に二度とファウンダーズ・クラウン・エグゼクティブ・プラチナム・ダイアモンド・アンバサダー信徒を名乗る事は出来なーーーい!!!

残念ですねー、折角信者として位羊臣を極めたというのに!!
今やブロンズ信者以下の存在に堕してしまいましたねーーーーーー!!

ねえねえ?
今、どんな気分ですか?
ねえねえ、今どんな気分ですかぁあ↑wwww?」



『お陰様で快適です。』


「うわはははははは!!!
そうでしょうそうでしょう、そうでしょうとも!!!!
ようやく身の程を思い知って下さったようですね!!
そして拙僧に許しを乞いに来たと言う訳だ!!!」


『あ、サンドウィッチ…』


「んっんーーーーーーーーーーーーー♪
本来なら! 本来なら!
ファウンダーズ・クラウン・エグゼクティブ・プラチナム・ダイアモンド・アンバサダー信徒の称号を復帰させることなんて絶対に不可能です!!

で・す・が♪

私とコリンズ社長の仲!
貴方も随分反省しているようですし。

称号復帰への便宜を図って差し上げても構わないッ!!!」



『あ、いえ。
ホントにそういうのいいんで。』



「ほほう!!
その謙虚な姿勢!!
懺悔の心は本物のようですな!!!

いやはや拙僧の愛の鞭が随分応えたと見える。」


『あの、曲解はやめて下さい。』



「いいでしょう!!!
本日の会議で、新設される称号の件。
便宜を図って差し上げましょう!!!」



『あ、いや。
マジで勘弁して下さい。』


「ふふふ。
他ならぬ私とコリンズ社長の仲ですからな。
大船に乗ったつもりで待っておいて下さい♪
じゃあ、寄付金の件手筈通りに(ウインクパチッ)」



喋るだけ喋ってレオ・アントニオ司教は去って行った。



「流っ石、先輩ですね。
あのコリンズを手なずけてしまった!」


「ふはははは!!
ああいう若造は最初にガツーンとやっておくのが一番なのだよ
アウグスの小僧もそうだったが、我々に逆らえば周囲にどんな危害が及ぶか!
それを叩き込んでやれば、後は幾らでもコントロール出来るのだ!!!」


「流っ石先輩です!
次の大主教の座は手に入ったも同然ですね!」


「ふはははははははは!!!!」



==========================



ステータス欄が汚れるのは嫌だなあ、などと思いながらサンドウィッチを平らげる。
リハビリを頑張っている所為か、最近は食欲も戻って来た。
クュ医師からも《食事を絶やすな》、と厳しく指導されているからな。
喰えるタイミングで喰っておこう。


腹が膨れたので少し眠くなる。
皆には申し訳ないが仮眠を取らせて貰おう。

俺は御者に断ってから、身体を横たえ瞼を閉じた。




ずっと頭の中でカネ勘定をしていた。
或いはそういう夢だったのか知れない。
今夕に利息が幾ら入って、誰に分配するか、頭の中でずっと数字がグルグル回っていた。


インフレは始まっている。
港湾区を起点とした労働者賃金の上昇。
ここまでは良い。
だが、連動して諸物価も高騰し始めている。

人件費高騰が原因のレイオフの話もチラホラと耳に入って来る。
クーパー・エヴァーソン両会長も意識して雇用を増やしているが、失業者吸収には至っていない。

同じ単純労働だったとしても、昨日まで港湾区で荷運びをしていた者が、今日から工業区でポーターを務めてはくれない。

同じ知的労働だからと言って、学者を無理やり聖職者に転職させられないだろう?
それと同じくらい、荷運びと資材運びも全く別の仕事だ。
雇用は吸収できない。
その機微を理解していないと失業率は改善しない。
労働者も救われない。
俺のカネ配りも浅ましい自己満足で終わりなのだ。



==========================



身体を揺すられる。
ん?
夜まで続くんじゃなかったのか?
配当アナウンスが聞こえなかったが、熟睡して聞き逃したか?


顔を上げるとカインとドナルドが思いつめたような表情で立っている。
尋常の様子ではなかったので、思わず飛び起きた。


『な、何か問題が発生しましたか!?』


嫌な予感がする。
こちらの家族は給仕をさせられているのだ。
ひょっとして坊主共にセクハラでもされているのだろうか?


「リン…、本当に申し訳ない。」


『え?』


「兎も角、来てくれまいか…。」


『え?』


2人の表情があまりに沈痛だったので、俺の動悸もどんどん速くなる。
もしかしてヒルダとコレットが何かされた!?

くっ! 坊主どもめ!!



カインに押されて車椅子ごと総本山の正門を潜る。
バリアフリーの概念は普及していないらしく、段差が多い。
これは… 例え神敵で無かったとしても俺には入れないな。




「ちょっと…  驚くと思うけど…」


「リン、済まない…」


何だ?
そんなに酷いトラブルが発生したのか?
2人を問い正しても、言葉を濁すだけで何も答えない。


そのまま一際大きな建物に連れて行かれる。


『ああ、これが噂に聞く超聖堂ですか…
壮観ですねえ。』


「…。」


「…。」



『あの、俺の所為で皆さんが嫌がらせを受けたとかですか?』



「いや、リンには何の責任もないんです。」



「全ては我々の落ち度です。」



『???』


事態を把握出来ないまま、超聖堂に入る。
玄関ロビーではメイド服の女達が忙しなく駆け回っていた。
その人垣が途切れた瞬間、血と鉄の匂いが鼻腔に広がり…

俺は全てを悟った。



『ヒルダ!!!!!』



叫んだ俺の方向をメイド達が一斉に振り返る。
数秒もしない間に人垣が真っ二つに割れ、母娘がこちらを振り向いた。
ヒルダとコレットはメイド達に手短に指示を飛ばしながら、ゆっくりとこちらに歩いて来る。



「おめでとうございます。」



『殺したのか?』



「本懐を遂げられました事、祝福致します。」



『殺したのか!?』



「出過ぎた真似をお許し下さい」



母娘は芝居がかった様に大袈裟な動きで俺に深々と頭を下げた。



その向こうではエルデフリダがドナルドに媚び諂うように纏わりついて機嫌を取ろうとしている。



『…。』



大主教ウィリアム・カーター以下教団幹部88名。
参集職員482名。
総本山職員2709名。


その全員が漏れなく殺害された。
1人の生き残りも居ない。
本職の傭兵が保証するのだから間違いない。
グリーブ・ケルヒャー、見知った顔ばかりである。

そしてメイド達をよく見ると、ヒルダが選抜した娼婦師団の面々ではないか。
百人隊長のバルバラ・ゲルケも居る。



『知らなかったのは俺だけなのか?』



「はい。
リンには伏せるよう、私が皆に指示しておりました。」



『いつからだ?』



「最初からです。」



ヒルダの言う最初というのが何時を指すのかは分からないが。
彼女達は俺に隠れてずっとこの準備をしていたのだろう。
今日がその決行日だったのだ。



「リンには心労をお掛けしますが…
我々なりに…」



『いや、心労はない。
どうせ勝算があるのだろう?
どうせ殺さなければ殺されていたのだろう?』



「…申し訳御座いません。」



ヒルダはゆっくりと頭を下げるが、駆け寄って来たエルデフリダに耳打ちされると嬉々として戦争ごっこに戻っていった。
オマエら…
普段あれだけ不仲なのに、何で荒事の時だけそんなに呼吸が合ってるんだよ…


人垣の向こうでヒルダが何やら演説している。
娼婦師団が感動した様子でフンフン頷いている。
どうやらあの女の才は謀略のみに留まらないらしい。



==========================



その後、首実検に付き合わされる。
娼婦師団のメンバーが切り落した坊主の首を椅子に深く腰掛けたヒルダに手早く披露していく。
坊主の名前が読み上げられ首級が突き出される度に、ヒルダは「うむ。」とか「大義。」とか言って師団員を労う。

その中にはフェルナンデスやらバルトロやらさっき話したアントニオも混じっており、特に因縁深いその3つの首級はヒルダの命により杖刑に処されてから乱暴に投げ転がされた。
《死者に鞭打つ》という慣用句があるが、実際に現場を見てしまうと伍子胥が憎まれた理由もよくわかる。



結論。
千数百年に渡ってこの異世界に君臨していた神聖教団は首脳部を壊滅させられ、一瞬で滅びた。
勿論、各地方に支部はある。
だが、こうも徹底的に首脳陣が殺し尽くされたらもう終わりだ。
組織は機能しない。
何よりこれからヒルダが繰り広げるであろう苛烈な掃討戦に対応出来ない。
当然、総本山内の全資産・全資料もヒルダが奪い去る。

途中、ウェーバー政治局長を始め見知った高官が多数来訪する。
一瞬焦るが、治安局長が「大規模落雷による事故、事件性なし!」と宣言した事で、俺は今回の策謀の規模を思い知らされる。


==========================


帰路。
皆が代わる代わるに俺に詫びを入れに来る。
頷くことすらしたくなかったので、ずっと黙っていた。

いや理解出来るのだ。
これが最適解なのだ。
資本と産業の時代に宗教はそこまで必要とされていないし、政治力を持った宗教団体など百害あって一利ない。
ヒルダは手持ちの武器を駆使して、歴史の流れにおいて不可避であった最適解を導き出したのだ。

それが絶対的に正しいから、皆が俺に内緒でヒルダの謀略に乗った。
恐らくは、この女はずっと前から多数派工作を行っていたのだろう。
エルデフリダとの不仲も、或いは俺を欺くための演技だったのかも知れない。
少なくとも今の二人は後方の馬車で余人を交えずに会談を行っている。



「リンは怒ってる?」


『自分の馬鹿さ加減にな。』


「ここで私が謝ったら、余計に怒るでしょう?」


『…流石に俺をよく理解しているな。』


「妻ですもの。」


『夫婦なら…  
こんな隠し事はしないで欲しかった。』



突如。
巨大な轟音が鳴り、超聖堂は炎に包まれた。
シンパの雷魔法使いが術式を一斉発動したらしい。

俺がそちらを振り返ると、ヒルダとエルデフリダが腕を組んでその光景を眺めていた。
そしてヒルダだけがこちらに振り向き、火柱を背後に無言で俺を見つめる。



「お母さん、何て?」


『本来これは殿方の仕事です、って顔をしてる。』


「ああ、わかる。」


『コレットは俺に言いたい事あるか?』


「ホントはこんなの男の人の仕事でしょ?」


『だな。
猛省している。』


「謝る必要はないんじゃない?
私もお母さんもリンのそういう所を好きになったんだし。」



『そういう所ってどういう所だよ。

なあ、今日こそ教えてくれ。
俺なんかのどこがいいんだ?』



「?
女はみんな余裕のある男の人が好きだよ?
後、包容力があって何でも許してくれる人♪
私、リンのそういう所が大好き♪」



なるほどな。
そうやって女は自分の都合の良いように男を洗脳しようと試むのだ。

自分の無力さ加減にただ腹が立つ。



《13兆ウェンの配当が支払われました。》



そう。
俺は無力だ。
何一つできない。

…自分自身では。



==========================


ウェーバー局長や皆から《今回の事態を説明させて欲しい》と訴えられる。
でも、ゴメン。
流石に今日は疲れたよ。


俺は港湾区のポールズバーに向かう事を周囲に強く望んだ。
当然反対されるが、あまりに俺の語調が激しいので皆は妥協してくれた。
大声出してゴメンな。

ポールズバーの向かいにある聖堂はすっかり焼け落ちており、何人かの見覚えのある僧兵の遺体が無造作に転がされていた。

周囲の反応を鑑みるにこれも既定路線だったのだろう。
俺が鈍いのか、オマエらが隠し事名人なのか。
さあどっちかな。



『ポールさん。
貴方はいつも陽気ですけど…
ストレス解消のコツってあるんですか?』



「そりゃあ、恋人や奥さんと寝る事だよ。
そんなの決まってるじゃない。」



…いい歳こいてロクな助言一つ出来ないのかね、アンタは。
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